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昼間のパパは、いい汗掻いてる

 庭園の奥に広がる修行の森。

 鬱蒼と茂る木々は、外界の光を遮り、昼間であるにもかかわらず薄暗い。

 苔むした地面には踏み跡ひとつなく、風の音さえも吸い込まれるような静寂が支配していた。


 大和朔弥は、森の入口に立ったまま、軽く息吹をする。

 その動作に、無駄は一切ない。

 彼の周囲の空気が、わずかに震えた。


 マコトは十五分ほど前に、すでに森の中へ入っていた。

 それを一時間以内に捕まえ、処分するのが彼に与えられた命令。

 

「それでは始めよ!」


 宗真の声が、森の静寂を切り裂いた。

 その瞬間、朔弥の姿が、風のように消える。



 森の中で、飛ぶように走りながら朔弥は考えていた。

 なぜ、一条マコトはあのような挑発を言ったのかと。


 大和の陰陽術をその目に焼き付けたのならば、その脅威は分かっているはずなのに。


 おそらくはただの虚勢だろう。

 

 ただ、あの御当主様を相手に大言を吐くなど、並の人間に出来ることではない。

 それだけがわずかに胸に引っ掛かっていた。


 だが、自分は大和の駒なのだ。

 余計な事を考える必要は無い。

 

 ただ粛々と任務を遂行するだけ。


 国内外の異能者や術師から、命懸けで日本を守ることが大和の使命。

 そのために日々研鑽を積んでいる。


 そのことへ、朔弥は強い誇りを抱いていた。

 

 だからこそ、このような雑事は早々に終わらせるべきだと、さらに足を速める。


 

 ——おかしい。


 開始からすでに二十分が経過していた。

 先に森へ入って隠れていたとしても、自分ならマコトを捕まえ、処分するに足りる時間だったはずだ。

 

 現に、何度も気配は察知していた。


 だが、近づくと逃げられる。

 それはこちらの気配も察知されているという事実。


 なんの訓練も積んでいないはずの人間に、消しているはずの気配を掴まれている。

 しかも、その動きは、まるでこちらの感覚を翻弄するかのようだった。

 

 その事実は次第に朔弥を苛立たせていた。


 陰陽術を使えば簡単に捉えることも出来るだろう。

 だが、素人相手に本気で術を使うなど、朔弥のプライドが許さなかった。


 いっそ強引に捕まえてしまうか。


 若さゆえの判断だった。

 マコトをただの獲物だとしか思っていなかったのだ。


 ——それが誤りだとも知らずに。


 

 朔弥は移動時の音を気にせず、最大速で木々を蹴るように森を駆ける。

 そして、標的を目視した。

 

 周囲を太い木々に囲まれ、大木を背に逃げ場のない位置に立っている。

 それはまるで、自分を待っていたかのようにも見えた。

 

 朔弥は木々の間を縫うように接近する。

 その気配は、獣のように鋭く殺気を孕む。

 

 すでに向こうもこちらを視認しているはずだった。

 だがマコトは微動だにしない。

 

 その姿勢に、朔弥は一瞬だけ違和感を覚え速度を緩めた。

 

 ——なぜ、動かない?

 

 朔弥は声を発することなく、心の中で問いかける。

 素人ならば、恐怖に駆られて逃げるはずだ。

 

 それが、ただ立ってこちらを見据えている。

 その目に、怯えは無く、なにか確信のようなものが宿っていた。

 

 ——まさか本気で待ち伏せているつもりなのか。

 

 朔弥は速度をさらに緩め、慎重に距離を詰める。


 あと十歩で標的に手が届く距離。

 

 その瞬間、空気が変わった。

 森の気配が、ねじれを帯びる。

 

 朔弥の足が、一歩踏み出す寸前で止まった。

 一流の戦士としての直感が警鐘を鳴らす。

 このまま踏み込めば、何かが起きる。


 目の前の男はまだ動かない、ただ静かにこちらを見ているだけ。

 

 朔弥の背筋に、冷たいものが走った。

 無表情だった顔に警戒の色が浮かぶ。

 

 この男は、本当にただの凡夫なのだろうか。

 その疑問が自然と頭に湧いた。

 

 朔弥が、霊装鎧の刀を作り出す。

 光り輝く抜き身の日本刀がその手に握られた。


 自分の脚力なら、一歩踏み込んで斬りつけるだけで終わる距離。


 ——だが、踏み込めない。


 目の前に佇む男、その姿がそれを躊躇(ためら)わせる。


 自分が目の前に現れた以上、確実に死ぬ事はわかっているはずだ。

 それなのに、その瞳に揺らぎがない。


 まるでそれは、何度も死線を潜り抜けた戦士の眼光。


 朔弥は、落ち葉を踏み締めるように、摺り足を使いジリジリと間合いを詰める。


 構えは青眼。

 マコトの左目に剣先を合わせて、攻防どちらでも動けるようにし、威嚇も兼ねた構えだった。


 素人ならば、刃物を直接向けられれば必ず目に怯えが浮かぶ。


 しかし、そこに恐怖は一切無かった。


 朔弥はここに来て確信する。

 一条マコトは獲物などではない、戦う(すべ)を持つ戦士であると。


 あと一歩進めば両者の間合いだ。


 手を抜いている場合ではないだろう。

 向こうはこちらと戦う意志があるのだ。

 

 朔弥は考えを改め、陰陽術の行使を試みる。

 刀を左手で構えたまま、右手で懐にある霊符を探る。

 すると、その動きに合わせるように、マコトが動く。


 ゆっくりと朔弥に向けて左腕を伸ばして手のひらを向けた。

 それはまるで命乞いの様にも取れる姿。


 それを見て、右手を懐に入れたまま、思わず問いかけてしまった。


「……何のつもりだ?」


 これから処分する相手に声をかけるなど、朔弥にとって初めての事。

 自分でも気付かぬうちに、相手に呑まれていたのだろう。


「……悪いが……これから君を倒す」


 静かに重く告げられた言葉に、朔弥は先ほど広間で聞いた時のような怒りは湧かなかった。

 その言葉が本気なのだと理解したからだ。


 この男は、自分を倒しかねない敵としてここに居る。


 己の意識を完全に切り替え、最大限の警戒を持って迎え撃つ覚悟をした。

 いつでも霊符を出せるように指先に挟み、相手の動きに集中する。


 マコトが左手はそのままに、右手をゆっくりと顔の近くへと上げた。


 攻撃の為の準備なのか、それとも何らかの術を使う可能性もあるだろう。

 視線が右手に集中し、それが耳の後に来た瞬間——。


 マコトの耳が巨大化した。


 そのあまりに突拍子の無い出来事に、思わずそれに見入ってしまい朔弥は一瞬の隙を見せた。


 すると、左の手のひらに穴が空き、そこから液体が噴射される。


 その事にも驚き、反応がさらに遅れた。


 そのせいで、飛び散った液体を右半身に浴びてしまう。

 それは、刺激臭と共に強烈な粘着性をみせ、朔弥の体を絡めとる。


 懐に入れた右腕が出せない。


 慌てて不完全な体勢で刀を振り上げるが、そこにまたマコトの手から液体が噴射された。

 それにより、朔弥は腕を振り上げた格好のまま完全に固まった。


 朔弥が完全に動けなくなったのを見届けて、マコトがゆっくりと近づいて来る。

 それを見て、必死にもがくが、粘液は絡まりを強めるばかりだった。


 マコトが眼前に立つ。


 そして、朔弥の目に向かい、人差し指を向ける。

 すると、その黒く染まった爪がゆっくりと伸びて来た。


 刃物の様に先の尖った黒色爪が、朔弥の眼球寸前まで迫る。


「……私の勝ちでいいな」


 その宣言に、朔弥は頷く事も出来ず、額から汗を流していた。

 それほどまでに、マコトから発せられる殺気は本物だった。


 それは、人間を数人殺したくらいでは身に付かない、本物の殺人鬼が纏うもの。


 ——コイツは何者なんだ?


 その疑問と恐怖に、朔弥の戦意は折れてしまった。


 それを感じ取ったのか、マコトは朔弥を残し、その場から静かに立ち去る。


 

 こうして、生き残りを賭けた試練は、一条マコトの勝利によって幕を下ろした。

 

 その驚きの結末は、この後、広間で待つ者たちの胸に驚愕とざわめきを残すだろう。

 だが、この勝利が意味するもの、それは新たな火種を生むのだった——。

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