表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

80/250

魔人、一条マコト

 骨の(こす)れる音が響く。


 ゴリッ——ゴリッ——。


 酷く耳障りなその音は、マコトの体から発せられていた。


「……なんだ?」


 宗真が思わず呟く。

 マコトの身長が縮んだように見えたのだ。


 だが、正確にはそれは違う。


 マコトの履いているスーツのズボンが裂けた。

 そこに現れたのは変形した足。


 その造形は人の物とは違う。

 まるで猫科の獣のような関節構造をみせていた。

 

「なんなのだそれは!」


 宗真の問いを無視するように、マコトが上着を脱ぎ捨てる。


 そして、右腕を前に出すと、指を宗真の右目へ向けた。


 次の瞬間、宗真の眼球に向かい、何かがとてつもない速度で飛来する。

 長年の修羅場で培った勘が、その体を咄嗟に動かした。

 

 顔に装着している面頬(めんぼう)へ、甲高い音を伴いヒビが入る。

 避けなければ、眼球を貫き脳を穿(うが)っていただろう。


 銃弾を思わせる速度で伸びてきたのは、マコトの爪だった。

 黒く硬質な爪が、瞬時に3メートルほど伸び、襲い掛かってきたのだ。


 マコトは、長くなった爪を自ら剥ぎ取り地面へ落とす。

 砂の上に、金属が落ちたことを思わせるような重厚な音が響いた。


 爪を剥がす痛みなど感じさせる素振りもなく、マコトは宗真から視線を外さない。

 そのままシャツの袖を捲り、腕を見せると、またしてもそこから骨の変質する音が聞こえだす。


 右の前腕にある尺骨から、沿うように30センチほどの黒色の刃が飛び出した。

 自らの皮を裂いて出現した刃は、その身を血で濡らしている。


 宗真は言い知れぬ不気味さを感じていた。

 淡々と自らの変化を見せるマコト、その姿と感情を見せぬ視線。

 それは、人を殺すことを日常としてきた暗殺者の眼差しだった。


 しかも、その凄みは過去に葬ってきた暗殺者たちとは格が違う。

 現に、先ほどの一撃は、確かに自分の命を掠めていた。


 背中に冷たい汗が流れる。


 全力を持って当たらなければならぬ。

 その覚悟が、宗真の全身に霊気を漲らせた。

 両手で槍を構え、突きの体勢を取る。


 ——瞬撃。

 

 雷を纏う槍がマコトを突き刺す。

 虚を突くように放たれた一撃は、確実にその胸を貫いたはずだった。


 だが、目の前にいたはずのマコトは、視界から消え去っていた。


 頭部への衝撃が兜を飛ばす。


 宗真は瞬時にその場から前へと飛んだ。

 すると、首のあった場所へ鋭い風切り音が鳴った。


 おそらくは、間一髪で避けた致命の一撃。


 地面に落ちた兜が光となって、ゆっくりと消えていった。

 そこには鋭い切れ込みが刻まれている。


 背後の気配に向け、槍を回し打つ。

 だが、すでにそこにマコトはおらず、砂塵のみが舞い上がる。

 

 目では追えない。

 

 尋常ではない移動速度。

 それを可能としているのは、おそらくあの異形の足だろう。


 気配を頼りにそちらを向くと、眼前1メートルの間合いでマコトが大きく口を開けていた。

 

 そこにある舌が伸び、宗真の首に絡みつく。

 

 首を絞める力は、まるで万力でしめられているように力強い。

 とっさに槍を捨て、腰に差した刀で伸びた舌を切り落とすために抜こうとする。


 だが、抜けない。


 気付かぬ間に、刀は粘り気のある液体に覆われ、鞘から固着していた。

 先ほど、朔弥がやられた異能だろう。


 喉への締め付けが強さを増していく。

 このままでは呼吸どころか首の骨が持たない。


 宗真は全身の霊気を集中させ、体から放電する。

 

 マコトが、その気配を察知し舌を解いて後ろへ跳んだ。

 あのまま舌を巻きつけていたら、感電させていただろう。


 死の匂いを嗅ぎ分ける、熟練の戦士のみが持ち得る勘。

 それを奴は習得していた。


 放電の余波で、宗真の髪を束ねていた紐が焼き切れる。

 白髪がバサリと首元を覆った。


「オヌシ……一体、どれだけの異能を隠し持っているのだ……」


 額から汗が流れ面頬を伝って落ちる。


 マコトはその問いに沈黙を貫いたまま、こちらを見据えていた。

 その瞳には、変わらず感情が映らない。

 

 宗真は深く息を吸い込み、胸の奥から絞り出すように呟いた。

 

「……わかった、認めよう……オヌシには、我が全てを懸けねばならぬことを」

 

 その声音は、決意と覚悟を帯びていた。

 

 次の瞬間、彼の周囲の空気が震え、庭園全体に重苦しい圧が広がる。

 宗真は、両の掌を天へと掲げ、(ことば)を捧げる。

 それは、古より大和の当主だけに伝わる秘儀の所作。

 

 足元の白砂に霊紋が浮かび上がり、円環を描いて彼を囲む。

 

 大地の奥から響くような低音が鳴り、空が急速に暗転していく。

 つい先ほどまで晴れ渡っていた青空は墨を流したように黒く染まり、冷たい雨粒が落ち始めた。

 

 雷鳴が轟き、稲光が庭園を白く裂く。

 木々は強風に煽られ、枝葉が悲鳴を上げるようにざわめいた。

 

 宗真の体から立ち昇る霊気は、もはや人のものではない。

 濃密な霊気が渦を巻き、やがて金と蒼の光を帯びて天へと伸びる。

 

 その光柱は雲を突き抜け、天と地を繋ぐ橋のように輝いた。

 

『——我が名は須佐之男命(スサノオノミコト)。我が子孫の呼び声に応じ、此処に顕現した』

 

 声は宗真の口から発せられているはずなのに、同時に天地そのものが語っているかのように響き渡る。

 宗真の瞳は紅に光り、髪は逆立ち、衣の裾は風に翻る。

 

 その身を包む霊気は、もはや霊気ではなく“神気”。

 

 圧倒的な存在感が、場にいる全ての者の膝を震わせた。

 雷鳴と共に、宗真の背後に巨大な幻影が立ち現れる。

 

 荒ぶる神の姿——須佐之男命。

 

 その眼光は刃のように鋭く、ただ視線を浴びるだけで魂を削られるようだった。

 

 宗真はゆっくりと地面に落ちた槍を持ち上げる。

 その動作ひとつで、天地が呼応するかのように雷が走った。

 

「今より我は神と一体化する。その威光に平伏すがよい!」

 

 その宣言と共に、宗真の肉体と神の幻影が重なり合い、人と神の境界が消えていった。

 

 ——神降ろし。

 

 大和の当主のみが許された、陰陽術の秘奥義が完成した。


 遙と幸江が武器を構え、宗真に向ける。

 それを見る宗真の顔は、弱者を見下ろす(あざけ)り嘲りの色が浮かんでいた。


「オヌシらは、確かに大和最優と呼ばれておる」

「だが、ワシがおる限り、最強にはなれぬのだ」


 そして、手にした槍を横薙ぎに振るった。


 暴風と共に、衝撃が二人を襲う。

 その攻撃は、距離を無視するような威力を伴い、二人はそのまま後方へ吹き飛ばされた。


 霊装鎧を纏っていなければ、致命の一撃になっていただろう。

 なんとか受け身を取り、体勢を立て直す。

 

「神とは、このような力を持つ者のことを指すのだ」


 その目には、嘲笑するような歪んだ光が宿っていた。


「笑わせないで頂けますか、神が貴方のような下劣な顔をするわけがないでしょう」


 遙が、怒りの表情で訴える。


「アキラさんの爪の垢でも煎じて飲んだらいかがです?少しは神らしくなれるかもしれませんよ」


 幸江が、笑顔の仮面のまま言い放った。


「オヌシら……死ぬ事は無いとでも思っておるのか?」

「ここまできたら、命の保証など、どこにもないぞ!」


 天から稲妻が二人を目掛けて落ちる。

 それを寸前で躱し、二人は宗真へと駆け出した。


 宗真がそれを目で追った瞬間、首に斬撃を受ける。


 皮一枚が切れて薄く血が滲んだ。


「……マコトぉ!貴様ぁよくも神の体に傷を付けおったなぁ!!」


 視線を向けるが、そこにマコトの姿はない。


「どこへ行ったぁ!」


 周囲一面に雷を落とし牽制するが、位置を掴めない。

 その隙に、二人が斬りかかってくる。


 槍を振るい、それを驚異的な腕力で迎撃する。

 一振りで、遙たちを十メートルも吹き飛ばすほどの威力。

 加えて、その攻撃には電撃が付与されている。


 直接受けると、武器を持つ腕が焼かれ、痺れと痛みが襲う。


 二人は武器を手放さないのが精一杯だった。


「オヌシらなぞ相手ではない!マコトはどこだぁ!」


 目を赤く光らせながら周囲を見渡す。


 突如、空から雨と共に紫色の液体が降り注いだ。


 それは宗真の肌を爛れさせ、首の傷口から体内へ侵入する。

 首に激しい痛みが走った。


 ——毒。


 そう判断した宗真は、傷口へ槍を当てて雷を起こす。

 首の皮膚を毒ごと焼いたのだ。


「マコトぉ!!」


 空を仰ぐと、そこには蝙蝠のような翼を広げ、尻尾から毒を垂らすマコトがいた。


「オヌシ……どこまで!」


 怒りと憎しみを瞳に宿し、空中のマコトへと続けざまに雷撃を放つ。


 マコトは、それを上空で旋回しながら躱し続け、体を独楽のように回転させ始めた。

 両腕を前に突き出し、回転数を上げていく姿は巨大なドリルを思わせる。


 加速度を増したその突撃が、宗真へと迫る。


 宗真は槍で迎撃の構えを見せ、それに向かい叩きつけた。


 金属の激しくぶつかり合う音が鳴り響き、槍が折れて宙を舞う。

 宗真の肩から鎧が吹き飛び、おびただしい鮮血が噴き出した。


 マコトは勢いを殺し、地面へ着地して油断せずにこちらを向く。


 肩を押さえながら、宗真はマコトを睨みつける。


「オヌシは……オヌシは一体何者なんだ!!」


 あまりにも理解を超えた存在に、宗真は怒りと共に恐怖を感じていた。

 

 マコトがゆっくりと宗真へ向かい歩き出す。

 瞳には変わらず感情を映さない。


「……私は、愛する女に全てを捧げた……ただの男ですよ」


 そう告げて、左手を開き宗真へ向ける。


「……終わりです」


 手のひらの中心に穴が開き、そこから粘液が大量に噴出された。

 怪我を負った宗真は、それを躱すことが出来ずまともに浴びてしまう。

 

 刺激臭を放つ液体が宗真の体を覆い、動きを封じる。


「ただの男だと!その姿は……まるで悪魔ではないか!」


 粘液が硬化し、宗真の体を縛り上げた。


「……そうですね、私は人を辞めました……魔人とでも呼んでください」


 右手の人差し指を宗真へ向ける。


「敗れるというのか!神を降ろしたこのワシが!」


 すでに動かせるのは口のみとなっていた宗真が叫ぶ。


「神よ!お助け下さい!ワシは大和当主として、負けるわけにはならんのです!」


 その言葉を受けたように、宗真へ向かい雷が落ちる。

 

『——我が子孫の願い、聞き入れよう』


 肉を焼く焦げた匂いが辺りに充満していた。

 宗真の口から発せられたのは、先ほどの神の声。


 宗真の体が動き出す。

 粘液は雷で体もろとも焼かれ蒸発していた。


 だが、その瞳は白濁しており、意識があるようには見えなかった。


『だが、この体は壊れることになる、また、我が血を継いだ新しい当主を決めるがよい』


 腰を抜かしている重鎮たちを白濁した瞳で見据え言い放つ。


『魔人とやら、覚悟は良いか?』


 マコトはその問いに答えず、静かにネクタイを緩める。


 こうして、神と魔人の戦いが始まろうとしていた——。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ