急がば回らず怪我をする
五日目。
戦いは激しさを増していた。
能力は一戦ごとに身体へ馴染み、確かに成長を感じる。
だが同時に、私は自分の限界を悟り始めていた。
昨日、遙の強さを目の当たりにしたことが原因であった。
大和の陰陽師の強さ。
それは今の私を凌駕していた。
遙が大和の中でどの程度の強さかはわからない。
しかし、一番強いという事は無いだろう。
そう考えると、あの強さを超える必要がある。
それは、今のままでは到底届かないと、痛感していた。
「……ニクス様、霊装鎧を纏った陰陽師に勝つためには、どうすればいいのでしょうか?」
思わず縋ってしまう。
「あれは、人の壁を超えないと無理ね」
やはり今のままでは不可能なのだ。
「歴史の積み重ねが人間の長所でしょ?普通は長い年月を掛けてそれを超えるのよ」
「たまに、生まれながらに超えてる人間もいるけどね」
「だけど、大抵は不幸な結末よ。重すぎるプレゼントは本人を潰すわ」
深い教えを頂いた。
だが、私にはあと二日しか残されていない。
「……今、その壁を超えられる手段は無いのでしょうか?」
浅ましさは自覚していた。
それでも情けなく縋りつく。
「いくつかはあるわよ、今のアンタの状態だって、そのひとつ」
「身をもって知ってるだろうけど、どれも命を賭ける必要があるわ」
その瞳は、止めといたほうがいいと伝えていた。
だが、遙と子供たちのために、私は生き延びなければならない。
「……お願いします、教えて下さい」
すでに何度も死線を超えてきた。
ここで引き下がったら、それすら無駄になる。
「ま、そう言うと思ったわ。人間ってのはホントめんどくさい生き物よね」
「生きる為に、死に向かうんだから」
「頂点がアレだから、仕方ないのかもしれないけど」
溜息を吐きながら、それでも願いを叶えようとしてくれる。
その姿はまさしく神の慈愛に満ちていた。
——今度、屋敷の庭園に猫を祀った御社を建てよう。
「じゃー、まずはチャクラを開いてあげるわ、覚悟なさい」
そして私は、人体の神秘を知ることとなる。
同時に、苦痛耐性の上限も上がることとなったが。
こうして私は、人の壁を超えることに成功した。
アキラがまた学校帰りに来てくれた。
また気付かぬ間に一日が経っていたらしい。
「お父様、想定していたより成長してますね」
消耗したアル茶を補充しながら、私の戦闘を眺めて告げる。
「……ニクス様が、色々と助けて下さってな」
戦いを終え、タオルで返り血や汗を拭きながら答える。
すると、アキラが少し意外そうな顔をした。
「アイツがそんなに親身になるなんて、もしかして客間のアレのおかげかな」
実は今日から二日間、遙が馴染みの寿司屋に頼み、出張サービスをして貰っていた。
客間にカウンターを設置して、そこで超一流の寿司職人が握ってくれる。
ニクス様の食べたい時に召し上がれるように、三人交代で常駐してもらっている。
そして、丁度いま召し上がっている最中だった。
「そういやアイツ、寿司が好物だったな」
アキラが思い出したように呟く。
「……ニクス様は慈悲深い御方だ、この事が無くてもきっと教えて下さったよ」
その慈愛に満ちた精神を息子へ説いた。
「確かにアイツ、実は面倒見良いんですよね」
「というかお父様、妙にニクスのことを慕ってませんか?」
そんな当たり前のことを不思議そうに聞かれた。
「……何度も助けて頂いているし、その在り方を敬愛している」
「今後、一条家の神獣として祀らせて頂こうかと思っているぞ」
「遙との戦いで、その強さと神業のような動きも見せて頂けたしな」
「あの御方の御蔭で、私も壁を超えることが出来たのだよ」
瞳に崇拝の輝きを見せながら、ニクス様の素晴らしさを力説した。
「なんだか僕がいない間に、色々なことが起きていたのですね」
「わかりました、とりあえず一度、僕と立ち合ってみましょう」
そして、息子と再び対峙する。
もちろん全力で向かうが、やはり軽く受け流される。
おそらく次元が違うのだろう。
自身が強くなればなるほど、アキラの底が見えなくなる。
「わかりました」
そしてまた、戦闘の最中、アキラはふいに立ち止まり、私の攻撃を受けた。
頬をザックリと斬ってしまったが、もはや心配はしなかった。
「チャクラが開いてますね、あと、ニクスの動きを参考にしているのがわかります」
そう、実はニクス様からチャクラの渦を作って頂けたのだ。
代償として、体のあちこちが破裂したのだが。
さらに、動きの手ほどきまでして頂けた。
だが、不甲斐ない事に、その足元にも辿り着いていなかった。
「それでは、ニクスの動きがより再現しやすいように改造しましょう」
そう告げられると、流れるように体を改造された。
いきなり両足を砕かれ、パズルのように組み直される。
そして、舌を縦に裂かれ弄られる。
そのまま体のあちこちに穴を開けられ何かを埋め込まれる。
肩甲骨を取り出され、影から出した布状の物を付けて戻される。
際限なく続くアキラの暴走を止めてくれたのは、やはりニクス様。
「アンタ、また無茶してるじゃないの」
その言葉でアキラの手が止まる。
楊枝を咥え、お腹を撫でながら現れたその御姿に、後光が差していた。
「すみません、夢中になってました」
血に濡れた手を見下ろし、眉を寄せて詫びる息子。
だが、私はすでに言葉を発する余力はなく、力なく頷くのみだった。
「でも、これでかなり色々なことへ対応できるようになりましたよ」
「チャクラに対応してる機能もありますから、確認しておいてください」
誇らしげに微笑む息子へ感謝を述べた。
「……ぅ……ぁっ」
声にはならなかったが、その想いは確かに胸にあった。
「後は、それに見合う相手が必要ですね」
「ちょっと待っていてください」
そう言って、一瞬でその場から消える。
私は這うように立ち上がり、アル茶で回復を行いながら待った。
やがて、なぜか玄関から歩いて戻ってきたアキラが、涼しい顔で告げる。
「お待たせしました、今後はコイツらが相手をします」
その言葉と共に現れたのは、一羽の小鳥。
手のひらに収まるほどの小さな体で、私の前に立ち、翼を広げて恭しくお辞儀をした。
——その存在に、なぜか背筋が粟立つ。
そしてもうひとり、あまりにも場違いな存在が静かに部屋へと入ってくる。
金色の髪が輝きながら靡く。
こちらに向かい、ゆっくりと自身を魅せるように歩く姿は、舞台の演出のように洗練されていた。
場の空気を支配するような威風堂々たる登場で、こちらに微笑みを見せる。
その姿は、私の視線を奪って離さない。
『永遠のアストレア』
世界一の女優と称えられる人間が、私の前に現れたのだ。
小鳥と女優。
あまりに不釣り合いなふたつの存在が、私の敵として立ちはだかる。
そのことに思わず固唾を飲んだ。
これから始まる戦いが、ただの殺し合いではなく、人の理を超えた戦場であることを理解したからだ。
そして、今までの人生で、一番長い夜が始まった——。




