マリア・ザ・セイクリッド
Rod本部の大聖堂。
夜の静寂に包まれたその場所で、マリアはひとり祈りを捧げていた。
蝋燭の炎が揺れ、ピンクゴールドの髪に淡い光が落ちる。
一心不乱に祈り続けるマリアの眉が、わずかに動いた。
「……タクトの気配が……変わった?」
先日、拓人と結婚の契約を交わしたことにより、彼と霊的な繋がりが生じた。
その契りを足掛かりとし、数々の魔術や魔法を組み合わせ、離れた場所にいる彼の気配を感じ取れるようにした。
そして今、その気が深く、強く、誰かと重なっている。
私は何が起こっているかを悟り、静かに目を閉じた。
そこに怒りなどは無い。
ただ、胸の奥が少し締め付けられただけ。
「御姉様に続き……妹にまでも先を越されたか……」
拓人の気は、まるで新しい色を帯びたように変化していく。
強さと優しさ。
そして、誰かと深く結びついた重厚さを感じる。
私は胸に手を当て、小さく息を吸った。
「……良いことだ、これはタクトが成長している証」
そう言葉にしても胸の痛みは消えない。
しばらくした後、事が終わったのを感じた。
私はゆっくりと立ち上がり、大聖堂の中央に歩み出た。
「タクト……そなたはまた一歩、神へ近づいたのだな」
彼は意識を失ってはいたが、その気質は以前よりも遥かに澄み、深さを見せていた。
妹と交わした気の同調が、拓人の魂を磨き上げたのだろう。
「ホンシアめ……やりおるわ」
目を細めながら呟いたその声には、悔しさと誇らしさが混じっていた。
次に拓人と会うのは四日後。
それまでに心身を高めておこう。
私も妹のように、彼を高める一助となりたい。
本心から思う。
だけど、それ以上に胸を占めていたのは、劣等感。
生れて初めての感情。
他よりも劣っていると思う心。
神として敬われてきた二千年間。
知る事のなかった気持ちが、ここ一年で次々と沸き立っていた。
その原因は全て拓人が由来している。
今回もそうだ。
御姉様は、拓人と家族としての繋がりを形成していた。
彼が、心穏やかに癒され過ごせる場所を作り上げているのだ。
妹は、拓人を強く育てている。
彼が、神の道へ進む一番の手助けをしていた。
ならば私は彼の何に役立つと思い結婚した?
本当に彼の為になれるのか?
月明かりと蝋燭の灯りのみが光る聖堂で、己の矮小さを恥じる。
ただ、寂しくて。
そんな理由で結婚した私では、彼を高みに導くなんて出来ないのではないか?
彼への気持ちで劣っていると感じてしまう。
知識だけでは足りない。
誰でも与えられるものでは、絆にはならない。
だから先ずは己を高めよう。
神に限りなく近い場所まで。
「十二棒!」
私の呼びかけに教会幹部たる十二人が瞬時に揃う。
「これより妾は、拓人への神光譲渡の為の修練へと入る!」
今、私が彼のために出来る最大限のこと。
それは魔力の譲渡。
この身に溜められた一万人分を超える魔力を、彼に全て受け渡す。
その為に御父様へお願いし、拓人に魔術神経を造って頂く。
そして、魔術の中でも特に珍しいと言われる私の魔法を与えるのだ。
だが魔法の譲渡は、御父様ですら『少し難しい』というほどの試練。
間違いなく命懸けになるだろう。
「もし!妾が志半ばで命を落とした時は、皆で力を合わせて教祖を支えよ!」
私の生が終わるのは良い。
だが、拓人を終わらせることは許されない。
彼はすでに人類の至宝となっている。
だからこそ、生かし高めるしかないのだ。
その為に、魂を懸けよう。
人類の為に、彼の為に、何より我が内に生まれた愛の為に。
拓人を想う気持ちが、私を前へと進ませる。
このことが成功すれば、彼の未来はさらに複雑に、そして豊かに広がっていくだろう。
「光は常に、タクトと共にあると知れ!」
私に光は無い。
出来るのは誰かの代わりのみ。
御父様の。
人が望んだ神の。
拓人の。
代弁者とは良く言ったものだ。
重過ぎる荷は、私をずいぶんと摺り減らした。
我が身はすでに残り滓。
ならば、最後に希望をくれた彼へ、せめてもの感謝を刻もう。
「進化を!」
「「「進化を!」」」
妾の掛け声を受け、大聖堂に響き渡る一糸乱れぬ声。
今はそれが心地良い。
御父様に連絡を入れておこう。
四日後までに拓人へ奇蹟を与えて頂きたいと。
「……妾は今より三日間、不眠不休で五体投地による修練を行う」
本部グラウンドにて、地に伏せながら前に進み続ける。
「皮膚が裂け!骨が削れようとも!見事成し遂げてみせようぞ!」
軽めの苦行ではあるが、精神を統一させるには良い刺激となるだろう。
「教祖の更なる進化の為に!」
その間に術を練る。
拓人へ魔力と魔法を受け渡すための方法を。
「「「お供いたします!!!」」」
当然のように十二棒全員が付き従う。
教育が行き届き、良く積んでおる。
これぞ人のあるべき姿よ。
「ならば全ての信者へ伝えよ!これより先は教祖への信仰を表す行為だとな!」
丁度いい機会だ。
信者の信仰心も測ろうではないか。
一日でもやり遂げた者が出たならば、そやつは昇棒させてやってもよい。
妾の後ろに並び、我が魔力の残滓を浴び続ければ、目覚める者も出て来るやもしれぬ。
妾は、十二棒とそれに連なる幹部候補者をグラウンドに引き連れ、建物に向かい叫ぶ。
「今から見せる我が姿は!教祖への信仰に捧げるものとなる!皆目して見よ!続く者は後を追え!全ては進化の為にある!」
魔力を乗せた声は、施設内全ての信者に聞こえたことだろう。
「ゆくぞ!ここより先は神への道よ!」
地面に向かい、全身を投げ出し這いつくばる。
白いローブが瞬く間に汚れていった。
腕の腹を使い、体を前に進める。
その姿は蚯蚓の様にのたうち回って見えるだろう。
だが、それでいい。
虚飾を捨て去り、肉体を限界まで追い込んだ先に閃きが待っている。
今はただひたすらに、魔術の譲渡を行う方法を煮詰めるのみ。
マリアは、黙々と地面を這い進んでいく。
その後に続くのは全ての信者。
地面は、虫の大群を思わせるほど、人によって埋め尽くされたいた。
彼らが抱いているのは無垢な信仰心。
人の先に進化したいという欲求が、血塗れの体を進ませていた。
宗教団体Rod、その礎はこうして固く作られていったのだ——。




