約束のポッキー
ひとしきり泣いた後、拓人はスッキリした表情で立ち上がり、周囲を見渡し告げた。
「俺の負けだ、みんな……すまん」
自身の嵐のような攻撃の余波で、髪は乱れ、服はボロボロになっていた。
ブーツに至っては、どこかへ吹き飛び、裸足のままでその場に立っている。
それに対し、アキラは汗ひとつかかず、衣服も整ったまま。
唯一、胸に残った涙の跡だけが戦いの印といえた。
その姿を見れば、誰の目にも勝敗は明らかだった。
例えそうでなくとも、あの抱擁の時点で勝敗など、とうに意味を失っていた。
ロッドのメンバー達は呆然としていた。
先ほどまでの災害のような攻防から一転、自分らのヘッドが泣き崩れ、敗北を宣言した。
まるで夢でも見ているような、全てが現実感のない状況。
「約束だ、言う事を聞こう……」
赤く目を腫らしながら、バツの悪そうな顔で呟いた。
それは、彼の二度目の従順だった。
一度目のような、希望を叶える為の行為ではない。
希望を叶えてもらった、その対価を払うつもりだった。
それは感謝という、清らかで不器用な決意。
ただ、アキラの為に俺が出来ることなど殆どない。
人より力はあるつもりだが、アキラには到底敵いそうにないからだ。
せいぜい、チームとして下に付くことくらいだろう。
それでも出来ることがあるなら、全力で叶えるつもりであった。
たとえ、命を投げ出せという命令だとしても。
望みを全てを叶えてもらったお礼として、自分の全てを捧げる覚悟が出来ている。
それほどの事をしてもらったと思っていた。
「美藤くんはいま何歳?」
アキラはやわらかな笑みで、聞いてきた。
「た、拓人でいい……俺はたぶん十六、七だと思う、正確な歳は……わからないんだ」
俺は気恥ずかしさと妙な緊張を伴いながら、自身が知っているだけの答えを素直に告げる。
昔、研究施設のあの所長の養子になっているとは聞いた。
だが、施設を脱走した結果、自分にまともな戸籍があるのかすらも定かではない。
「そっか、まあ、十分大人だよね」
「あ?ああ……」
「それじゃあ、僕の娘と結婚して、子供を作ってもらいたいんだ」
「ああ…………………………………………あぁっ?!」
青天の霹靂とでもいうべきか、理解不能といった方が適切か。
その言葉は耳には入っても、頭にはうまく入ってこなかった。
「それは……どういう意味だ?」
からかっているわけではない、そんな人間でないことはもうわかっている。
それでも、あまりに現実離れした提案に、どう答えたらいいかわからなかった。
「そのままだよ、僕には何人か娘がいて、お互いが気に入った子と結婚して欲しいんだ」
アキラの瞳には嘘も誤魔化しも見えない、ただ深淵のみが映る。
『自分の娘と結婚して子供を作れ』
それが彼の望むこと。
突拍子も無い提案だったが、何でも聞くと決めていたのだ、全て吞み込もう。
それでも、やはりひとつだけ引っ掛かったことがある。
「お、俺で……いいのか?」
自分のような人間が結婚など、ましてや子供などつくっていいものか?
娘というのは比喩なのかもしれない。
だが彼にとって、大切な女性であることには変わりないだろう。
そんな女性と、自分の両親にすら忌み嫌われ、捨てられた俺が到底釣り合うとは思えない。
「君が、いいんだ」
そう言ったアキラの笑みは、太陽のようだった。
そのあたたかさを受け取った瞬間、心の奥底でなにかが解けるのを感じた。
彼が自分を認め必要としてくれる、それだけでもう十分だった。
「……よろしくお願いします」
俺はゆっくりと頭を下げた。
その拓人の姿に、場の空気が一変する。
周囲からまばらに拍手が起きはじめたのだ。
それらは徐々に広がり、気付けばその場の全員が拍手をし、祝福の言葉を投げかける。
彼らは非現実からさらなる非現実へと進むにつれ、感覚がマヒしていた。
そこへ、崇拝する拓人の結婚が決まるという、わかりやすいイベントが起き、反射的に飛びついたにすぎない。
それはまさしく現実逃避である。
「ヘッドー!オメデトー!」
「おめでとうございます!ヘッド」
「すごいっすねー!男っすねー!」
「結婚式は派手にやりやしょう!」
メンバーが口々にお祝いをのべ、囃し立てる。
「……ああ、ありがとう」
すでに覚悟は決まった、どんなに困難だろうともやり遂げる。
その前を向く力強いまなざしは、今までの彼には無いモノだった。
力の強さだけではない、心の強さの片鱗がそこには見え始めていた。
「それでー、今後はアキラがヘッドってことでいいのかなー?」
ビナが拓人に向かって聞く。
「ああ、アキラがそれを望むなら是非やって貰いたい……もともと俺には向いてなかったしな」
自嘲気味に笑う拓人へ、アキラは特に考えもせず答える。
「家の近くにきてくれるならいいよ」
「……わかった、そちらに拠点を移すことにする」
拓人の即答を受け、メンバーはそれぞれ意見を言い始める。
「大田区ってここから微妙に遠いよな」
「チーム名はどうなるんだ?」
「あの辺のシマってオレらの傘下いたか?」
そんなザワザワとした喧騒の中、アキラがふと声を上げた。
「そうだ、拓人とビナは、どこの骨を折る?」
一瞬で場が凍りついた。
「確か、逃げないで負けたら選べるんだよね?」
その微笑みは決して残虐性を含まない。
それでいて、そこには妥協を許しそうにない雰囲気があった。
アキラは、人類の神として生きていた頃、人々が神から自立をし成長する姿に感動した。
そして、それからは人類を導くのではなく見守ることに決めたのだ。
その中には、人類が自ら決めたルールを出来るだけ自分も守るという決意があった。
告げられた言葉の意味がわかり、拓人とビナは顔を見合わせ青褪める。
「「ちょっと待って!」」
余りの急激な展開に、思わず同時に叫ぶ。
そして、心の準備する時間をもらうのが精いっぱいの二人。
特に拓人は、折る事にはイヤというほど慣れていたが、自身が折られる側は未経験だった。
アキラはニコニコしながら執行するのを待っている。
ビナは、さっき『指を折るなんてつまんない』などと言った自分の言葉を、死ぬほど後悔していた。
メンバーの手前、ここで日和るわけにはいかないからだ。
引きつった顔で利き腕である右腕を差し出す。
ここで左をだすのもダサい。
それは、彼なりの矜持であった。
アキラは優しく頷き、手刀を上腕へと振り下ろす。
ポキンッ!
倉庫内に響く、妙に軽快な音とともにビナが小さく呻く。
それでもビナは腕を抑えもせず、気丈にも笑顔を見せて強がった。
「ま、まぁ……ルールはルールだしー、別に対して痛くもないしー……」
一秒ごとに腫れ上がっていく右腕を見ないようにし、額に脂汗を流し、頬を引きつらせて必死に虚勢を張る。
そんな彼を見つめるアキラの瞳は、あたたかい。
「拓人はどこがいいかな?一番太いのは大腿骨だけど」
拓人は、腕を差し出したビナを、先ほどから鬼の形相で睨みつけていた。
その目は言っていた、なんて余計な意地を見せてくれたんだと。
元ヘッドとして、ナンバー2よりも“男”を見せなければならない。
それがアウトローの生きる世界の掟だからだ。
そして何より、アキラに恥ずかしい姿は見せられない。
「じゃあ……足で……」
みんなが固唾を飲みながら見守る中、右足を一歩前に出す。
これから来る痛みへの恐怖と後悔で、自然と力が入ってしまう。
こんな形で“罰”を受けるなんて思っていなかったのだ。
骨を折られるのが嫌すぎて、気付けば勝手に体の渦が増えていた。
その数、三十六。
先程の戦闘すら上回る圧が、拓人の身体から溢れ出し空気を歪ませる。
メンバーたちは思わず身をすくめ、皆が心の中で呟く。
((これ、折るの不可能じゃネ?))
拓人から放たれる先ほどを超える異質な力に、再び非現実が迫ってきた。
「いくよ」
ポキンッ!
場違いなほど軽快な音。
アキラの柔らかな手刀が、右大腿骨を正確に折った。
瞬間、拓人の視界が一度、真っ白になる。
呼吸が止まり、体の重みが右足に掛かると震えるほどの痛みが走り、膝が崩れそうになる。
なにせ、まともに痛みを受ける事自体が数年ぶりだ。
確かに施設にいた頃は、実験で毎日体を痛めつけられていた。
しかし、流石に骨折までは体験したことが無かったのだ。
人生最大の痛みの中、それでも元ヘッドとして振舞わなければならない。
その理性と意地が、地面を転げまわりたいほどの痛みを耐えさせた。
アキラはそれを見て、満足そうに頷くと、髪を掻き上げてからこの騒動の終わりを告げる。
「じゃ、帰るね」
その声を合図に、その場にいた拓人以外のメンバー全員が、直立不動から腰を九十度へ曲げその声に答えた。
「「「お疲れ様っした!!」」」
こうして、長いようで短く、壮絶で非現実的な“横浜騒動”は、静かに幕を閉じた——。
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