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羅刹は二度、現れる

 深夜の倉庫街は、風の音すら吸い込むように静かだった。

 街灯の光が途切れ途切れに地面を照らし、暗闇の部分が人の不安をじわりと煽る。

 

 そんな場所にある倉庫の中で、拓人とサチカは並んで立っていた。

 入り口の扉を開けて、室内の灯りを付けた状態で。


 まるで、暗闇に迷い込んだ者を誘う罠のように。

 

 

「……本当に来るのかしら」

 

 サチカは腕を組み、落ち着かない様子で周囲を見渡す。

 その姿はさっきまでの尊大な態度とは違い、どこか焦りが滲んでいた。

 

「情報ではここに向かってる……間違いないはずだ」

 

 俺は倉庫の入り口を見つめながら答える。

 

 ここはロッドの溜まり場だった場所。

 百合江がビナの痕跡を追うなら、必ず立ち寄る。

 さっき知り合いと話して、この場所を教えたという情報も得ていた。

 

 その時、遠くから小走りでこちらに向かう靴音が響いてきた。

 

 それを聞いてサチカが息を呑む。

 

「来たわね……」

 

 気配で分かる。

 怯えと焦りが混じった、落ち着かない歩調。


 やがて、街灯の下にひとりの少女が姿を現した。

 

 ゆるくウェーブの掛かった茶色い髪。

 淡い水色のワンピース。

 夜の闇に溶けそうなほど儚い雰囲気。


 少女の瞳は赤く腫れており、泣き疲れたような影が落ちていた。

 頬はこけ、まともに食事を摂っていないのが伺える。

 

「……ビナさん……いますか……?」

 

 掠れた声で呟きながら、倉庫の入り口から入ってきた瞬間、サチカが駆け寄った。

 

「百合江!」


 名前を呼ばれた少女は、驚いて目を見開いたままその場で固まった。

 

 「……サチカ……さま……?」

 

 声が震えている。

 その表情には、安堵と戸惑いが入り混じっていた。

 

 サチカは息を整え、自分自身を落ち着けるようにゆっくりと言った。

 

「アナタ……学校にも来ないで……こんな危ない場所に来るなんて、何を考えているの?」

 

 叱るような口調だが、その奥には深い心配が滲んでいる。

 百合江はそれを受けて唇を噛み、俯く。

 

「……ビナさんが……私を呼んでいる気がして……」

「『目覚めの時が来た』って……あれは……私に向けた言葉だと思って……」

 

 サチカは眉をひそめた。

 

「そんなわけないでしょう!あんな男の言葉を真に受けてどうするの!」

 

 強い叱責に、百合江は震える声で反論する。

 

「でも……ビナさんは……優しかったの……私のこと……特別だって……」

 

 その言葉を聞いて、俺は胸が痛んだ。

 ビナの軽さを知っているからこそ、百合江の純粋さが痛ましい。

 

 サチカは深く息を吸い、百合江の肩にそっと手を置いた。


「百合江、あなたは……騙されていたのよ」

 

 百合江の瞳が揺れる。

 

「……嘘」

 

「嘘じゃないわ、その男はもう横浜にはいない……アナタにそのことすら伝えず、消えたのよ」

 

 百合江の顔から血の気が引いた。

 

「そんな……」


 サチカは百合江を抱きしめる。

 その仕草は驚くほど優しかった。

 

「大丈夫よ、私がいるわ……あなたをひとりにしない」

 

 百合江は堪えていた涙をこぼし、サチカの胸に顔を埋めた。


「ビナさんは……確かにいい加減で適当な人だったけど……嘘は吐かない……」


 粗末な扱いをされた事実を信じないように、呟き続ける。


「私に……『リッチーは特別だよ』って……言ってくれたんです!」


「……リッチー?」


 思わず声を出してしまった。

 

 その名前は、確かにビナが言っていた。

 面白い女と知り合ったって。

 

「ど、どなたですか……?」


 俺の存在に気付いた百合江が、サチカの胸から顔を上げて、慌ててこちらを見た。


「安心しなさい……この方はロッドに所属していた安藤拓人さん」

「ビナの仲間で、アナタを心配してここまで案内してくれたのよ」


 かなり好意的に紹介してもらった気がする。

 だが、それを聞いた百合江の様子が変わった。


 唇が震え、頬が痙攣し、顔色が刻々と変化していく。


「拓人……タクト……ロッドのタクト……」


 その瞳に明らかな敵意が浮かんだ。


「私から……ビナさんを奪った男……」

 

 倉庫の中に夜風が吹き抜け、百合江の髪が舞い上がった。


「タクト!オマエが……全ての元凶!」


 そう叫んだ百合江の表情は、儚さが消え、羅刹のような険しさを見せた。


「タクト!タクト!タクト!……ビナさんは私ではなく、アナタに夢中だった!」


 百合江はサチカを強く突き飛ばし、その場で独特な構えを取った。


「アナタがいなければ!必ずビナさんは戻ってくる!私の元に!」

 

 前足を伸ばし、深く腰を落として伸脚している。

 両腕は、何もないはずの空間で長い棒を掴むように形作られていた。


「霊装召喚……(サギ)ノ大鎌……」

 

 その言葉とともに空気が震え、白い光が百合江の手元に集まる。

 次の瞬間、彼女の両手には白い大鎌が現れていた。


「六樹衆がひとり、大和百合江……参ります」


 殺気を隠そうともせず、低い姿勢のまま大鎌をその場で器用に回す。


 倉庫の空気が、一気に張り詰めた。

 

 

 去年、ビナから聞いた『リッチー』という女の話を思い出していた。

 

 『とっても面白い子と知り合ってさー!ボクより強いんだよねーすごくない?』


 ビナは、ロッドでナンバー2の強さだった。

 それより強い女なんて存在するんだと驚いたので、その名前をハッキリ覚えてた。


 でも、その後はいつも通りヤッたとかイカせたとかの話になったから、あまり聞かないようにしていた。


 目の前にいる少女が、そのリッチーっていう女で間違いないだろう。

 彼女は大鎌を使って俺の首を狩ろうと、曲げた足を跳ね上げ全力で向かって来た。


「……落ち着け……俺を殺してもビナは帰って来ないぞ」


 あいつはRodに心酔している。

 自分の生まれた理由だと語っていた。


 俺がいなくなろうと、きっとあの場所で生きるだろう。


「黙れぇ!タクトぉ!ビナさんを返してぇ!」


 百合江の叫びは、悲鳴に近かった。


 それでも大鎌を振り回しながら突進してくる。

 その斬撃の鋭さは、大振りな武器とは思えないほどの速さで空間を刻んでいく。


 俺は咄嗟にチャクラを回しオーラを纏うと、大鎌の軌跡を読み、最小限の動きで避け続けた。


「百合江!やめなさい!」


 俺らの攻防を見て、壁まで吹き飛ばされたサチカが声を上げる。

 だが、百合江は殺意に染まり過ぎて、その声は届かない。


 彼女の瞳は涙で濡れ、その奥にあるのは喪失の恐怖だけだった。


 床に亀裂が入り、壁が寸断され、鉄筋が真っ二つになる。

 それは、常識外の攻撃力と速度だった。


 アキラに会う前の俺なら殺されてたかもしれない。

 それほどの技と気迫、そして本気で殺しにかかる殺気。

 だけど、今ならこの程度で苦戦はしない。


「少し……大人しくさせるぞ」


 腰の警棒を引き抜いて、大鎌の持ち手棒を真ん中で叩き折った。


 いつもなら、そのままどこかの骨を折るんだけど、アマテラスやマリアに、あんまり人の骨を折るなと言われていた。

 だから、自分が出来る最小限の攻撃をすることにした。


 武器を折られても、構わず短くなった柄で切り掛かってくる百合江のオデコに、小指でデコピンをする。


 衝撃波を伴ったそれは、彼女の意識を刈り取り、一瞬で眠らせた。

 吹き飛びこそしなかったが、その場で崩れ落ちる百合江を支えて、少しだけ焦る。


「百合江!百合江!」


 サチカが駆け寄ってきて、俺から百合江を奪うと、頬を叩いて無理矢理起こそうとしていた。

 

「少し頭を打ってるから……安静にさせておけ」


 俺はサチカの手を握り、それを止めさせる。


 百合江を無理に目覚めさせても、再び暴走する可能性が高い

 それを何とかするには、俺がここから消えるか、暴れないように縛り上げるしかない。


「ビナという人と、連絡は付かないの?」

 

 サチカに言われ気付く。

 その手があった。

 電話で本人と話でもさせれば、とりあえず落ち着かせることは出来るかもしれない。


「……今、電話してみよう」

 

 ポケットからスマホを取り出すと、画面にアキラからメッセージが来ていた。


 『妹のことありがとう、そこに迎えを送ったよ』


 ありがたい。

 とりあえずこれでサチカのことは大丈夫だろう。

 あとはビナの野郎にしっかりと説明させれば百合江の件も片が付くはずだ。


 解決の目途が立ったことに、軽く息を吐く。

 すると、入り口に強烈な気配が現れた。

 

「そこの下郎!私の娘から手を離しなさい!」


 突如、鋭い声が倉庫に響き渡る。


 現れたのは妙齢の女性。

 顔は羅刹のように険しく、体にはオーラを纏っていた。

 どうやら百合江と同じ類の能力者のようだが、オーラの厚みが段違いだ。


「お、お母様……」


 俺の隣でサチカが驚いたように声を上げた。

 なるほど、アキラの呼んだ迎えってのは母親のことか。


「手を離せと言っているでしょう!」


 さっきサチカを止めるために握った手がそのままだった。

 慌てて離そうとしたら、逆にサチカからこちらの手を掴まれた。


「……どうした?」


 その顔は、今までになく不安な色に染まっている。


「お母様が、本気で怒っていらっしゃる……アナタ、殺されるわ」


 どうやら俺を心配してくれたらしい。

 可愛いところあるじゃないか。


「わ、私がちゃんと説明するから……す、少し待っていて……」


 震える足で母親に向かおうとするサチカの肩を、そっと掴んだ。


「今は百合江を支えてやれ……お母さんには俺が話すからよ」


 百合江を床に寝かせておくわけにもいかない。

 とりあえず、サチカの母親を落ち着かせれば問題ないだろう。


 話せばわかるだろうし、わからないなら落ち着くまでとことん付き合えばいいだけだ。


「……とりあえず、言いたいことは色々あるが」


 ゆっくりと入り口に向かい歩いて行く。

 それに伴い、ブーツの固い音が倉庫内に響いた。


「アンタの娘……いい女だな」


 本心だった。

 人のために必死になれる人間は好きだから。


 だが、目の前でオーラを漲らせる女性には上手く意図が伝わらなかったらしい。

 俺の言葉で殺気が膨れ上がった。


「霊装召喚……赫脈刀(かくみゃくとう)


 その手に薙刀が形作られていく。

 オーラで武器を作るのが彼女たちの戦い方らしい。


「おもしれぇ……少し勉強させてくれ」


 少しでも強くなるために、戦闘の知識はあった方がいい。

 どうやらかなりの手練れみたいだし、少しばかり戦い方も見てみたい。


「我が秘術、下郎如きに理解できるとは思えませんよ……」


 先ほどの百合江よりも数段強い殺気。

 おそらく強さもかなりの物だろう。


 面白くなってきた。



 拓人の瞳に螺旋が浮かび、一条遙の身体には鎧が形成されていく。

 

 こうして深夜の倉庫で、能力者同士の戦いが始まった——。

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