夜の星は、ささやかに弾む
拓人は、夜の横浜で一条サチカと出会った。
それは偶然の出会いなのか、それとも必然だったのかは分からない。
だが、彼女の顔立ちや雰囲気、そして名前から、ほぼ間違いなくアキラの妹だと察していた。
それを彼女本人に聞いて良いのかの判断が付かない。
もしアキラと自分が友人だと知ったら、逃げてしまうかもしれなかった。
そのためにも、まずは事情を聞かないといけないと思った。
「で……一条さんは、なぜビナを探してるんだ?」
ビナの口から、ユリエという少女の名前を聞いたことが無い。
そもそもビナは、女とみれば見境ないから、特定の彼女を作ったことすらないと思う。
「私の友人が、そのビナって男に引っ掛かったのよ」
サチカは腕を組み、ため息をつきながら語り始めた。
「一年ほど前に、ナンパされて付いていったらしいわ」
「それからしばらくは関係を持っていて、去年の秋から急に連絡が取りにくくなったのよ」
「マメな男だったらしいけど、先日、一方的にもう連絡しないって言われたのよ」
「『目覚めの時が来た』っていう、わけのわからないメッセージだけを残してね」
「彼女は、その男に夢中だったから暴走してね」
「昨日から学校にも来ていないわ、それで知っている情報を頼りにここへ来たのよ」
事情は理解できた。
ビナがマリアに連れていかれ、Rodにのめり込むでいったせいで、連絡が断たれたのだろう。
「一条さんは……ずいぶん優しいんだな」
彼女は危険を顧みず、一人でこんな危ない場所へ友達を探しに来た。
いくら腕に自信があるとはいえ、普通はそこまで行動出来ない。
サチカは胸を張り、当然のように言った。
「フッ……当然よ!私を誰だと思っているの?一条サチカよ!」
出会ってからの言動でわかってはいたが、どうやらかなりの自信家らしい。
「それで、アナタはビナって男を知っているのよね?どこにいるの?」
この様子なら、ある程度は話しても問題なさそうだ。
なにより、百合江という友人は探してあげたい。
「それがな……ビナは今、郊外の施設で暮らしていて横浜にはいないんだ」
Rodのことを詳しく話すのは避けるべきだ。
下手すれば本部に行っちまう。
それに、乗り込まれても友人はいないだろうし。
「ロッドも解散したから、ここにはビナを知っている人間もほとんどいなくなったと思う」
メンバー全員が拉致られてるからな。
「だから、その友達がここら辺にビナを探しに来たとしても……空振りで終わってるはずだ」
俺らみたいなヤカラ崩れがゴッソリいなくなっているから、きっとビナのことを聞く相手も少なくなっているだろう。
「ふーん、道理でこの私ですら探すのに手間取ったわけね……」
サチカは納得したように頷いた。
そして、急に拓人へ向き直る。
「アナタ!ビナって男とはどんな関係なの?」
この子、いちいちテンション高いな。
「俺はアイツの仲間だ……同じロッドっていうチームに所属していた」
とりあえず正直に話す。
「なるほどね……ならば、一緒に百合江を探してもらおうかしら!仲間の不始末を拭うためにね!」
言い方が気になったけど、もとよりそれは手伝うつもりだった。
「いいぜ……ここらへんはそこそこ詳しいしな」
ロッドの縄張りを回れば、どこかで会えそうな気がした。
俺は手にしていたヘルメットをサチカに差し出し、バイクへ向かう。
「アナタ……私にこのような危険な乗り物へ乗れというのね」
サチカは、物珍し気にヘルメットとバイクを交互に見て、少しだけ警戒したように目を細めた。
「……歩きだとかなり時間喰うぞ……別にいいけどよ」
すでに時間は夜だ。
どう考えてもお嬢様なサチカが、出歩いて良い時間帯だとは思えなかった。
俺の提案にサチカは鼻を鳴らし、顎を上げた。
「フン!まあいいわ!手伝いの礼よ!私を乗せる栄誉を授けてあげましょう!」
やっぱりテンション高ぇな。
マリアみたいなタイプだ。
もしかするとサチカも素直じゃないのかもしれない。
そう考えると、色々と許せた。
なによりアキラの妹だ。
出来る限りのことはしてあげたい。
「……光栄だ」
俺は少し笑いながら、バイクのエンジンを掛ける。
低い重低音が心地よく辺りに響いた。
アキラから貰ったバイクに、その妹を乗せるのが不思議に思える。
家の人が心配しているかもしれないので、出発前に彼へスマホで連絡を入れておく。
「しっかり掴まっておけよ……」
少し躊躇しながら俺の肩を掴むサチカへ声を掛け、夜の街へ出発した。
「キャッ!き、気を付けなさいよ!」
発進時に手を滑らせたらしく、背後から文句が飛んでくる。
「だから……しっかり掴まれって言っただろう」
俺は仕方なく、サチカの腕を自分の胴に回させて、再度出発した。
「わ、私に身体を触れさすなんて——」
後ろで何か言っていたが風の音で細切れだ。
横浜は、いつも心地いい風が吹いている。
それを全身で浴びながら、俺は街を疾走した。
夜の星という名を持つ、このバイクで。
横浜市内を走り回った結果、順調に手掛かりは集まった。
ロッドのメンバーは居なくなっても、顔見知りはそこら中に残っていたからだ。
彼らは俺に気付くと、緊張しながら何でも話してくれた。
おかげで、百合江の足取りがかなり明確になった。
「アナタ、使えるわね」
無礼な物言いをするサチカだが、きっと彼女の中では最大限に褒めているのだろう。
先ほどよりも、俺を警戒する視線が和らいでいた。
「ありがとよ……おそらく、これから行く場所に彼女は来るだろう」
今、百合江が向かっているであろう場所。
俺らの溜まり場だった、繁華街の外れにある倉庫。
初めてアキラと出会った場所。
そこに先回りをすることにした。
「かなり人気のない場所だから……俺だけ行こうか?」
正直、夜中にこんな少女を連れまわすのも気が引けていた。
「駄目よ!私じゃなければ、家に帰るように説得が出来ないでしょう?」
確かにその通りだ。
俺がひとりで待っていたら、百合江は警戒して話を聞かないかもしれない。
「わかった……それじゃ行くぞ」
サチカが、だいぶ慣れた様子で俺の腰に手を回した。
俺の背中に当たるささやかな膨らみで、アマテラスの圧倒的な存在感を思い出す。
もう、この程度で心が揺れる俺ではない。
そう考えると、女性に対してかなり成長したなと思う。
思わず小さく笑うと、サチカが訝し気に声を上げた。
「何よ……」
眉を寄せて不機嫌そうな顔。
「別に……可愛らしいなって思っただけだ」
アマテラスのおっぱいと比べると。
「な、なに言ってんのよ!馬鹿じゃないの!そんなの——」
顔を赤くして喚くサチカを、まるっと無視して出発した。
もうすぐ友達に会うという目的は果たされるだろう。
アキラからの返信は無いが、終わったら家まで送り届ければいいか。
もうすぐ日を跨いでしまう。
早く家に帰してあげよう。
バイクのスピードを上げると、サチカの腕に込められた力が、少しだけ強くなった気がした。
こうして深夜、拓人とサチカは倉庫に辿り着く。
誰もいない場所で、百合江を待つために。
果たして彼女は本当にここへ来るのか?
そして、会えたとして、サチカの話を聞き入れるのか?
それはまだわからない——。
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