表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

265/274

看取ってもらいたい相手は

 Rod本部の応接間で、マリアと拓人は隣り合って座っていた。


 毎週行われている幹部への修練が終わり、報告を兼ねて二人きりでお茶を飲んでいる。



「……サイラスのこと、ありがとな」


 拓人が、自分が連れてきた新しい住人のことで礼を言う。


「仔細無い!むしろよくぞ連れてきた!」


 サイラス・ヴェイン。

 人の魂を喰う能力者。


 我が妹、エレノアが手掛けた、対テラ戦用に造られた人間兵器。


 そんな貴重な人材を、拓人は自ら見い出し連れてきた。


 エレノアとは比較的密に連絡を取っていた。

 

 だが、妾が知らぬたかだか二十年ほどで、良くぞここまで素晴らしい人材を作り上げたものだ。

 流石は神の子といったところだろう。


 しかし、エレノアは不憫な子よ。

 

 生まれた時からテラがそばにいる環境で育ってしまった。

 その不遇たるや、想像を絶する。

 

 アメリカという未開拓の土地にいたので、その存在を知った時は、妾も出来るだけ手助けをしてきたつもりだ。

 

 事実、独立戦争の際は、妾がフランス政府を動かし彼女の勝利への架け橋となった。


 その後、テラ打倒を本懐とし、時代と共に邁進しておった。

 それでも、ここまでの成果を残すとは思っていなかった。

 

 妾は人を束ねテラに当たろうとしていたが、エレノアは人を造りテラを殺そうとしておった。


 素晴らしい試みだ。

 まさに人を進める行いよ。

 

 だが先日会った際、妹はテラから逃げることを決めたと言っておった。

 生涯の伴侶と共に。


 エレノアはもう十分にやってくれた。

 

 寂しくはなるが、それもまた道。

 妹の安寧を、大いに祝福しようではないか。

 

 テラへの恐怖で寿命を削られてしまったが、それも御姉様のおかげで回復したらしい。

 神の子が助け合うのは、なんと美しいことか。

 

 妾も、エレノアの残した種を必ず芽吹かせてみせよう。


「サイラスも、この施設に馴染んでおる」

 

「……あんまり無理はさせないでくれよ」


「任せておれ、彼奴(あやつ)は貴重な人材よ」


「俺の……友達だからよ」


 その言葉に、私は深く頷いた。

 

 みなまで言うでない、委細わかっておる。

 妾はタクトの最高の理解者よ。

 

 自分の右腕にしたいのであろう?

 

 そのための教育は任せておれ。

 過分なく育ててみせるわ。


 御父様も気に入っておったサイラスを、ぞんざいに扱うなど許されない。

 ゆくゆくは、妾の後釜として大司教の座を用意するつもりよ。


 彼は能力だけでなく、その内面も素晴らしいものを持つ。

 優しさと慈愛、それに非情な面まで全てを兼ね揃えておった。

 

 なにより魔眼のおかげか、人の気持ちを察することに長けておる。

 まさに宗教団体の要となり得る存在よ。


 タクトの存在を知らなくば、彼奴を教祖にしても良いほどだ。


 そしてなにより、守るべき相手がいる。

 いざと言う時、明確にテラを討つ理由があるのだ。


 人は、愛する者を守る時に、最大の力を発揮する。

 自分の命すら懸けて戦い抜く。


 それこそが、御父様より受け継がれた人類の力よ。


 よくぞ、よくぞ見つけてきた!

 この教団に必要だった、最後のピースともいえるべき人材を!


 タクトが何故、サイラスを探したのかはわかっておる。

 そこまでして、妾と結ばれたかったのであろう。


 知っておった。

 タクトが妾の香りを嗅ぎ、想いを高めていることを。


 それを知ってから、妾が古今東西のヘアケア用品を揃えたのは言うまでもない。

 

 だが、それもタクトの士気を高める(すべ)

 しかし、どうやらそれが効き過ぎてしまったようだ。


 命を懸けてまで、妾の代わりとなるほどの人物を見つけてきたのも仕方のないこと。

 一刻も早く、妾と二人で暮らしたかったのであろう。


 これほどの想い、流石の妾も応えてやりたいと心が揺れた。

 

 だが待て!

 もう少し、あと少しで教団が形になる。


 今が最も大事な時期なのだ。

 ここで焦ってはならぬ。


 お互いの昂ぶりだけで行動してはいかん!

 

 大局を見ずは判断を誤ってしまうのだ!


 妾とて辛い!わかってくれ!タクト!

 


 妾が熱い想いをお茶で流し込んでいると、タクトから静かに問われた。


「……ちょっと聞きたいことがあるんだけどよ」


 真剣な表情で、妾を見つめている。

 よほどの覚悟を込めておるのであろう。


「申せ、妾が知り得ることならば全て答えてみせようぞ!」


 その覚悟に見合う神託を授けてしんぜよう。


「……理想のプロポーズって、どんなだと思う?」


 ——なるほど、そう来たか。

 

 確かにタクトと初めて会った時、すでにプロポーズはされておる。


 此奴(こやつ)は、照れ隠しか御父様に言われたなどと(うそぶ)いて、妾との婚姻を望んだ。

 その時は、彼を取るに足りぬと思い(そで)にしてしまった。


 だから、もう一度やり直したいというのであろう?

 妾への求婚を。


 フフ、どこまでも(さと)いヤツめ。

 妾の稀に見る失態を帳消しし、改めて至高の求婚で妾を喜ばせたいという愛念を感じる。

 

 そんなことをしなくても、妾はどこにもいかんというのに。

 すでにそなたへ、この身を捧げる覚悟は出来ておる。


 先日も、御父様から新たな見合い相手を紹介されたが、一顧だにせず切り捨てたわ。

 そもそも、日本を手に入れるのが夢などと(たわ)けた事を抜かしよった。

 妾を望むなら、世界を手中にしてやっと足元に辿り着けるかどうかよ。

 

 それを鑑みれば、妾に釣り合う相手がこれほど尽くしてくれたのだ。

 そろそろ褒美を与えるのも、神の子としての役割と言えよう。


 確かに妾も少しだけ、本当に些事なこだわりだが、ちゃんとした言葉が欲しかったかもしれぬ。

 

 神の子を欲しがるのだ。

 それに見合う言葉を尽くすのも、至極当然のことよ。


 二千年以上も守り続けた我が純潔、安くはない。


 まあ、本人に聞くというのも無粋ではあるが、不器用な此奴なりの真心なのだろう。

 その純粋な瞳が雄弁に物語っておるわ。

 

 命を懸けても失敗は許されないと。

 

 さすれば授けようぞ!

 神の子を揺らす真言を!


 

「良いか?好意は必ず口にすべきだ」

 

 人に言われたからなど誤魔化さないで欲しい。


「どこが好きになったかも、漏らさず伝えよ」


 それがなければ、不安になるだろう。


「なにより、ずっとそばに居ることを約束すべきだ」


 長い生涯を、共に過ごしたいと言って。


「そして、最も重要なのは、やはり——」


 

 『必ずテラを打倒し、神として人類を導くと誓うこと』

 

 そう、言うつもりだった。

 

 だけど、言葉が出ない。

 

 先日、空港でボロボロの服を着た彼を見た時、胸が張り裂けそうになった。


 エレノアが造った対テラ兵器と戦ったらしい。

 サイラスやエレノア自身とも。


 同行者がいなければ、確実に死んでいた。


 そして、何かを悟った様に、父を見ながら言った。


 『アキラのような神になりたい』と。


 ついに己の宿命に気付いたのだろう。


 遅かれ早かれ、いつかは口にするだろうと思っていた。

 御父様を目指すなら当然の帰結といえる。


 そう告げた彼の言葉に、深く感動したのは事実。

 

 だが、その時流れた涙の理由は違う。


 心配になった。


 ただ、それだけ。


 喜ぶはずだった。

 喜ぶべきだった。


 なのに心が悲鳴を上げていた。

 もうこれ以上危ないことをしないで、と。


 有り得ない感情だ。

 

 彼はあのテラと戦い勝つことを望んでいる。

 それを全力で支え導くのが、私の使命だと信じていた。


 『神に成るため、色々と教えてくれないか?』


 それこそ最も望んでいた言葉だったはず。

 彼をそこへ連れて行きたくて、必死に動いていたのだから。


 でも、私が出した声は震えていた。

 

 この先、彼を失う恐怖に。


 きっと、タクトは神を目指す道で、様々な困難に直面するだろう。

 そして、必ず傷ついていく。


 それを見るのが耐えられない。


 私はこんなにも弱かったのか。

 これではまるで、ただの乙女だ。


 彼に恋する、どこにでもいるような普通の少女のよう。


 タクトを、父のような神の位置まで押し上げる。

 そう誓ったはずなのに。


 私の言葉を待つ真剣な表情。

 

 目の前の、その瞳が綺麗で。

 ただ、それだけでいいと思ってしまった。


 何を成さなくても。

 

 生きていてくれたら。

 

 私に、微笑んでくれたら。


 

 気付けば彼の胸に顔を埋めていた。

 

 心臓の音が近くに聞こえる。

 それは彼が生きている証拠。


「ど、どうした?」


 戸惑いながら固まっているタクトに、自分でも何をしているのかわからなくなっていた。


 だが、生を感じる音に導かれるように、声が漏れてしまう。


「私より先に……死なないで欲しい」


 彼の体温で気付く。

 

 きっとこれが、私の本心。


 大切な人を、目を掛けた人を、常に失う人生だった。

 家族も、弟子も、息子のような存在も。

 

 彼まで失ってしまったら、私はもう生きていけない。

 きっとそこが、道の終わり。


 長く辛かった人生の最後は、彼に看取って貰いたい。

 それが叶うなら、もうなにもいらない。


 妹のように愛する人と共に、テラのいない安寧の地へ逃げ出したかった。

 そして、永遠のようだった人生の黄昏を、穏やかに過ごせたら幸せだと思ってしまう。

 

 たとえ、父に再び会えなくなるとしても。

 

 

「安心しろよ……」


 頭の上から声が聞こえた。


「お前に見合う男なら、きっとそれを叶えるぜ」


 力強い言葉。


「マリアは神の子なんだろ?」


 恐々と私の頭に手を置いて。


「なら、相手も神くらい長生きするさ」


 顔は上げられない。

 でも、きっと微笑んでいる。


「だから、そんなに心配するな」


 頭に感じる、御父様とは違う手のあたたかさ。

 それが私の心を包み込んだ。


「絶対に……私より……長く生きてくれる?」


 私の唯一の望み。


「ああ、大丈夫だ」


 その答えを聞いて、声を上げ泣いてしまった。

 

 溜めこんだ不安を押し流すように。

 涙が彼へ()み入り、想いが全て伝わるように。


 タクトは私が泣き止むまで、ずっと頭を撫でてくれた。

 不器用に、ぎこちなく、優しく。


 彼はやはり、人を救う宿命を背負っているのだろう。

 きっとこれからも、たくさんの人を救っていく。


 ならば、やはり支え導かなくてはいけない。

 タクトが迷わぬように使命を果たそう。

 

 だが、絶対に死なせはしない。

 たとえ、この命に代えても。

 

 私の——愛する人を。


 

 こうして、マリアは神の子としてではなく、ひとりの女として拓人と生きることを決めた。

 彼を支え導くことと共に、彼のそばで死ぬために。


 生涯を、共に過ごすと誓いながら——。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ