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非願成就は露と消える

 日の光が白く砂敷きの試合場を照らし、周囲を囲む松の影が濃く落ちている。

 広間から移動してきた一同は、試合場の外縁に並び、息を潜めて二人を見守っていた。

 

 アキラは静かに場の中央へ進み出る。

 その足取りは迷いなく、背筋は真っ直ぐに伸びている。

 

 白地の道着に黒い袴を履いて、手には木刀を握っていた。

 どちらも先ほど、屋敷に常備してある物を借り受けた。

 

 向かい側には、同じく中央へ歩み出る幸江の姿。

 白地の道着に淡い藤色の袴姿は、日光を浴びて淡く輝き、その手にも木刀が握られている。

 

 歩みを止めて、互いに距離を取って立ち止まる。

 

 風が二人の間をすり抜け、砂をわずかに巻き上げた。

 

「始めよ」

 

 宗真の低い声が、静寂を切り裂く。

 

 その瞬間、二人の視線が正面からぶつかり合った。

 

 中段に木刀を構える幸江の微笑は変わらない。

 だが、その瞳の奥には、仄暗いものが浮かんでいる。

 

 アキラは、左手で木刀をダラリと持ち、その視線を受け止め微笑みを向けた。

 

 砂敷きの上で、二人の影がゆっくりと伸びていく。

 どちらが先に動くのか、誰もが息を止めて見守っている。


 初撃は幸江だった。

 

「セイッ」


 気合とともに飛び込み、上段へと木刀を振るう。

 

 神速ともいえるような鋭い振りがアキラを襲った。

 常人ならば何もわからず終わっていただろう。

 

 額を狙った浅い打ち下ろし。

 だが、その様子見を兼ねた一撃を、アキラは半歩下がって躱す。


 幸江は、剣先を止め、そのままの高さで喉を狙って突きを放つ。

 まともに喰らえば、絶命しかねない攻撃。

 それをアキラが身を捩りギリギリで躱す。


 幸江は攻撃を止めずに、突きの体勢から木刀を握る柄の部分をアキラの鎖骨に向かい落とし込む。


 アキラはそれをさらに体を捻り当てさせない。


 幸江は体勢を崩さず、アキラの頭を狙い、後ろに飛びながら上段を打った。


 その鋭い上段を、アキラは首を横に倒すだけで躱しきる。


 幸江が後ろに飛んだ勢いで、そのまま距離を取って構え直す。


 どれか一撃でも喰らえば、大怪我は免れない四連撃。

 相手の反撃を許さない一息で放たれた流れるような剣捌きが、幸江の確かな技量を物語っていた。


 そして、それを最小限で交わし続けたアキラ。


 二人のやり取りに、見物人たちが瞠目する。


「シッ」


 またしても幸江が先手を取り、一足で詰め寄った。

 そのまま、ダラリと下げているアキラの右腕ごと胴を一閃。


 自然体に立ち、両足が揃っているアキラには躱しようのない攻撃。

 それを左手に持つ木刀を動かし、剣先を地面に向ける形で受け止めた。


 その場に、鈍く重い音が鳴り響く。


 アキラは片手で受けたにも関わらず、木刀は飛ばされるどころか、微動だにもしなかった。


 幸江は弾かれた木刀の勢いを利用するように、握っている柄の先端をアキラの鳩尾へ打ち付けた。


 それをアキラが右手で柔らかく受け止める。


 その瞬間、二人の顔が至近距離になる。

 間近で視線が絡み合った。

 

 幸江がアキラの瞳を覗き込むように魅入る。

 そして、周囲に聞こえないよう呟いた。


「アキラさん……これから(わたくし)は、貴方を殺します」

「それがお嫌でしたら、私を殺して下さいね」

 

 そこに見せたのは、満面の笑顔。

 それは今までの様な作られたものではない、心からのものだった。

 

 告げ終えると、大きく後ろに飛び、手に持った木刀を落とす。

 

「……霊装召喚」


 幸江がそう呟くと、全身を光を帯びた霊力が包み込んだ。

 淡い光は波紋のように広がり、やがて甲冑の輪郭を形作っていく。


 金属が組み合わさる澄んだ音と共に、純白の鎧が姿を現す。

 それは日光を反射して眩く輝き、要所には繊細な金の細工が施されていた。


 新たに右手へ握られたのは、太刀と呼ばれる反りが深く、刀身の長い刀。

 美しく波打つ刃紋が鈍い光を放ち、観衆の胸に緊張を走らせた。


 幸江の霊装鎧を見て、宗真が戦いを止めるかどうかの判断を迷う。

 しかし、一流の相手をもってしても、それを上回る体捌き。

 そして、霊装鎧へ対抗するアキラの異能を見たい好奇心が、中止を見送った。


 幸江の左手が、ゆっくりと太刀の柄を握り直す。

 純白の鎧が日光を反射し、金の細工が一瞬だけ閃いた。

 その足は微動だにせず、しかし全身の重心がわずかに前へ傾く。


 アキラは正面からその動きを見据え、微笑みを向ける。

 足裏で白砂を軽く噛み、自然体のまま木刀を柔らかく持つ。

 視線は幸江の刀ではなく、全体を捉えていた。

 

 ——風が止む。

 

 次の瞬間、幸江の姿が霞んだ。

 その動きは先ほどまでとは比べようも無い速度。

 

 砂が爆ぜるように舞い上がり、鋭い踏み込みと同時に太刀が袈裟懸けに振り抜かれる。

 空気を切り裂く音と共に、陽光を浴びた刃が白砂の上で閃光を描いた。

 

 アキラはその初撃を、半歩の退きと体の捻りでかわす。

 刃先が頬をかすめ、熱を帯びた風が皮膚を撫でた。

 

 すれ違いざま、アキラの足が砂を蹴り間合いを作る。

 

 幸江は振り抜いた勢いを殺さず、刃を返して再び構えを取る。

 その動きは淀みなく、まるで舞のように滑らかだった。


 白砂の上、空気が再び張り詰める。

 

 観衆の誰もが、次の一手を息を呑んで待っていた。

 白砂の上で、二人の足跡が交差したまま、わずかな間が生まれる。

 

 その間合いは、刃が届く距離。

 

 幸江がその場で踏み込みの体勢を崩さぬまま、刃を返す。

 太刀の切っ先が、砂を裂くように低く走った。

 アキラは半身を引き、足首のひねりで軌道を外す。

 

 その瞬間、幸江の左足が砂を蹴り、再び間合いを詰めた。

 

 アキラは後退せず、逆に一歩踏み込む。

 刃の前に自らの体を滑り込ませ、懐へ潜る。

 

 幸江は即座に反応し、太刀を立てて峰に手を当てアキラの体を押し切ろうとする。

 

 押し合いは一瞬。

 

 アキラは力をかけず、押される勢いを利用して後方へ跳び退く。

 白砂が舞い、二人の間に再び距離が生まれる。

 

 幸江の瞳が細められた。

 その奥に、喜びと殺意が混じる。


 アキラは、自身の道着に切れ込みが入っているのを確認して、短く息を吐く。


 その高度な攻防に、周囲の人間は息を吸うのも忘れ魅入っていた。

 ただ、アキラはいまだに一度も攻撃を仕掛けていない。

 その事の意味を皆が測りかねていた。

 

 砂を踏みしめる音が、再び静寂を破る。


「ヤアァァァ!」

 

 幸江が左袈裟斬りを放つ。

 それを躱したアキラの脇腹を、膝をつくような低い体勢からの逆袈裟斬りで深く追撃する。


「あ、ちょっと待って」


 アキラが不意に動きを止めて、幸江に停戦を呼び掛けた。

 だが、その刃は止まらない。


 ——鮮血が舞う。


 振りぬかれた刀が、アキラの脇腹を通り、肩まで一直線に通り抜けた。

 

 肺を掠めたのか、アキラが咳をするように口から血を吐く。


 試合の行方を見守っていた周囲の人間が、目を見開き固まる。

 宗真ですら、思わず焦りの声を上げた。


 純白の鎧に、赤い飛沫が飛び散る。

 それはまるで、雪の中に咲く椿のように、美しく鎧を染めた。


 ——あきらかな致命傷だった。


 その手ごたえと共に、血塗れのアキラを見る幸江の顔は、花よりも美しい笑みを浮かべていた。

 その笑顔は、悲願を達成した者だけが表せる情。

 

 彼女は遂に成し遂げたのだ。

 

 だが、この場にいる人間の中で表情の変わらなかった者が三人いた。

 

 一人はマコト。


 一人は遙。


 最後の一人は——。


「ごめん、ちょっとだけ抜けるね」


 そう言って、その場から消えたアキラ。


 その顔には、苦痛も、嘆きも、死を迎えることへの絶望も浮かんでいなかった。

 消えた事よりも、その事実が幸江の笑顔を崩す。


「……なにが起きたのだ」


 宗真が、目の前で起こった現象へ誰に言うでもなく問いかけた——。

広告の下にある☆☆☆☆☆から、作品の率直な評価をよろしくお願いします。


また、『ブックマーク追加』と『レビュー』も一緒にして頂けると、ものすごく嬉しいです。

挿絵(By みてみん)

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