一条マコト、魔人への道
私の名前は一条マコト。
一条家の当主であり、妻は大和家の当主の娘である遙だ。
先日、妻の秘密を知ってしまった。
遙は陰陽師だったのだ。
その力は霊力を操り、鎧を作り出し、戦闘力を上げるというアニメチックなものだった。
だがそれは、大和の掟に従うならば、その場で処刑されるほどの秘密だったらしい。
その件で、大和から呼び出しの書状が届いた。
それには、次の日曜日に、義理の父から直々に沙汰が下されると記してあった。
おそらくは、私への死刑宣告だろう。
遙は先日、直接当主に直訴してくれた。
その結果、試験という形で異能の有無を確認するだろうと言われた。
当主の視線に、ほんの僅かに興味が映っていたからだという。
大和の秘密を知ることを許されるのは、血族か、優れた異能を持つ者のみ。
その掟に従う為、私はアキラによって異能を持つ体へと改造された。
だが、どうやら自分の能力を見せるだけでは済まなくなったようだ。
大和の試験となると、基本的には対人にて実力を示すのが基本らしい。
もちろん、今回の場合、敗北は死を意味する。
私が殺されてしまうと言って、動揺を見せてくれる遙が愛おしい。
彼女の為ならば、なんとしても試験を合格して、生き延びてみせよう。
一日目。
まずは、自分の能力をきちんと使いこなせなければならない。
ただの一般人である私が、鍛え抜かれた大和の陰陽術師に立ち向かわなければならないのだ。
異能を駆使しなければ、この試練を乗り越える事は到底不可能だ。
現在、私が手に入れた能力は四個。
聴力強化。
耳が大きくなり、聴力が上がる。
視覚強化。
視神経が伸びて、視力が上がる。
爪の鋼鉄化。
右の人差し指の爪が鉄のように固くなり、自分の意志で伸ばせる。
粘液の排出。
左手の手のひらにある穴から、つばを吐き出すように粘液が出せる。
どれも、習得には地獄のような苦痛を伴った。
特に最後の異能は、死んだ方がましだとすら思ったほどだ。
アキラの説明によれば、体内に特殊な器官を造り、それを左手の穴に繋げたらしい。
袋状の器官には、空気に触れると硬化する液体が溜められていて、それを左手の穴から射出できる。
おそらくこの能力が、試験で最も役に立ちそうだ。
あれから、それぞれの能力を馴染ませるために日々練習を続けていた。
それに伴い、筋トレやランニングなども行っている。
そういえば、あの日、アキラは私たち三人の前で、あらためて自分が人類の神であることを告げた。
私は以前、本人から聞いていたので驚きは無かった。
紫星さんは、納得したように頷き、嬉しそうな顔を見せていた。
強い反応を見せたのは遙だ。
アキラの口から神であることを告げられた途端、その場で号泣し、感動のあまり失神したのだ。
よほど嬉しかったのだろう。
だが、目を覚ました後は、アキラへ対し一歩引いた態度をとるようになった。
その時から、アキラを見る遙の目には、信仰心のような輝きが宿っているように思う。
良い事もあった。
アキラへ対し神として接するようになり、息子としての執着心が薄まったようだ。
そして、代わりにその気持ちが私へと向けられているのを感じる。
嬉しい。
生きていて良かったと心から思う。
十八年、妻に顧みられなかった自分へ、ようやく差し伸べられた愛情。
それは奇跡としか言いようがなかった。
アキラに深く感謝しよう。
先日、それとなく、夜の営みを誘ってみたが、大和の事が終わるまで待ちましょうと言われた。
確かに、遙を未亡人にするわけにはいかない。
少し頬を染め、照れたように断る遙が、可愛らしくて堪らなかった。
彼女のために、なんとしても生き延びよう。
二日目。
大和の試験への精神的な重圧からか、昨夜はほとんど眠れなかった。
そして、明日からしばらく仕事を休む事にした。
命が掛かっているのだ、のんきに働いている場合ではない。
休みの間は、遙が業務を代行してくれるという。
有り難い、正に内助の功だ。
その為には、今日中に引き継ぎを済ませなければならない。
今夜は徹夜になりそうだ。
寝不足の身には辛いが、遙の為にも頑張ろう。
三日目。
結局、引き継ぎが今日の昼過ぎまで掛かってしまった。
この年で二徹は堪える。
アキラが学校帰りに、私を心配して来てくれた。
そして、私の顔色を見るなり、影から飲み物を取り出す。
そのお茶は、初めて飲む味だがどこか懐かしく、心と身体が癒されていくのを感じた。
アキラ曰く、『アル茶』といってアキラ自身が長年掛けて作った、滋養強壮と回復に特化したお茶だという。
確かに飲むと頭が冴え、へばりついていた眠気が何処かへ消えた。
そして、疲労の溜まっていた体も軽くなった。
さらにアキラは、私の訓練の相手を務めてくれるという。
なんて親孝行な息子だろうか。
昨日今日で、屋敷にある遙が使っていた防音室を改造して、トレーニングルームへと変えていた。
そこで、アキラと組手のような模擬戦を行ったのだ。
アキラは多才だ、武道や格闘技全般を習得している。
だが、私は人との殴り合いなど、まともにした事がない。
ところが、アキラと行う組手は驚くほど私を成長させてくれた。
最初は息子へ向かい、ガムシャラに殴りかかっていた。
当たるはずが無い攻撃を、アキラが受け止めてくれているのがわかる。
そして、時間が経つにつれ、自分の動きは洗練されていった。
アキラは言葉を発さずとも、動きで自然と正しい型を教えてくれる。
休憩のたびにお茶を飲んで体を回復させ、また動く。
四時間ほど動き続けた結果、自分でも驚くほど強くなれた気がした。
自惚れかもしれないが、テレビで観るようなプロの格闘家と戦っても勝てる気がする。
アル茶を飲むと、動いた分だけすぐに筋肉が強化されていくというのも理由だろう。
アキラが帰宅する時間になると、今から人をここに連れて来ると言った。
そして、一度帰宅して再び現れた時、そこには白髪の女性と、前にニクスと名乗った黒猫を伴って戻って来た。
女性は精美という名前らしい。
アキラ曰く、昨日の夜に造った人造人間だという。
確かに表情は乏しく、反応も薄い。
まるでロボットと対面しているようだった。
そういえば、この女性によく似た使用人が、アキラと共にいたのを思い出した。
きっと、彼女もアキラが造り出したのだろう。
人を造り出すというアキラの所業については、深く考えないようにした。
息子のありのままを受け止める。
そしてこの先、アキラの行動がどんな結果を生むとしても、その責任は私が取る。
それが私の父親としての役目だと、遙が病院で目覚めた時に決めたのだ。
アキラの話だと、これから試験まで、この女性が付きっきりで組手の相手をしてくれるらしい。
黒猫はサポートとして居てくれるとのこと。
そのために、アル茶も大量に用意してくれた。
黒猫はブツブツと文句を言っていた。
だが、アキラに『テラの生活費分は働け』と言われ、しぶしぶ承諾した。
そしてアキラが帰り、彼女との特訓が始まった。
お互い向かい合い構える。
たが、私が女性に拳を向けるのを躊躇っていると、いきなり腹を刺された。
いつのまにか精美が手にしていたナイフが、私の腹部へ深く埋まっている。
そこに感じた熱さ、そして遅れてくる激しい痛みと出血。
そのことで私は完全にパニックへ陥り、その場で呻き蹲ることしかできなかった。
精美は、蹲った私を蹴り倒し、腹部のナイフを引き抜いた。
激しい出血により、体の末端から痺れが起き、目の前がチカチカと瞬きながら暗くなっていく。
——死を感じた。
頭に浮かんだのは遙の顔。
せめて最後に一度だけでも会っておきたかった。
意識を手放し、次に目を覚ますと体が治っていた。
どうやら黒猫が治してくれたらしい。
体外へ漏れ出た血液も、影を使って回収し戻してくれる。
ひとまずアル茶を飲んで、心を落ち着かせることにした。
命の恩人である黒猫に礼を言うと、驚愕の事実を告げられた。
精美は、私を殺すようにプログラムされているという。
さらに、私の強さに応じて強さを上げていくらしい。
つまり、私はこの女性と殺し合いをし、成長し続けなければならないのだ。
黒猫が、憐れな者を見る目で語った。
「アンタ、アルの前で命懸けの覚悟を見せたでしょう?」
アルというのは、アキラの神としての名前だ。
確かに心当たりはあった。
遙のためであれば、この命を捧げて、どんな痛みも耐えると。
「アルは、人が命を懸ける姿を尊いものとしてるのよ」
「それを見ると、愛おしさで張り切るのよね」
「だから、諦めて頑張りなさい」
アキラが私を殺すための人物を用意した。
その事にショックを受けるが、冷静になって考えると息子の行動は正しい。
大和の人間は私を殺すつもりだ。
つまり、そこには人と人の命の遣り取りが待っている。
私が強くならなければ、先ほど感じた死が確実にやってくるのだ。
そして遙が悲しむ。
それだけは避けなければならない。
改めて初心を思い出し、覚悟を固める。
私は、今からこの女性を、自分が生き延びるためだけに殺す。
深く息を吸い、胸の内の重いものを吐き出す。
そして、静かに人差し指の黒爪を伸ばした——。




