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術の名はアクア・ベネディクタ

 Rod本部の野外グラウンドでは、芋虫の大群を思わせるような、うつ伏せになった人の行列が出来ていた。

 

 信者たちは、肉体の限界を迎えると徘徊の輪から外れ、治療が済めばまた輪に戻ることを繰り返した。

 地面には、摩擦で擦り切れた服の繊維と、肉体から削がれた皮膚、そして流れ出る血の跡が絶え間なく増えていく。


 泣きながら、笑いながら、様々な表情で地面を這うつくばる人々。

 その数は、ゆうに千人は超えていた。


 常人なら一時間も這えば、砂利の痛みに動けなくなる苦行。

 

 それを、普通の信者でも三時間。

 上級信者にもなれば十二時間もの間休まずにこなせた。


 そして、二日目にして遂に幹部が脱落し始める。

 裂けた皮から骨が覗き、筋組織には細かな砂利が入り込んでいた。


 それでも治療が終わればまた匍匐前進を始める。

 司教が止まらない限り、信者はそれに続くのみ。


 時が進むごとに信者たちの信仰は高まり続ける。

 トップが体を張り、深い信心を体現しているのだ。

 それを尊く思い付き従うのは当然だった。

 

 そして、マリアが五体投地による持久走を初めて三日。

 ついに荒行は終わりを迎えた。


 純白だったローブはボロキレ同然になり、血と埃に染まっている。

 腕も膝も骨が露出し、すでにそれは削れ始めていた。

 

 美しかった顔と髪は、汗と泥と垢に(まみ)れ、浮浪児のような汚らしさを見せる。


 だが、その神聖さだけは欠片も失われていなかった。

 

 汚れ切った顔に浮かぶ柔らかな微笑み。

 そこには悟りを開いた賢者の光が映し出されていた。


 幹部をはじめとした信者たちが、三日ぶりに立ち上がったマリアの前に跪き、涙を流しながら深く平伏す。


「皆の者!聞け!……これより妾は、教祖の更なる進化を促す!」

 

 マリアは、皮膚がはだけるのも気にせず、穴だらけになったローブのまま腕を広げる。


「その試練において!妾は天に召されるやもしれん!」


 壮絶な姿を見せる司教へ、信者たちから嗚咽が漏れ始めていた。


「だが!全ては人類の為!人が先に進む為!神へ届く為だと思え!」


 広げた腕を天に向ける。


「そなたらは立ち止まらず!進み続けよ!さすれば道は必ず続く!」


 そして、胸の前に手を当てて柔らかな微笑みで告げる。


「妾の肉体が現世を離れても、決して悲しむでない……」


 その背後には、ハッキリと後光が差していた。

 

「Rodの道を進み続ければ、神の身元にて再び相まみえるであろう!」


 マリアの瞳から一筋の涙が溢れた瞬間。

 信者たちは爆発したように叫び声を上げた。


「「「進化を!進化を!進化を!」」」


 連呼される言葉は信仰に支えられ、神に届かんとばかりに強く声を張り上げる。

 声が枯れ、喉から血が滲んでも、誰ひとりとして唱和を止めようとはしない。

 

 狂信を帯びた叫びは、信者たちの心をひとつに束ねていった。


 

「成ったな……」


 マリアはその光景を目にして、Rodが完成したことを知る。

 もう自分がいなくても、きっとこの組織は成長し続けてくれるだろう。


 今後は出来るだけ運営を幹部に任せることとする。

 自分は拓人と暮らし、彼個人の成長を助けていくことを決めた。


 全身の怪我と疲労を魔力で治し、湯浴みの準備に部屋へと戻る。

 このボロボロになったローブは、戒棒あたりが聖遺物として役立たせるだろう。

 

 明日は拓人にこの身を晒す。

 その為に、傷ひとつ残さないように入念な準備を行う。


 どうやら拓人も無事に魔術神経を手に入れたようだ。

 先ほどから、生まれ変わったかのような彼の新たな気配を感じていた。


 本当の試練は明日。

 おそらく我が人生の集大成になるだろう。


 長い入浴を終えて、そのまま就寝する。

 夢を見る事すら許さず、魔力譲渡の成就のみを願いながら。


 

 次の日、昼過ぎに拓人はやってきた。

 すでに妾の部屋に通し、儀式の準備は整えている。

 後は彼とベッドで事に及ぶだけ。


 彼の顔は険しさを表していた。

 おそらく、これから行われる試練を察知しておったのだろう。


 だが、案ずるでない。

 術の負担のほとんどは妾が請け負う。

 そなたを危険な目に合わせはせんぞ。


「なあ……昨日のアレ……何だったんだ?アキラはマリアに頼まれたって言ってたぞ」


 御父様に施して貰った奇跡のことだろう。


「うむ、感謝など無用だ!内助の功とでも思うが良い」

 

 御父様も、拓人の為ならばと二つ返事で魔術神経の付与を受けて頂けた。

 

「俺……アキラの前で漏らしちゃったんだけど……」


 感激の声や涙でも漏らしたか。


「死ぬほど痛かったし……というか何度か死んだらしいぞ」


 知っておる、それほどまでに人が進化するというのは至難の業なのだ。

 その奇跡を簡単に可能とする御父様は、やはり神以外の何者でもない。

 

 なにより、御父様の前でなら、死の不安など恐るるに足らぬこと。

 妾より先に死ぬ心配は欠片も無い。

 

 あの場所こそ、世界一安全なのだから。


 そして拓人が何を伝えようとしているのかも気付いていた。


「みなまで言うな!全てわかっておる!」


 夫婦となったのだ。

 心で通じておる。


 自らが魔力を得て、気付いたのであろう?

 今まで知らずにいた妾の魅力に。


 人類最高鋒の魔力を持つ、妾にあらためて惚れ直したのだろう?

 そなたの螺旋の瞳が訴えておるわ、激しく燃え(たぎ)る感情を。


「服を脱ぎ、こちらに寝るがよい……さすれば、妾の全てを与え進ぜようぞ……」


 二人で寝るために用意していたキングサイズのベッドへ(いざな)う。

 

 すでに我慢の限界なのであろう?

 怒気にも似た感情の揺らぎが見えておるわ。


 これから行うのは魔力譲渡の儀式となる。

 密接な肉体接触による術式を構築した。


 それにより、拓人が望む快楽は存分に与えられるだろう。

 

 妾は、テーブルに置いてある薄い葡萄酒を口にして、羽織っていた純白のローブを脱ぎ、一糸纏わぬ姿となった。

 ピンクゴールドの髪が肌に直接触れ、下着代わりに胸を隠す。

 

 拓人が妾の姿を見て、焦ったように服を脱ぎ出した。

 そして滑り込むようにベッドへ横になる。


 フフ、愛い奴め。

 その擦れていない素直さは瞠目に値する。


 我が魔力を全て与え終わったら、この体、存分に(むさぼ)るがよい。


「それでは始めるとする……目を閉じよ」


 仰向けに寝ている彼の顔に、自らの下腹部を押し当てた。


「口を開けよ!これより妾の命を懸けた魔力譲渡の儀を行う!」


 妾から漏れ()でる聖水が、我が夫の口に注ぎこまれていく。


 それは強い魔力と共に、催淫作用をもたらす。

 聖水が拓人の胃に流し込まれたのを確認し、彼の股間にいきり立つ物を口に含んだ。


 その瞬間、妾の口内に彼の魔力の塊が、粘り気を持ちながら放出される。

 妾はそれを必死に呑み込む。


 これこそが、魔法と魔力を譲渡する術式。

 三日間にも渡る五体投地にて生み出された儀式。

 

 それは、ホンシアの気功を使った交流式マッサージから着想を得た方法だった。


 妾の体内で魔力を付与した聖水を製造し、それを外気に触れさせず直接拓人へ飲ませる。

 だがそのままだと、拓人の体内で魔力が拒否反応を起こし暴発しかねない。

 だから、それを口淫により精気へと変換させ余計な魔力をこちらで吸収し、聖水として再製造する。


 これを繰り返すことにより、妾と拓人の魔力は同質の物となり、譲渡が可能となるはずだ。

 そして、お互いの精を吸い続けることで、お互いの魔術神経を疑似的に接続させ同一化を図る。

 それが成功すれば、直接的に拓人の魔術神経へ妾の特殊魔法をゆっくりと移し込める。

 

 問題はいくつかあるが、それは決死の覚悟で乗り越えてみせる。

 今は出来るだけ聖水を途切れさせずに放出し、拓人の精気を吸い続けることに集中するのだ。


 

 とめどなく精気を放出する彼の棒を必死で吸う。

 その熱さに眩暈を覚えながら。


 彼も、乳を求める赤子の様に私の股に吸い付いていた。

 おそらく、精の放出により、体内の魔力が枯渇していく恐怖からくる、本能的な行動だろう。


 儀式はまだ始まったばかりだ。

 昼間に始まった、いつ終わるともしれない行為は、日を跨いでも続けられた。


 彼の棒からは、精気以外の水分も、聖水を飲んだ分だけとめどなく出され続ける。

 妾は、その小便と呼ぶような水分すら、少しも躊躇(ためら)わず飲み続けた。


 二人はすでに一対の魔力循環器となっている。


 儀式の最中に取り込んだ水分の総量は、再利用分を含めて百万リットル以上。

 それを聖水に変えて出し続けた。

 繊細に魔力を込めて、体内の消化器官を全て最大稼働させながら。


 脳の機能はすべてその作業へ注がれていた。

 

 客観的に見れば、私たち二人はお互いの性器に吸い付いた虫のようだろう。

 本能のみで行動する醜い生き物と映るに違いない。


 だが、それがどうした。

 

 必死に精を貪り、命を摺り減らしながら先へと進む姿が醜いというのなら、我らはその評価を甘んじて受け容れよう。


 神へと至る道に正解などないのだ。

 だが、私の道にはひとつだけ正解がある。


 彼を私より先に死なせないという誓い。


 ならば、私はそれを果たすだけ。


 

 全てを懸けて、マリアは一心不乱に命を注ぎ込む。

 そして、妻の献身により、拓人は新たな力を手に入れる事となった。

 

 だが、その代償はのちに支払われることとなる。

 拓人がそれを知るのは、もう少し後になってから——。

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