18年目の浮気
ニクス様は、寿司を大変好まれていたらしい。
あの後、追加で特上を四人前追加した。
それにしても驚いた。
人間の姿となったニクス様の美しさは、まさに傾国の美女と言っても過言ではない。
気付けば、私は自然と膝を折っていた。
その圧倒的な存在の前に、立っていることが許されないように思えたのだ。
だが、ニクス様はそんな私を無視して、さっそく寿司に舌鼓を打っていた。
しばらく食事へ夢中になられていて、すべて平らげた後、ぬるいお茶を飲みながら説明をして下さった。
「久々のお寿司、美味しかったわ」
「お礼に今のアンタの状態を説明してあげる」
そして、先ほどアキラが行った改造を詳しく語ってくださった。
左右の上腕。
骨から、鉄より固い30センチ幅の刃が飛び出る。
その際、皮膚を裂いて出てくるので注意。
そして、左右の脛にも同じ刃を仕込まれた。
回復力の向上。
胃のそばに、アル茶を溜める袋を作られた。
怪我をすると、そこからお茶が胃に送られ回復を行う。
経口摂取により補充可能。
大きな怪我をしても、何回か復活できるらしい。
尾骨の延長。
尾骨を自在に伸び縮みさせることが出来る。
筋肉もついているので、伸ばした後は腕のように使うことも可能。
そして、前回の改造部分も強化された。
爪は、腕と同じ、より固い物へと変えられた。
そして、左手の親指の爪には、それを削るためのギザ刃の爪が付けられた。
それにより、右手の爪が折れても、伸ばした後、すぐに尖らせることが出来るようになった。
これは地味にありがたい機能だった。
戦闘中に爪がはがれてしまうと、尖らせることが出来ずに武器が無くなってしまうからだ。
今までは携帯砥石を所持していた。
後は、粘液を増量して、射出する量が上がった。
今までは唾くらいの量だったのが、コップ一杯ほどに増加したらしい。
以上の事が、私の体へ新たに付与された能力。
説明を聞き終わり、思わず呟いた。
「……私は人間と言えるのでしょうか?」
独り言に近い声を、ニクス様は拾ってくださった。
「アイツは、魂と心が、人を人たらしめると考えてるから、そこには手を付けないわ」
そして、満腹のせいか柔らかな笑みを浮かべて告げられる。
「だからアンタは人間よ。だって、人類の神がそう決めているんだから」
それはまさに神の教示。
私を支える柱となる言葉だった。
この瞬間、私は心に誓った。
一条家の守護獣を猫として祀り上げると。
新しい能力を試しながら戦闘を続けていた時、不幸は起きた。
「——マコトさん、いますか?」
防音室の扉を開けて入ってきたのは、妻の遙。
世界一愛おしい初恋の人だった。
訓練のために一条の仕事をすべて任せている。
きっと大変なはずなのに、わざわざ様子を見に来てくれたのだ。
その手には、おにぎりをのせたお盆があった。
きっと、夜食として自ら作ってくれたのだろう。
妻からの愛を感じる。
——だが、間が悪かった。
それは、最悪と言ってもいい状況。
その時、私は——若い女性と半裸で抱き合っていたのだ。
状況を説明しよう。
相手は勿論、私を殺しにきていた。
彼女が得意としていたのが、サブミッションだった。
私の攻撃をかいくぐるようにタックルをし、床に転がりながら関節や首を執拗に狙う。
それに抗うように反撃をしていたら、必然的にお互いの服が破れ、半裸の恰好になっていた。
そして、私が上の状態のガードポジション。
つまり、見方によっては正常位にしか見えない体勢。
実際、相手の両足は私の胴へと絡みついていた。
ニクス様に誓って言う、そこに卑猥な気持ちなど欠片も無かった。
純粋な殺し合いをしていただけだ。
——お盆の落ちる音が響く。
そして羅刹女が現れた。
「この……泥棒猫がぁ!!」
膨大な霊気を纏い、霊装鎧を装着した遙が、とてつもない速度で突っ込んできた。
思わず隙を見せた私に、精美が三角締めを掛けようと両足を巧みに使い、自身の股間を私の顔に当てる。
その瞬間、相手の力が抜けるのを感じた。
視線を向けると、その首は切断されていた。
首があった場所には、反りの深い薙刀が床にめり込んでいる。
恐る恐る視線を見上げると、羅刹の顔をした妻が立っていた。
「……命懸けで修行をしていると聞いてたのに……若い女とイチャついてたなんて……」
それはあの時、紫星さんに向けて見せた顔。
そこには、愛する者を奪われる怒りを示していた。
こんな状況だというのに、そのことを嬉しく思ってしまう私は、すでに狂っているのだろう。
思わず口の端が上がってしまい、更なる誤解を生む。
「……言い訳もせずにニヤニヤするなんて……どういうつもりですか!!」
そうだ、確かにちゃんと説明しなければならない。
きっと誤解だとわかってくれるはずだ。
「落ち着きなさいよ、みっともないわね」
その声の元へ、遙が振り向く。
「ソイツはちゃんと修行してたわよ」
ニクス様が助け舟を出して下さった。
「……そう……泥棒猫は二匹いたのね」
だが、さらなる誤解を生んでしまった。
遙が薙刀を構え直し、ニクス様へと向かっていった。
「誤解だ——」
このままではニクス様が殺される。
焦るように声を出すが間に合わない。
目に捉えることも難しいほどの速度で、斬りかかる遙。
だが、ニクス様はほんの少し動いただけでそれを躱した。
そして、私なら細切れにされそうな連撃を、舞うように躱し続ける。
「めんどくさいわね」
余裕を残したしなやかな体捌きで動きながら、右腕を前に出した。
すると、足元の影が伸び、遙の体を絡め捕っていく。
遙は必死に暴れるが、その力をもってしても影の縄はビクともしなかった。
口まで塞がれ、声を上げることも、動くことも出来なくなった遙へ告げる。
「アタシが、人間の相手なんかするわけないでしょう」
「よく見なさい」
そして、その体が変化する。
そこには、人の体のまま、猫の耳と尻尾、そして髭の生えたニクス様がいた。
「一応、アルの身内だから殺さないであげるけど、次に攻撃したら容赦しないわ」
その金色の瞳は縦に裂け、確実な死を予感させる殺気を放つ。
「それに、アレを見ればわかるでしょ」
指をさした先には、首を切断されて死んだ精美が老人の姿で蘇っていた。
「……遙、誤解させてすまない。アレはアキラが作った人造人間だ」
「老若男女、全ての姿で私を殺しに来る、先ほどは戦闘中だったんだ」
「……観ていてくれないか」
私が部屋の中央へ歩いていくと、老人の姿の精美もそれに倣う。
そして、殺し合いが始まった。
その戦いの一部始終を見終わってから、遙は影から解放された。
「マコトさん……ごめんなさい……」
遙は涙を流しながら謝った。
「貴方がこんなにも必死に戦っていたのに、私は信じようともせず……」
同じ過ちを繰り返すところだった。
その瞳は自己嫌悪に沈んでいた。
「……いいんだ、あれは事故だったんだよ、誰も悪くない」
「……それに、君が私に初めて嫉妬してくれたのが……嬉しかった」
照れたように微笑むマコトに、遙が抱きつく。
「マコトさん……」
「遙……」
見つめ合う二人。
「ねぇ、そういうのは後にしてくれる?」
呆れたような目で、ニクスは二人の空気を断ち切った。
「……あっ!先ほどは御見苦しい姿を見せ、大変申し訳ありませんでした!」
マコトから焦りながら離れて、改めてニクスを見る。
「あの……失礼ですが、貴方様は?」
勘違いでいきなり攻撃を仕掛けたことを詫び、遙は深々と頭を下げから問いかけた。
「アタシはテラ様の従者、ニクスよ」
そう告げて、誇るように胸を張る。
「ニクス様?そのテラ——」
「テラ様はアキラと双璧をなす偉大なる神様だよ!」
その言葉に、マコトは前の苦い記憶を思い出し、慌てて口を挟んだ。
「まあ!それはきっと素晴らしい御方なのですね!」
マコトの言葉に、遙の瞳が輝きを増す。
「わかってるじゃないの」
ニクスは機嫌を直して目を細め、尻尾を揺らした。
「そんな偉大な御方の従者様に、大変失礼なことを……改めて謝罪します」
深々と頭を下げた横で、マコトもそれに追従していた。
「ま、いいわよ、お寿司おいしかったし、腹ごなしにもなったしね」
すっかり上機嫌になり、先ほど堪能した味を思い出したように舌なめずりをする。
「ニクス様はお寿司がお好きなんですね、でしたらお詫びにここへ屋台を用意させましょう」
遙は、そう言うと、一礼しすぐに部屋から出ていった。
「なにいってるの?アンタの奥さん」
キョトンとした表情でマコトを見る。
「……それは後ほど、お楽しみにしておいてください」
きっと喜んで頂けるだろう。
遙のやろうとしていることを理解して、軽く微笑んだ。
騒動が無事片付き、再びマコトは戦場へ戻る。
その顔は、すでに戦士としての風格が宿っていた——。




