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寿司は手づかみがマストなのよ

 四日目。


 防音室に籠もり続けているせいか、時間の感覚が曖昧だ。

 だがそれは、部屋のせいだけではないだろう。


 人との殺し合いというのは、一瞬の時間を永遠にすら感じさせることを知った。


 向き合いながら相手の隙を必死に探る。

 一秒後には、自分が殺されているかもしれない恐怖。


 それは時の進みを濃密なものにする。


 

 相手の眼球に、爪の伸びた指を突き入れた。

 それが脳にまで達したことを確認して引き抜く。


 それでも油断はしない。

 相手を殺し切るまでは、気を抜いてはいけないことを身体が覚えたのだ。


 しばらくすると、相手の身体が違う人間のものに変わる。

 今度は筋肉隆々の白人男性が斧を手にしている。


 精美は、殺すとその姿を変化させる。

 老若男女満遍なく、人種も、使う武器も毎回変わる。


 それがわかるほど殺したのだ。


 

 初めて彼女を殺した時は、無我夢中だった。


 初めて腹を刺され死んだ後、十五回殺された。

 そして十七回目の戦いで、自分の爪が彼女の心臓を貫く。

 私は、彼女が動かなくなるのを、息を荒げながら呆然と見つめていた。


 肉を裂く感触。

 手にまとわりつく血のぬめり。

 殺人の現実に吐き気を催し、その場で嘔吐した。


 急ぎアル茶で心を落ち着かせたが、目の前の死体を見ると気分の悪さがぶり返す。


「よくやったじゃない」


 黒猫が、慰めるように声を掛けてくれた。


「でも、またすぐ復活するわよ」


 その言葉を合図とするように、精美の身体が変化していった。

 女性だった身体が男のものになり、身長が伸びる。


 それを見て呆気に取られた。

 『彼』は何事も無かったように立ち上がり、手にしていたナイフが日本刀へと形状変化した。


 そして、無言で部屋の中央へ歩いていった。


「あらゆるタイプの相手と戦わせるつもりね」


 その意味は、さらなる殺し合いが続くことを意味していた。

 きっと私の顔は絶望に歪んでいたのだろう。


「どうすんの?諦める?」


 黒猫の瞳は、憐れむように私を見つめていた。


「……やります……なんとしても生き残ると、家族に約束したので」


 そして続ける。

 殺しの螺旋を。


 殺し、殺され、殺し、殺される——。


 相手は戦う度に強くなっていった。

 近距離の武器だけでなく、弓や銃、毒や暗器まで様々な物で殺された。


 男女関係なく、老人老女の姿でも襲って来る。

 唯一救いだったのが、子供だけは出て来なかったことくらいだ。

 

 殺した相手が四十人を超えたくらいで、学校帰りのアキラがやってきた。

 どうやら、あれから一日近く経っていたらしい。


「調子はどうですか?」


 アル茶を補充しながら尋ねてくる。


「……攻撃手段を増やしたい」


 もはや、殺人への忌避感など無くなっていた。

 今、頭を占めているのは、いかに相手を殺しきるかだけだった。


「わかりました、それでは一度、僕と戦って方針を決めましょう」


 私は頷き、部屋の中央で息子と向き合う。


 昨日と同じように全力で攻撃をしかけるが、それらは全ていなされた。

 アキラの声の無い指導を受けながら無心で動いていた時、それは起こった。


「なるほど」


 アキラが呟き、動きを止めたのだ。

 その瞬間、私の爪が息子の喉を貫く。


 それは致命の一撃。


 喉を貫通する自身の爪を慌てて引き抜くが、アキラはその場に倒れ込んだ。


「……わ、私は何を……」


 喉から血を流し、咳込むアキラを観て足元が揺らぐ。

 

 あまりにも人を殺し過ぎていたのだろう。

 気付かぬうちに私の攻撃は全て、人の命を奪うためのものになっていたのだ。


「しっかりしろ!アキラ!」


 倒れた息子を抱き起こす。

 だがその顔は、少し悩むような素振りを見せているだけだった。


「いい感じに成長してますね、それでは新たな攻撃手段と今までの改造を強化しましょう」


 私の腕の中で嬉しそうに告げる。

 そのまま私の右腕を掴むと、前腕の横を裂いて骨に直接触った。


 思わず絶叫し、目が飛び出る。

 すでに百を超えるほど殺されていたので、あらゆる痛みにも慣れたつもりだ。

 だが、心の準備も無く突然行われた息子の改造は、想像を絶する苦痛を伴った。


 そして、左腕も同じことをされた。

 下手に痛みへの耐性が付いてしまったため、気絶することも許されなかった。


 そのまま、私への改造は全身へと続けられた。


「そろそろ止めてあげなさい」


 その言葉が救いとなり、アキラの手が止まる。

 続けざまに行われた改造のせいで、吐瀉物と糞尿にまみれていた私は、その一言が天の声に思えた。


 今度から、黒猫などと思わずニクス様とお呼びすることを誓う。


「もうこんな時間か、それでは帰りますね」

「改造した部分の説明はニクスから聞いてください」

「また明日来ます、お父様頑張ってください」

 

 帰るアキラを見送り、迂闊なことを口にした自分を呪う。

 アキラは私の要望に応えてくれただけなのだ。

 明日は余計な事を言わないようにしよう。


「とりあえず風呂にでも入ってきたら?」


 私の酷い姿を気にかけてくれる、優しいニクス様。

 確かに、服も自分もボロボロになっている。

 一度さっぱりしてこよう。


「……ニクス様、お食事を御用意いたしますか?」


 そういえば、丸一日つきっきりで回復をして頂いていたが、食事を摂る姿を見ていなかった。

 私はアル茶があったので、気が回らなかったのだ。


「別に食べなくてもいいんだけど、用意してくれるなら頂くわよ」


 尻尾を揺らし、それほど興味も無さそうに告げられた。

 

「……わかりました」


 私は使用人に事付けをして、最高級の料理を用意させる事にした。

 私の回復だけでなく、影を使って部屋の清掃までして下さるのだ。

 せめて出来る限りの礼を尽くしたかった。


 風呂で汗と汚れを流し、一息ついてからトレーニングルームに戻る。

 そこへ順に料理を運び込ませた。


 好みがわからなかったので、屋敷で用意できるものに加え、出前であらゆる高級料理を取り揃えた。


「なにこれ?全部アタシのなの?」


 鼻をひくつかせて、予想外に嬉しそな顔をして下さった。


「……私は、動きが鈍ると(まず)いので、お好きに召し上がって下さい」


 頭を下げて伝えると、ニクス様は板に乗った握り寿司を見て、大きく伸びをした。


「アタシ、お寿司は素手で食べる主義なのよね」

 

 そう呟いた瞬間、その身体が影に包まれ大きくなった。

 前のようにクロヒョウの姿になるのかと思わず身構える。


 だが、影の揺らめきが収まったとき、そこに立っていたのは絶世の美女だった。

 

 前下がりのおかっぱのような黒髪は夜の帳のように艶やかで、サイドに一束のみ白い毛が混じる。

 褐色の肌と高い鼻は、遠い異国の人間であることを思わせた。

 

 猫のような黄金の瞳は、濃い緑のアイラインで縁取られ、まるで古代の女王がそのまま蘇ったかのようだった。

 その視線は一度向けられただけで、相手の心を射抜き、跪かせるほどの力を持つ。

 

 身体を覆う黒い布地は透けるように軽やかでありながら、彼女の肢体をレオタードのように際立たせていた。

 腰には金糸で織られた帯が巻かれ、歩くたびに細やかな飾りが鈴のように音を立てる。

 

 その姿は、ただの美ではなく支配する者の絶対的な美しさ。

 見る者に抗えぬ威圧と魅了を同時に与える。

 

 唇は紅玉のように艶やかで、微笑めば慈愛を、歪めれば冷酷を思わせる。

 その一挙手一投足が、まるで古代の王宮で人々を従わせた女王の再来を思わせた。

 

 水星の使徒、ニクス。

 

 その姿は、まさしく『夜の女王』と呼ぶに相応しいものだった——。

挿絵(By みてみん)

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