高飛車ァ!
拓人はバイクで横浜まで出て、夜の海風を浴びていた。
ここは、もともとロッドが活動していた縄張りだ。
仲間とよく来ていた場所で、人通りも少ない穴場だった。
季節は初夏、夜とはいえ外で過ごすのに最適な季節。
現に海風は、心地良く拓人の髪を靡かせていた。
だが、彼の顔は苦悩に歪んでいる。
それには深い事情があった。
「……どうしよう」
夜風に乗せるように、静かな呟きを口にした。
最愛の女性三人と結婚して、ついに念願だった棒を使って童貞を捨てた。
彼女たちのおかげで、新たなる力を手に入れることが出来て、大きく目標に近づいた確信もあった。
だけど、性行為をした実感ってのが何も無かった。
SEXってこんなにも呆気なかったり、神秘的過ぎたり、パワーアップしたりするものなのか?
俺が想像していた、好きな人とイチャイチャするような、甘い世界なんてどこにも無かった。
だって俺、嫁さんが三人もいるのに、キスすらまだしてないんだぜ?
アマテラスとの初夜は、耐久レースみたいなものだった。
初めて棒を使った時も、痛がるアマテラスをなだめるのと、棒を立たせておくのに必死で甘々な初夜なんて欠片も無かった。
そもそも、アマテラスの性知識は偏っている気がする。
子供を作るためだけの行為というか、動物的というか。
俺はもっと、しっとりとした情緒が欲しかった。
ホンシアとの初夜はほとんど闘いみたいなもので、途中から幻覚が見えてきたりして、やっぱり甘さなんて欠片も無かった。
結局刺激が強過ぎて失神してしまい、記憶すらほとんど残らない初夜だった。
覚えているのは、三葉虫やオウム貝が泳いでる太古の海が見えたことくらい。
人間の細胞に刻まれた記憶を深掘りしたのだろうか。
神秘的な体験だったけど、望んでいたのはそれじゃない。
マリアとの初夜が一番酷かった。
まず前の日に、なんでかアキラから呼び出され、有無を言わさず殺されかけた。
いや、殺された。
全身に指をぶっ刺されて、マグマでも流し込まれたような苦しみを受けた。
そのせいでなんか色々と漏らしてしまった。
だって、人生で一番痛かったんだもん。
それをアキラにやれとお願いしたのがマリアだと聞いて、ブチ切れそうになった。
というか、ブチ切れた。
百万歩譲って、痛みはまだいい。
だが、憧れの人の前でションベンだけじゃなくてウンコを漏らすのを見られるなんて、許せるわけないだろうが!
とりあえずマリアは尻叩きの刑だ。
ションベン漏らすまで叩き続けてやる。
そう決めて会いに行った。
だけど、目の前で美しい少女に裸になられ、思わず屈してしまった。
ついに普通のラブラブSEXが出来るかと期待したのだ。
それも大きく裏切られたけどな。
気付けばマリアの小便を飲ませられて、俺の小便を飲まれてた。
頭がおかしくなったのかと思ったぜ。
いや、確実におかしくなっていた。
ものすごく喉が渇き、目の前の水分をひたすらに飲み続けた。
俺の棒からは、自分の意思に反してなんか色々と出続けるし。
客観的に見ると、エロいことをしてるんだろうけど、当事者としては何ひとつ楽しくない。
海水を永遠に飲み続けるような、地獄の時間だった。
なんで俺の嫁さんたちは、普通のイチャラブSEXが出来ないんだ。
俺が夢見ていたのは、チューしてオッパイ触って棒を入れるような、普通の恋人がするような行為だったのに。
嫁さんたちと、またアレをするのが怖い。
海に来たのも、家に帰るのが憂鬱だったからだ。
今後の夫婦生活を考えたくなかった。
現実逃避でしかないのはわかっている。
それでも傷ついた心は、癒しを求めて馴染みの海へと足を運ばせた。
横浜に住んでいた仲間は、全てRod本部にいるというのに。
「……帰るか」
一時間ほど海風に吹かれ、少しだけ頭が冷えた。
大切なのは彼女たちとの話し合いだ。
こちらの望みをちゃんと伝えて、わかってもらおう。
SEXは、子作りのためだけでも、強くなるためだけでもない行為だということを。
バイクを停めていた場所まで戻ると、女の怒号が夜気を裂いた。
「有象無象が、この私に触ろうとするなんて、思い上がりも甚だしいわね!」
街灯の下、男三人が少女を囲んでいた。
「そんなこと言わないでぇ、一緒に遊ぼうよぉ」
この感じだとおそらくナンパだろう。
「話しかけないで!耳が腐るわ!」
ものすごく強気な態度だな。
よっぽどナンパされたのが屈辱だったのだろう。
でも、女が夜にひとりで、こんな人通りのない場所に来るのが悪い。
正直、助ける義理もなかったが、見捨てるのも後味が悪いと思った。
「……おい、お前らやめておけ」
男たちに声を掛ける。
俺を知っていれば逃げていくだろうし、知らなくても雰囲気でビビるだろう。
「あー?なんだテメェ?」
獲物を逃そうというのだ、当然のように睨まれる。
男たちに少しだけ申し訳ない気持ちがあった。
彼らはいつも通り遊んでただけだ。
それを邪魔する方が無粋だろう。
なにより、少女は少しも男たちを怖がっていなかった。
「タッパがあるからって舐めんなよ!」
「ボコるぞテメェ!」
「女の前でカッコつけてんじゃねーぞ!」
いまいち気乗りしなかったせいか、気合が入らない。
こいつらを蹴散らすのも億劫だった。
「ねぇアナタ。百合江という子を知らないかしら?」
少女が、男たちの脅しに続いて俺に質問をしてきた。
なんというか、いい度胸をしてる。
少なくとも、この状況に少しもビビっていない。
「……いや、聞き覚えはない」
なるほどな、人探しをしているのか。
「だからー、ユリエちゃんは俺らが探してあげるから一緒に来なよー」
どうやら、彼らに話しかけたのは彼女の方らしい。
「知らない人間に用は無いわ、消えてちょうだい」
そう考えると失礼な女だな。
少し痛い目を見た方がいいんじゃないかな。
「そんなこと言わないでさー、オレら顔広いから絶対見つかるってー」
男のひとりが少女と肩を組もうと馴れ馴れしく腕を伸ばした。
その瞬間、そいつは綺麗な円を描いて宙を舞う。
「触らないでって言ったでしょう!」
少女は軽い動作で男を投げ飛ばしていた。
合気のような技だが、素人とは思えない鋭さだ。
「このアマァ!何しやがる!」
「ただの詫びじゃすまねぇぞ!」
残った二人の男が少女に向かっていった。
「私に害をなす人間は死になさい!」
少女は、ひと息で二人を同時に投げ飛ばしていた。
相手の力を利用した高度な技術だ。
よほどの力量差がなければ、こんなに綺麗に決まりはしない。
だが、あまりにも危険な技だ。
コンクリートに向け頭から落としている。
俺はそれを見て、咄嗟に二人を助けた。
「……死んじまうぞ」
空中で逆さまになっている男二人を掴んだまま、少女を叱る。
「私の人生を邪魔する人間なんて、死すら生温いわ!」
街灯の下、赤く長い髪を靡かせ、片手を腰に当てながら胸を張る少女。
上品そうな白いブラウスと水色のスカートが、この場にそぐわない。
その顔は美しく整っており、どこか見覚えのある気がした。
誰だっけ?
掴んでいた二人の男を下ろしてやり、過去の記憶を探る。
三人の男は、焦りながら逃げ出した。
少女に投げ飛ばされた挙句、俺に空中で留められたのだ。
さすがに分が悪いと思ったのだろう。
「アナタにもうひとつ聞くわ!ロットというチームのビナという男に心当たりはなくて?」
ある。
むしろ心当たりしかない。
それが、がっつり顔に出てしまったらしい。
「……どうやら知っているようね、詳しく教えて貰うわよ」
鋭すぎる獰猛な瞳。
視線だけで人を射殺すような迫力があった。
「アナタ、名前は?」
この流れでは、当然答えなければならないのだろう。
彼女はビナを探している。
それも女絡みで。
「安藤……拓人だ」
悪い予感しかしない。
出来れば関わりたくなかった。
「拓人ね……アナタ、一応、助けようとしてくれたみたいだから、教えてあげる」
そう言うと彼女は右手の指先を綺麗に伸ばし、ゆっくりと自分の胸に向ける。
「私の名は、一条サチカ!この名を知れたことを光栄に思いなさい!」
顎を上げ、俺の身長に負けないように背筋を伸ばす姿は、プライドの塊の様に見えた。
一条という名を聞いて、誰に似ているのかを思い出す。
それはアキラの家に行った時、一度だけ会ったことのあるアキラの弟。
マサト・アストレア、彼によく似ていたのだ——。




