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守りたい相手は

 紫星綾乃のマンションで、拓人はホンシアから修行後の治療を受けていた。



 拓人の体を労わりながら、ホンシアがその成長具合に舌を巻く。


「アメリカ行ッテ、さらニ成長出来たみたいネ」


 以前よりも気の流れが格段に良くなっている。

 どうやら、相当な修羅場を潜り抜けて来たらしい。


「……お前の妹が、ガチで殺しに来たからな」


 その時のことを思い出したのか、拓人は眉を寄せて愚痴をこぼした。


(ウォー)を連れて行けばよかったのヨ」


 私の弟子に関わることだし、そうすればもっとスムーズに事が運んだはず。


「あー……急な話だったし、自分ひとりでなんとかなるって思い込んでた」


 拓人には、そういうところがある。

 自分と周りにハッキリとした境界線を引いて、なにかあると一人で抱え込もうとする癖。


 本人曰く、これでもかなりマシになったらしいが、きっと彼の育ちが関係しているのだろう。


 誰かが自分を助けたいと思っていることが、想像できない。

 自分は守る側で、守られるなんて欠片も思わない。


 孤独の余韻。


 本人は、そんなことないと思ってそうだが、その影はまだ残っている。

 私はそれを、どうにか払拭させたいと考えていた。


 実はここ数ヶ月、マッサージと称して、気の流れと気質を自分の物と少しずつ同化させている。

 

 もともと体内に流れる気の相性はとても良い。

 お互い同じ系統の気質を持っていた。


 気功を使う人間は、オーラにそれぞれ個人の色が出る。

 色によって、得意となりやすい技があった。

 赤は威力が出やすく、白は回復が得意などだ。

 

 そして、私と拓人は黄金を表している。

 

 それは太陽の色。

 父と同じ最強の気質。


 それをさらに高めるため、私の白金を拓人の体に流しているのだ。

 代わりに彼の黄金を受け取っている。


 お互いの気を循環させることで、生命力が混ざり合い、弱い方が強固になっていく。

 強い私の方は、逆に彼へ生命力を与えているので弱くなる。


 二千年近く鍛え続け、神と呼ばれるほどの力を持ったにも関わらず、自らの生き方を手放すような行為。


 それでもよかった。

 彼の役に立てるなら。


 この身を全て捧げても後悔は無い。

 それで彼の孤独が埋まるなら。


 私の気が拓人の中に残り、それを常にを感じられるようになった時、彼は孤独と無縁になるはずだ。

 

 そして生涯、彼は私の気と共に生きていく。

 そこに私のぬくもりを感じながら。


 たとえ、それで私が死んでしまうとしても。

 

「無事に帰って来てくれテ良かったヨ、心配したネ」


 彼の身に自分を刻めればそれでよかった。


「悪かった……今度から気を付けるよ」


 拓人は頭を掻きながら、なんとなく嬉しそうな顔をしていた。

 人に心配されること自体がなかったのだろう。


 それを想うと、どうしようもなく切なくなる。

 一刻も早く、彼の孤独を埋めてあげたいと願ってしまう。


「聞きたいことがあるんだけどよ……」


 急に真剣な顔をして、こちらを見た。

 新しい技でも思い付いたのだろうか。


「もしプロポーズされるなら……なんて言われたい?」


 思わず心が揺れた。

 自分が求婚されたわけでもないのに。


 彼はまた恋をしたのだろうか。

 

 最近までフォンリンへ恋をしていたのは知っていた。

 それを成就させるためにアメリカまで行ったのだ。


 私はフォンリンの事情を何も知らなかった。

 ただ、才能を惜しんで救っただけ。


 だから、自分の妹の思惑が絡んでいるなんて思いもしなかった。

 それによって、拓人が死にかけてしまうことも。


 空港へ出迎えに行った時、そのボロボロの姿を見て初めて後悔した。

 自分が人への関心を持たなかったことに。


 弟子の才能にしか興味がなかった。

 その尻拭いを彼にさせてしまったのだ。

 

 結局、拓人の恋は思わぬ形で終わりを告げた。

 だが彼は、それを泣きながら祝福していた。


 いつかと同じ情景。

 心から守ってあげたいと思わせる姿。


 せめて次の恋は実って欲しかった。

 もう失恋の涙を流さないように。


 だけど、助言を考えるのが少し辛い。

 それが役に立った時、彼は手の届かない所に行ってしまうのだから。


 それでも真剣に考えて、言葉を尽くす。

 彼に言われたいと思うプロポーズを。


「もし……我ナラ……恋人が傷つかないように守らせて欲しイ」


 拓人は純粋で涙もろい。


「夕暮れの赤さ二、涙を流していたラ……優しくその手を握って安心させたイ」


 強さと弱さを、美しく兼ね備えていた。


「夜の寂しさに、温もりを探していたラ……その体を抱きしめたイ」


 その全てを愛し、守り、育てていきたい。


「朝の光に、立ち上がろうとしてたラ……再びその手を取って支えたイ」


 出来れば、手を繋いで一緒に歩いて行きたかった。


「そんな相手と、結婚したいネ」

 

 彼が好きだ。

 たとえこちらを向くことが無くても。


「ダカラ、言われるなラ、自分を守って欲しイって言葉かナ」


 拓人の心は、良くも悪くも一途で不器用だ。

 一度こうと決めたら曲がらない。


 私に弟子入りして師匠だとみなした時点で、きっとこの恋は終わっていたのだろう。

 

 尊敬や親愛は伝わってくる。

 だけど、女性としてはほとんど見ていない。

 

 情欲を見せる時はあるが、それは健康な男子が抱く普通の反応。

 そこに特別な感情は浮かんで来ない。


 そもそも私に対して、想い人へのプロポーズの言葉を聞いてくる時点で、気持ちの無さがうかがい知れる。


 私の気持ちに気付かず、フォンリンに惹かれていく姿を見るのは辛かった。

 それでも、初恋の痛手が癒えた証拠だという喜びの方が強かった。


 だから、拓人が新しい恋に目覚めたなら、それを応援するだけ。

 

 自身の恋の成就を望むには、私は歳を取り過ぎていた。

 長い年月で積み上げた自我が、気持ちを伝える勇気をくれない。


 きっと、人を醜いと切り捨てて来た報いなのだろう。


 

 私の言葉を聞いて、彼が何度も頷く。


「……なるほどな、ホンシアが守ってくれるなら、確かにすげぇ安心できそうだ」


 信頼に目を輝かせて嬉しそうに笑う姿が、(たま)らなく愛おしい。

 彼に、そう望んでもらいたいと心から思う。


 だけどきっと、それは叶わないのだろう。

 だから、気付かれないように寄り添うしかない。


「そういえば……最近ホンシアが近くにいるのを感じるんだ」


 思わず目を見開いた。


「アメリカでヤバかった時も、そのおかげで助かった気がする」


 その言葉に、胸の奥が震える。


「だから……ありがとな」


 (こぼ)れてしまう。


 涙も、気持ちも。


「……どうした?」


 私の動揺に彼が気付き、心配そうに覗き込む。


「弟子の成長に感動しただけネ……」


 その純粋な瞳に、平気で嘘を吐いた。


 やはり彼に相応しいのは、もっと普通の優しい女だ。

 私のように、長い年月を生きて(よど)みを溜め込んだ人間ではない。


「お、おう……ならいいんだけどよ」


 困った様に頭を掻く姿に、小さく息を吸い、誤魔化すように問いただす。

 

「デ、誰にプロポーズするネ?」


 聞きたいわけじゃない。

 少しでも話題を逸らさないと、また涙が零れそうだっただけ。


「いや、俺じゃないんだ……アキラがするみたいで、助けになりたくてよ」


 ビックリした。

 涙が引っ込むくらいに。


爸爸(バーバー)ガ!?誰二!?」


 父が誰かに求婚するなんて、今まで聞いた事もなかった。

 まさに驚天動地(きょうてんどうち)の出来事だ。


「メイドの沙耶さんらしいぞ」


 その女性に会った事はあった。

 でも、正直まったく印象に残っていない。


「なんデ!?ビックリヨ!」


 雪乃ならわかる。

 それだけの覚悟を感じていた。


 だけど、彼女からのプロポーズなら、だ。

 父が自ら、誰かとの結婚を望むなんて信じられなかった。


「……どうやら、人類の未来が掛かっているらしい」


 秒で納得した。


「そういうことネ、きっとテラ絡みヨ……」


 父にとって、人類は皆、自分の子供のようなものだ。

 

 私たちみたいな特別はいても、唯一はいない。

 たった一人に執着することは有り得ない。


 私も、少し前まではそうだった。


 家族以外の人間に、執着なんて持つ気もなかった。

 精々、弟子の成長具合に興味がある程度。


 でも今は、彼が生きる全ての理由になっている。


 いけない。

 気付くと拓人のことを考えてしまう。

 

 それを振り払うように思わず軽口を叩いた。


「タクは、プロポーズする相手いないのカ?」


 人生というのは不思議なものだ。

 父やテラ以外に、こんなにも気持ちが揺らされる相手と出会うなんて。

 

「俺は……出来ればアキラの娘と結婚したいと思っている」


 それはどういうことだろう?

 そんなこと初めて聞いた。


「お前たちには振られちまったから、また誰か紹介して貰わないとな」


 待って。

 ちょっと待って。


 意味がわからない条件の上に、前提がおかしい。


 私は拓人を振ってない、はず。


 なんとしても思い出さなければならない。

 あの時のやり取りを。


 確か、雪乃と一緒にマンションへ行って、哲夜と喧嘩になって、拓人を吹っ飛ばしたら父が現れた。


 それから、父にあらためて彼を紹介されて——


 『弱い男に興味はない』


 断っていた。

 

 そうだ、私は拓人を振ったのだ。

 今の今まで、こんな大切なことを忘れていた。


 あまりにもバタバタしてたのと、あの時は父に会えた喜びが大きかった。

 それに、彼に大して興味がなかったせいで記憶に残っていなかった。


 私は馬鹿だ、大馬鹿だ。

 

 拓人はそれを真面目に受け取って、私のことを恋愛対象として見なくなったんだ。


 どうする?どうすればいい?


 自分の愚かさと焦りで心臓が激しく脈打つ。


 今から好きだと伝えるべきなのか?

 それはあまりにも見苦しくないだろうか?


 急に現れた希望に縋り付きたい気持ちと、己の身勝手さ。

 それに、あらためて振られる恐怖で声も出せなくなっていた。


 その時、不意に手を握られる。


「ホントに大丈夫か?……顔色悪いぞ」


 伝わるのは、彼のあたたかさ。

 私を心から思い遣る気持ち。


 なんて答えればいいのかわからず、私はその手を握りしめていた。


 泣きながら、ずっと。

 

 あの、流星の日のように。



 ホンシアは気付く、彼との関係が変わる可能性に。

 それは恐ろしさと希望を併せ持つ未来。


 きっと近い内に、彼女の中にある勇気が、試されることになるだろう——。

 

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