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父の名は美藤賢治

 昨日、少年から言われた言葉、それが頭の中を回り続けた。

 一晩中、眠ることさえ出来ないほどに。

 

 『捨てられた』


 その言葉が心の鎖を重く沈ませている。


 これまで耐えてきた数年間の記憶が、次々と蘇り、鎖が重さを増していった。

 そして、行き場を無くしたように、ジャラジャラ、ジャラジャラと体内を彷徨(さまよ)う。


 やがて、産まれた時からそこにあった力の源に沿うように渦を巻きだした。


 

 一睡もできないまま迎えた朝。

 拓人は、検診のために腕を取った白衣の男の手を掴んでいた。

 その男はかつて、いい子にしていれば家族に会えると拓人へ教えた人物だった。


 男は困惑し、狼狽した。

 何年もの間、自分達の言葉に素直に従っていた研究対象が、突如として取った逸脱。


 ただの子供に掴まれているのでは無い。

 自分の腕を掴んでいるのは人の形をしたバケモノだ。


「……あの話って、本当?」


 拓人が虚ろな目で呟く言葉は、男にとって何のことか全くわからなかった。

 ずっと前に、研究対象が聞いてきた些細な質問の答えなど、男にとってはその場しのぎの物だったからだ。


 答えが見つからず黙り込んだままの男の腕に、じわりと圧がかかる。


「……僕の家族って……いるの?」


 掴んでいる右腕へ徐々に痛みを与え始めていた。

 幼少時から禁止事項として洗脳していたはずの暴力が、男の体に行われている。


「……答えてよ!」


 その言葉と共に、部屋へ骨の割れる音が響いた。


 男の右腕が折れたのだ。

 部屋に絶叫が響き渡る。


「僕の家族は……僕を捨てたの?」


 拓人は男の左腕を掴みなおし、声にならない叫びを上げて(うずくま)る男に質問を続ける。


 「し、知らない!オレは何も知らない!本当に知らないんだ!」

 

 恐怖と痛みにより恐慌状態に陥った顔で、男はただ同じ言葉を繰り返した。

 

「……誰なら知ってるの?」

 

「所長だ!所長なら知っている!だから腕を放してくれ!」

 

「どこにいるの?」

 

「この建物の三階!一番奥の部屋だ!」


 それを聞いて拓人は男の腕を離し、部屋の出入口に向かった。

 扉は施錠されていたが、拓人が手で押しただけで、大した抵抗もなく音を立てて吹き飛んだ。

 

 その瞬間、施設の警報機がけたたましく鳴り響いく。

 赤い警告灯が点滅し、三名の警備員がこちらに駆けつけてくるのが見えた。


 拓人はそれを気にも留めず、ただ階段を探し歩き出す。

 この部屋は一階にある、三階まで登らなければいけない。


 警備員が目の前まで迫って武器を構える。


「抵抗するな!大人しく手を後ろに組んで床に伏せろ!」


 その命令を無視するように、無言のまま歩みを止めずに進んだ。

 それを見て、警備員の一人が警棒を叩きつけてきた。

 

 しかし、拓人の頭に直撃した鋼鉄製の棒は、激しい音と共にくの字に折れ曲がってしまった。

 

「……なにそれ」


 まったく無傷の少年の一言に、残る警備員たちは焦りを見せ、同時に攻撃を仕掛ける。

 しかし、体にそれらが当たった瞬間、まるで鋼鉄に打ち付けたような音がして、またしても警棒は壊れてしまった。


「……人を叩いてはいけませんって……言ってたじゃないかぁ!」


 警備員が、まとめて壁に向かい吹き飛んだ。

 片手で軽く払った、それだけで人が吹き飛ぶほどの力。


 拓人は、体の中に存在する“渦”を意識する。

 昨日まで抑え込んでいたその力の源は、心の鎖を餌にして渦の数を増やしていた。


 その数、七個。


「階段……どこ?」


 床に倒れている警備員に聞くが、返事は無かった。

 

「……めんどうくさい」


 そう呟き、天井を見上げる。

 

 そして、跳んだ。

 

 凄まじい衝撃音と共に、分厚いコンクリートを粉砕し、拓人の身体は二階へと到達。

 続けて三階へも躊躇なく飛び上がる。

 施設全体が揺れ、廊下に職員たちが飛び出してくる。

 

 彼らの目に映ったのは、廊下に開いた巨大な穴と、コンクリートの砂煙の中に立つ被検体の少年。


「ねぇ……所長ってどこにいるの?」

 

 その声は、静かだった。

 だが、何も分からないこの現状で低く呟かれた言葉は、職員の心を恐怖に染める。

 

 職員の一人が、震える手で奥の部屋を指差した。

 拓人はそちらに歩みを進める。


 奥の部屋の扉を開けると、一人の男が慌ただしく書類をかき集めていた。

 

 年の頃は六十前後か。

 白髪混じりの髭面に、肥満体。

 背中には汗が滲み、その手元にしか注意が向いていない。


「……所長って、オマエのこと?」

 

 その白衣を着た人物が、不意に聞こえた声を耳にし、焦りを見せながら顔を上げる。

 眉間に皺を刻みながら振り向いた男は、拓人の姿とその服装を見るなり顔をしかめた。


「なんで被検体がここにいる!ワシは忙しいんだ!早く出ていけ!」


 怒鳴るように言い放ち、再び書類の束へと手を伸ばす。

 拓人は男に近づき、その右腕を掴む。


「なんだというのだ!」


 煩わし気に腕を振りほどこうとしたが、ビクリともしない力に驚き、気付く。

 その被検体が、施設で最も扱いを注意すべき存在であることを。

 

「な……なぜお前がここにいる?もしかしてさっきの警報と揺れは——」

 

「……所長なのか聞いてるんだけど」


 掴んだ腕から骨の軋む音が聞こえた。

 

「痛いっ!わ、わかった!私が所長だ!答えたぞ!放せ!」


 慌てたように答えた所長の額には、痛みにより先ほどとは違う汗が滲んでいた。

 

「じゃあ教えて……僕の家族はどこにいるの?」


 所長の腕を放さずに、無表情のまま答えを待つ。


「それは言えん、大人には守秘義務というのがあって——ギャアッ!」


 骨にヒビが入る音と共に、絶叫が響く。


「……教えて」


 すでに拓人の中には、長年刷り込まれてきた倫理観はほとんど残っていなかった。

 生まれた時から教え込まれてきた道徳が嘘だと気付くたびに、テレビで学んだ善悪が頭の中から剥がれ落ちていく。


「言う!言うから止めてくれ!……お前の両親は、ワシとの契約時に、自分達の居場所や素性は残さない事を条件にした!」

「だから、書類にもお前の親の情報は残って無いんだ!どこにもだ!」


 それは拓人にとって、最悪な答えだった。

 次の瞬間、所長の掴まれていた腕の骨が砕けた。


 再度の絶叫の中、拓人は悲痛な顔で聞く。

 

「……なんでそこまで僕の家族は、僕に会いたくないんだ!」


 所長は息を荒くし涙を流しながら、拓人の手を支点としてぶら下がる自分の腕を見つめていた。

 一刻も早い解放を望み、過去の記憶を必死に思い出そうとしている。


「……お、お前の母親は、お前が胎内へいる時に死にかけた……胎児だったお前の力が強すぎて……子宮を蹴り破ってしまったからだ」

「幸い……一命は取り留めたが、もう子供は望めない体となった」

「お前は超未熟児で取り出されたが……順調に成長した……いや順調どころではない、その力は既に大人を超えていたのだ」

「保育器では強度が足りず、お前は鉄製のベッドで寝かされていたらしい」

「母親は、我が子に殺されかけたショックで、お前の存在を受け入れられなくなっていた」

「父親は、自分の妻を殺しかけ、次の子供も望めなくなった原因であるお前に……嫌悪以上の恨みすら抱いていたように見えた」

「結局、母親が退院するのを機に、お前の特異性に興味を持った国の研究機関であるウチが、お前を引き取ったのだ……」


 所長の口から語られたその事実を聞き、拓人は呆然とした。


 自らの力が原因で、家族から捨てられた。

 それは想像もしていなかった事実。


 欲しいなどと一度も思った事の無い力で、欲しいと願っていたものから忌避(きひ)された。

 

 拓人は、それを聞いても涙が流れなかった。

 全ての元凶が自分だったという事実が、それを許してくれなかったからだ。


 ただ、(むな)しさだけが彼の心を占めていた。


 『この世に生を受けた事自体が間違いだった』


 彼の導き出した答えはそこへ行き着く。


 拓人は所長の腕を離し、(うつろ)な顔をして呟く。


「僕の……名前って家族と同じ?」


 自分には『美籐拓人』という名前がある。

 部屋や服のネームプレートにはそれが書いてあり、白衣の人々も自分をそう呼んでいた。

 

 動画や辞書には、家族は同じ苗字で呼ばれるという知識を教えてくれていた。


 所長は、グチャグチャになってしまった右腕を支えながら、媚びるような顔で答えた。


「違う!お前は特別な存在だったから、ワシの養子として引き取った!だからそれはワシの苗字だ!」

「名前もワシが付けた!『人を(ひら)く』者だ!人類の可能性を拓く、お前の役割を表す素晴らしい名前だろう?」

「つまりお前はワシの息子なのだよ!」


 美籐所長は、拓人を懐柔しようと必死だった。

 その言葉が、彼を最後まで追い詰める事になるとは知らずに。


「お前がお父さん?……一度も僕へ会いに来た事もないのに?」


 男の行動が伴わない上っ面な言葉は、拓人の心にはほんの少しも響かなかった。

 

 それよりも、名前にすら本当の家族の残滓(ざんし)が残っていない。

 その絶望的な拒絶は、拓人の存在理由をさらに薄めた。


「……お前が僕のお父さんなら……僕を抱きしめてくれる?」


 そう言って、拓人はそっと両手を広げた。

 その姿を見て、所長は悲鳴を上げながら扉の方へと後ずさる。

 

 きっとそうなるだろうなと思っていた。

 しかし、もし嘘でも抱きしめてくれたなら、拓人は彼を父として全てを受け入れようとも思っていた。

 それほどまでに、彼の心は寄るべきものを失ってしまった。

 

 部屋に盾と警棒を装備した警備員が、集団で到着する。


「その化け物を早くなんとかしろぉ!」


 警備員達を見て、必死に命令する所長。

 その命を受け、次々と拓人に向かう警備員。


 拓人は構えた盾ごと警備員を吹き飛ばしていった。

 十人を超える警備員が一瞬で壊滅する。


 それを目の当たりにした所長は、床に(うずくま)り土下座のような恰好で、必死に『殺さないでくれ!』と訴えた。


 拓人は所長の髪を掴み顔を上げさせ、目を合わせる。


「僕はここを出る……もし今後、僕を探したり、関わって来ようとしたら……壊す」


 所長は蒼白な顔で何度も頷く。

 拓人は所長の髪から手を離し、手に付いた白髪を汚い物のように払うと、そのまま壁に大穴を開けて外に出る。


 そこに広がっていた空は、皮肉にも青く澄み渡っていた。

 

 風が拓人の頬を優しく撫でる。

 それは、いつのまにか拓人の頬を濡らしていたモノを静かに揺らした。

 

 

 こうして、美籐拓人は施設の外へと歩き出す。

 

 誰に止められることもなく。

 

 誰に見送られることもなく。

 

 彼は、生まれて初めて自分の意志で、世界に踏み出したのだ——。


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