あの花のように
アキラが当主と何かを話している。
だが、私の耳には何も入ってこなかった。
全ては無駄な足搔きだった。
その事が、頭の中を占めていたからだ。
神に苦言を呈す、そのなんと愚かしいことか。
もはや、神の手で天に召されることなど夢のまた夢。
こんな罰当たりな愚物は、最後までみっともなく足掻いて、惨めに死に絶えるのが相応しい。
「さっちゃん大丈夫?」
近くから神の気遣う声が聞こえた。
その事に、思わず体が硬直する。
もはや、私にその優しさを受け取る資格など無い。
いや、きっと最初からそんなものは無かったのだろう。
神の瞳は変らず深く、果てしなく広い。
どうして私は、この瞳を揺らすことが出来るなどと思い上がっていたのか。
その根拠すら、わからなくなっている。
心が急速に乾いていくのを感じていた。
もはや涙も出ない。
「きっとこうなるだろうと思っていました」
「私では貴方に届かないだろうと」
「だけど、良い夢が見られました」
「せめて最後に出来るだけ足掻いて、終わりにします」
神へ対し、一方的に懺悔をする。
どこまでも愚かしい私。
無作法で、みっともなく、醜い。
でも、せめて最後に、神が誉めてくださったあの技を見て頂き、終わりにしようと思う。
——今なら、あの時の花の気持ちがわかる。
一条の庭園で、神の手により癒され、再び咲き誇ることの出来た花。
与えて頂いた美しさを神に向け、精一杯の感謝を伝えようと咲いていた。
あの、名も知らぬ花のように、私も心からの感謝を伝えよう。
貴方のおかげで、本物の光を知ることが出来ました、と。
「……白蓮」
自分が作った太刀の名を呼ぶ。
それは、アキラが使う白い木刀を模したもの。
そして、神の側に咲くことを許された花の名前。
「……無明蓮華」
私の最も得意とする技。
それは、アキラという光が無ければ、咲くことのない花を表した言葉。
一条アキラ、私の神様。
ありがとうございました。
全ての生命力を霊力に変えて、鎧を通し太刀へと送る。
そして放つ。
命を賭した最後の斬撃。
それは舞い散る華の如く、一振り一振り命を削りながら輝かせる。
その太刀を受け止めるアキラは、あの時、神の庭で見せていた優しい微笑みを浮かべてくれた。
私はまるで、あの花になったように感じていた。
アキラへ向かい、純粋な感謝を向けて咲き誇る。
すると、その太刀へ込める気持ちがゆっくりと変わっていく。
一太刀ごとに、心の奥底へしまわれていた感情がめくれていった。
そして気付く。
きっと、これこそが、あの花が抱いていた想い。
——アナタが好きです。
剣撃という名の花弁を開き、必死に伝える。
なんのことはない。
最初から、私は彼に、恋をしていたのだ。
他の感情が強すぎて、それに気付けなかっただけ。
だから、今までの分の告白を、百を超える斬撃に変えて伝えた。
——もっと話をしてみたかったです。
——聞きたい事も色々あったのです。
——どこかで、デートもしてみたかったです。
——手を、繋いでみたかったです。
——好きです。
——心から、大好きです。
その、一太刀ごとに込められた想いは、アキラを赤く染めていった。
それはまるで、私の告白に、感情を揺らしてくれているように感じられた。
そして、華は散る。
残されたのは、ボロボロの身体と、命の燃え滓。
やっと気付けた自分の気持ち。
それを剣を通して伝えることが出来た喜び。
私の顔に浮かんでいたのは、年相応な少女の微笑みだった。
急速に力が抜けて、視界が暗く沈む。
瞼がゆっくりと閉じられていく。
私の命が尽きようとしていた。
「やっぱり、綺麗だね」
その響きは、始まりを告げた福音。
走馬灯のようにアキラとの想い出が蘇る。
大切な記憶、私の宝物。
その声に導かれるように瞼を開くと、目の前にはアキラの顔があった。
「もしかして……さっちゃんって僕のこと好きなの?」
届いた。
この気持ちが、彼に。
「……はい……ずっと……御慕いしております……」
最後の力を振り絞るように、告白する。
「そっか、嬉しいな」
彼が私の手を取って、顔を綻ばせた。
涙がこぼれる。
自分は世界一の果報者だ。
心の底から好きな人に想いを伝え、それを受け入れてもらえた。
これが最後の思い出になるなら、胸を張って幸せだったと言える。
「なら、僕の子供を産んでくれない?」
——止まりかけていた心臓が、焦るように再び動き出す。
彼の子供を産む。
その素晴らしい未来。
それを思うだけで、体に活力が戻る。
死んでなどいられない。
望まれたのだ。
彼に、直接。
私は彼の子を産む。
なんとしても、絶対に。
「……私で……よろしければ……喜んで!」
力が湧き上がる。
それは彼からもたらされたもの。
繋がれたアキラの手が、淡く輝いていた。
ボロボロだった体に、以前よりも強い力が漲ってくる。
彼の手を借り、立ち上がる。
幸江の瞳は、涙に濡れながら美しく輝いていた。
「いつから作れるかな?」
アキラが嬉しそうに聞いてきた。
「貴方が望むなら……今すぐにでも」
身も、心も、魂さえも、すでに彼へ捧げているのだ。
アキラが望むことならば、その全てを叶えることが私の生きる意味。
「ほんと?嬉しいな」
そう無邪気に微笑む顔が、心から愛おしい。
それを潤んだ瞳で見つめていると、手を繋いだままゆっくりと抱きしめられた。
「さっちゃん、その輝きを愛してるよ」
囁きが、魂へと染み渡る。
「……私も愛しております、出会った時から、ずっと」
自然と口からこぼれた。
きっと、この言葉を彼へ伝えるために、私は生まれてきた。
アキラへ向かい目を閉じる。
自身の魂が、そうしろと訴えた。
身体の内側から叫ばれたその声に、そのまま静かに従う。
アキラはそれを確かめたように頷くと、私の唇に自身のものを重ねた。
それは誓いの口付け。
全てを捧げ、その側を共に歩み続けるという覚悟を、己の魂に刻む行為。
私の世界には、その時、アキラのみが存在していた——。




