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ロッドとタクトは似て非なるモノ

 倉庫の空気が、その男の登場で確かに変わった。

 エンジン音が静まり、代わりにその場を支配するのは、沈黙と熱気だった。


 乗っていた人物はバイクに跨ったまま、ヘルメットの黒いバイザー越しにアキラをじっと見つめている。


 数秒——アクリルを通して二人の目が合う。

 

 やがて、ゆっくりと男はバイクから降り、地面に固いブーツの音が響いた。

 

 アキラから少し離れて立ったその姿は長身で、190センチを超えているように見える。

 細身な全身を黒で染めたように、レザージャケットとレザーパンツを着こなしていた。


 ヘルメットを取ると、髪は肩まである金髪のオールバックで襟足が黒い。

 肌は薄白く、夜の闇の中でのみ生きているのを感じさせた。

 

 眉は細く、その目は異様な鋭さを持っていた。

 鼻の高さと色素の薄い唇は、その冷徹さを表してるかのようだった。

 

「……杉本、どうなってんだ?」

 

 その声は低く、倉庫の鉄骨を這うように響いた。

 先ほどアキラと対峙していた大男が、わずかに顔を引きつらせながら答える。

 

「ウチの連中が、街でやられた相手がそこのガキで、先ほどビナも一瞬でやられました……」

 

 男の、緊張と焦燥を帯びた声を聞きながら、細身の男は床に倒れているビナへ視線を向けた。

 そして、杉本と呼ばれた男に命令する。


「起こせ」


 それを聞いて、杉本はビナを叩いて起こした。


 目を覚ましたビナは、ゆっくりと状況を理解し、アキラと目が合うと恐怖の表情を見せ跳ね起きた。

 そして、細身の男の存在に気付き、申し訳なさそうに頭を下げる。


「ごめん……負けちゃった」


 それを聞いて男が納得したように頷き、二人へ下がるように顎で指示する。

 

「そうか……確かにオマエがやったんだな?」

 

 ゆっくりとアキラに顔を向け、確認をする。

 

「そうだね、君はここの人達のリーダー?」


 なんだか嬉しそうに笑顔を見せるアキラ。


「ああ……『ロッド』の美藤 拓人(びとう たくと)だ」


 その鋭い瞳で、笑顔のアキラを見据えながら答える。

 

「僕は一条アキラ、よろしくね」


 アキラの自己紹介は先ほどと何も変わらない。

 本名を隠すことすらなく、あくまでも自然体だった。


「それで美藤君はどうしたいの?」


 その友人へ語りかけるような言葉に、周囲が再びザワつく。

 自分達のヘッドを舐めたような態度に、あちらこちらから罵声が飛び交う。


「……黙れ」


 たった一言——それだけで、倉庫内の男たちは息を飲んだ。

 百を超える人数が、たった一人の言葉に恐れを抱く。

 なぜなら彼らは美藤の強さを、誰よりも知っていたからだ。

 

 この男は、かつて千人を超えるチーム『(ふくろう)』をたった一人で壊滅させ、全員の骨を折った。

 そのことで『千羽折(せんばおり)のタクト』という異名が彼には付いていた。

 

 拳銃を向けられれば、弾丸を警棒で打ち落とし、傷ひとつ負わず相手を叩きのめした事もある。

 そんな現実離れした強さを、何度も見せつけられてきたのだ。

 

 つまり、彼らにとって拓人は“絶対”の存在であった。


「……俺と勝負しろ」

 

 単純な話だ、強い相手がいるなら叩く。

 それが美藤拓人という男の行動様式だった。


「いいけど、僕が勝ったら、ひとつ、お願いがあるんだけどいいかな?」


 アキラは穏やかな微笑みのまま真っ直ぐに言う。

 その姿に、拓人は初めて感情を見せた。


「いいだろう」


 それは怒りでは無く、興味だった。

 拓人の口角が少し上がる。


 

 ——美藤拓人は絶望していた、自分の持つ力に。

 

 誰と戦おうが負けない。

 千人のチンピラと戦おうが、傷ひとつ自分には付けられない。

 銃弾さえも、警棒ひと振りで弾き返せた。

 

 その圧倒的な力は彼を孤独に置いた。


 崇め、従う者がどれだけいようと、誰一人として肩を並べて歩ける者はいなかった。

 仲間の列の先頭には、彼ひとり。

 

 そして、その先頭と後ろの間には、果てしなく遠い距離があった。

 それが彼の孤独をより深くした。

 

 だから拓人は探した。

 

 強いヤツがいると聞くと、そこへ乗り込み叩きのめす。

 彼の持つ、その希望を叶えるために。

 

 だが、期待は常に裏切られた。

 勝負は勝ち負けではなく、確認になっていた。

 そんな、自分の存在する意味を探すような毎日。


 今日もまた、期待は裏切られるであろう。

 そう思いながらも、拓人はアキラに惹かれた。


 ——彼の目だ。


 最初に見た時、感じたその違和感。

 それが徐々に拓人を惹きつけていった。

 

 ゆっくりとアキラに歩み寄る。

 歩くたびに響く靴音が、倉庫内に緊張感を生んでいく。

 

 誰もが固唾を飲んで見守っていた。


 一歩、また一歩と進むたびに、自身の口角が上がるのを感じる。

 今まで感じた事の無い高揚が心臓の鼓動を高めた。

 近づいて行くごとに、期待が膨らむのを感じる。


 間合いだ。


 拓人は、いつものように腰に差していた警棒を持ち、アキラの腕に叩きつける。


 それは鞭のようにしなりながら、弾けるような衝撃音を伴いアキラを襲った。


 キンッ——。


 甲高い金属音が起き、数秒経って地面に何かが音を立てて落ちる。

 それは警棒の一部だった。


 拓人が自分の警棒を見ると、それは真ん中あたりから鋭利に寸断されていた。


 瞬時に距離を取るため、後ろへと飛ぶ。

 そして、疑問を確かめるように呟く。


「……当たったよな?」

 

「当たったよ」


 そう答えるが、何事も無かったように微笑み続けるアキラには、傷ひとつ付いてる素振りが無い。

 拓人はその姿を見て、抑えきれないように獰猛な笑みを見せた。


「……初めて見た、ヘッドがケンカの時に笑う顔」

 

 そう呟くビナの言葉に、杉本は神妙な顔で頷く。


「おい……貸せ」


 拓人が、手に持っていた警棒を捨てて声を上げると、ビナは自分の警棒を投げて渡した。

 それを受け取り、再度構える。


「あの時もこうだったよね、千人倒すのに次々とボクらの警棒を使ってさ、結局メンバーの警棒全部壊しちゃったよね」


 ビナが昔を思い出すように呟く。


「ああ……だがあの時ですらヘッドは笑ってなどいなかった」

「つまり、アキラはあの時の千人以上の強さってことかな」


 杉本とビナが言葉を交わす中、拓人は一足で間合いを詰め、アキラの鎖骨に打ち込む。

 そのスピードは、さっきのビナの比ではなく、まさにその場から消えたに等しい速さだった。

 

 しかし、結果は同じ。

 警棒は折れ、アキラは微笑みを崩さず、傷ひとつ無い。


 拓人がまた間合いを取るのを見て、アキラはあまりにも現状に合っていない言葉を呟く。


「美藤君は、優しいね」


 誰もが聞き間違いかと思った。

 直接言われた拓人ですら、呆気に取られた顔で固まった。


「それ、使わなくていいんだよ」


 拓人の手にある折れた警棒を指差し、慈愛に満ちた表情で諭す。

 その意味を正しく理解したのは、当人たちのみ。


 拓人は、その言葉を聞いて総毛立つ。

 それは生れて初めてに近い感覚——“畏怖(いふ)”だった。


 全身から冷や汗が噴き出る。

 何かを口に出そうとしたが、喉をひとつ鳴らしただけで言葉が出てこなかった。


 たった数分対峙しただけで、自分のことを完全に理解された。

 何年も共に過ごした仲間にさえ、決して気付かれなかった事を。


 それこそが彼の孤独の理由そのもの。


「本当に……いいんだな?」


 拓人は、ここからは取り返しのつかない事になるという意味で、最終確認をする。


「いいよ」


 微笑みながらそれを受けるアキラの瞳は深い。


 拓人は深く息を吐き、黒い革ジャンを脱ぎ捨て、折れた警棒を捨てる。

 そして、倉庫の壁に向かって歩き始めた。


 全ての視線がその姿を追う中、拓人は壁にある一本の太い鉄柱の前に立つ。

 構えもなく自然体で、右の拳を鉄柱に叩き込んだ。

 

 ——ゴガンッ!!


 倉庫内に響き渡ったその衝撃音は、重機の衝突を思わせた。

 鉄柱に生じたのは、拳サイズの穴。

 歪んだ鉄柱以上に、そこに空いた穴の存在が、そのデタラメな威力を物語っていた。

 

 そして、おそらくそれを成したであろう拓人の拳には、赤みすら無かった。


 鉄柱の穴から風が入り、倉庫内に鉄の匂いが広がり始める。

 

 鼻を突く金属の香りを嗅ぎ、それが現実感を引き戻した時、ロッドのメンバーは理解した。

 自分達のリーダーが(かたく)なに武器を使う意味を。

 

 ——素手の威力が()()()()()


 数々の伝説を作った、それら全てが手加減の上に成り立っていたという事実。

 

 拓人は昔からケンカの際、常に武器を使用していた。

 周りの人間はそれに(なら)い、揃って武器を持つようになった。


 チーム名の『ロッド』、その由来は、拓人が好んで使用していたのが特殊警棒だったからだ。

 

 だが今、この瞬間になって初めて気づく。

 特殊警棒は構造的に(もろ)く、一定の衝撃で人より先に武器が壊れてくれる。

 それが、彼が人を(あや)めないための唯一の調整手段だったのだと。

 

 拓人自身が、武器を好んでいたのではない。

 手加減のために使わざるを得ない、ただそれだけだった。

 

 人の拳が鋼鉄を貫いたその瞬間。

 全員の意識が常識の外へと弾かれた。

 

 倉庫に広がったのは“畏怖”。

 それは先ほど拓人がアキラに感じたものと同種の感情。

 恐怖とは違う、次元の違う何かへの本能的な敬意。


 『化け物』

 

 この言葉の意味を、彼らは初めて正しく理解した——。

 

挿絵(By みてみん)

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