彼女の優しさは常に地球を守っている
「ただいまー!」
アキラが上機嫌を隠さずにマンションへ帰ってきた。
「お帰りなさいアキラ様、なにか良い事でもあったのですか?」
沙耶がそれを察し、嬉しそうに出迎える。
「今日、ウチの学校の生徒会長と話をして、仲良くなったんだ」
「まあ!それは良かったですね!」
沙耶は、アキラが生徒会に誘われたのだと思った。
もともとアキラは才気溢れ、品行方正な人物だった。
その彼が周りからまた認められるようになったのは、沙耶にとって喜ばしいことだった。
「きっと生徒会長さんも、アキラ様が頼りになる事をすぐにわかりますよ!」
「うん、期待に応えてみせるよ」
そう言ってアキラは拳を握りしめて見せた。
沙耶は小さく拍手をして、それを応援する。
その姿に、アキラは今度大きいクルーザーを買ってあげようと心に決めた。
アキラがリビングに戻って来ると、黒猫がスルリとそばにやって来た。
そして、リビングに新たに置かれた物を見て感想を述べる。
「……ねえ、あの水槽って大き過ぎない?」
その視線の先には、1メートルはありそうな横長の水槽が置かれていた。
水槽の中には15センチほどのメンダコが一匹。
それがオブジェとして置かれた岩に張り付いていた。
「沙耶さんの優しさだから仕方ないよ」
メンダコに対して、明らかに大き過ぎる水槽だったが、それを咎める者はこの家にはいなかった。
最近、テラでさえ、自分の好む物を魔法のように次々と用意してくれる沙耶に好意を示していた。
『サヤ……すき……』
そう呟くテラを見て、黒猫は沙耶に敬意を持ち始めていたのだ。
こんな短期間で、自由奔放かつ地球最強の我が主人が懐いている。
その事実は、まさに空前絶後の出来事だといえた。
アル以外の人間なんて、彼女にとっては存在を個別に認識する事すら稀である。
ましてや好意を見せるなど、この五千年間に片手で足りる程の人数だろう。
昨日の晩御飯の時も、『テラ様は、好き嫌いが無いので偉いですね!』と言われて、『えへへ』と嬉しそうに笑っていた主人を思い出す。
それを見て、避けていたピーマンを急いで食べるアキラの姿も。
もしかして、地球の命運は沙耶が握っているのかも知れないと真剣に思い始めていた。
「そういえば、今日、またすごい子と知り合ったんだよ」
そんな黒猫の思惑をよそに、アキラが上機嫌で報告する。
「魔眼を持ってる男の子がいてさ、慌てて僕の魂を見られないように隠したんだ、せっかくの目が壊れちゃうからね」
「うそ!?ずいぶんとレアな能力持ってるわね!」
「だろー?だから、娘の結婚相手になってくれってお願いしたんだ」
「アンタ、またそんなこと言ったの?」
黒猫は呆れたように、目を丸くした。
「うん、そしたら三兆円でなってくれるって」
「……はぁ?なにそれ?」
アキラの規格外のお願いに、負けないほどの無茶苦茶な返しを聞いて、その相手を訝しむ。
「安いよねー、十億人に一人いるかどうかの能力だからね」
「確かに凄いけど、どーすんのよ、そのお金」
「どうしよっかな?昔、持ってたお金は、全部子供たちに渡しちゃったし」
アキラは髪を掻き上げ、思案する。
「手持ちの物をなにか売ればいいかな?」
「なにを売るつもりよ……というか、まず三兆円を持ってる人間を探すのが大変じゃない?」
「そっか、出来ればすぐにでも欲しいんだけど」
「なら借りるしか無いじゃない」
「あー、借りればいいのか」
そう言って、借りる当てを思い浮かべるアキラ。
「確実に持ってそうなのは、アンタの娘のマリアとガルシアかしらね」
「確かに!じゃあ住んでる場所がわかってるマリちゃんにお願いしようかな」
黒猫は考える。
どちらの娘も、アルが頼めばすぐにでも用意するだろう。
しかし、その後の騒動を考えると頭が痛くなる。
「そうだ!お見合いを兼ねて、拓人と哲也の二人に手紙を持って行ってもらおうかな?」
「僕はテラがいるから動けないし」
アキラは名案が浮かんだとばかりに、スマホで二人にメッセージを送る。
「とりあえず明日、家に来てもらう事にしたよ」
「あっそ、ま、勝手に頑張って」
私は知らないからねと、尻尾を揺らしソファーに戻る。
彼は娘たちの愛情の深さを理解していない。
その歪ささえも。
アルが現世に転生している事を知れば、なんらかのアクションを起こすだろう。
そしてきっと騒動になる。
その事を考えて、関わりたく無いと逃げを決め込んだ。
だが、アキラのそばに居続ける限り、それらの騒動からは逃れられないことになるのだが。
「沙耶さん、明日の夕方に僕の友達が二人来るから準備をお願い出来るかな?」
キッチンで仕事をしていた沙耶にアキラが声を掛ける。
それを聞いて、沙耶がパタパタと小走りにやって来た。
「まぁ!おウチにアキラ様の御友人をお呼びするのは初めてですね!それではお持て成しは、お任せください!」
沙耶は、アキラが普通の生活を送れている事に安堵と喜びを見せる。
あの狂気に侵されていた二年間から、まだそれほど時間は経っていない中で順調に年相応の生活を送れている。
その事が心から嬉しかったのだ。
ただ、沙耶は知らない。
アキラが普通というものから、かけ離れているトラブルを起こし続けている事を。
それを彼女がいつ知る事になるのかは、まだ誰も知らないままだった——。




