その空を眺める相手は
アマテラスは、仕事から帰ってきた拓人と、いつものように二人で晩御飯を食べていた。
だが、その夜の拓人は、どこか様子が違っていた。
ずっと何かを思い詰めているような表情をしている。
まるで、黙ってアメリカへ行く前みたいに、覚悟を決めたような顔だった。
リビングで食後のお茶を二人で飲んでいると、拓人が何かを言いたそうにしていた。
きっと、大事なことだ。
先日、アメリカに行って、ボロボロになって帰ってきた時はキツく叱った。
なんで私も連れて行かなかったんだって。
涙目で訴えたら、バツが悪そうに頭を掻いてた。
言い訳しないで謝ったから許したけど、危ないことする時はちゃんと言ってと釘を刺しておいた。
今、目の前で言葉を選んでいる拓人は、その約束を守ろうとしてくれてるのだろう。
言葉を選ぶように、口をモゴモゴさせてるのが可愛い。
話し出すまでゆっくり待っててあげよう。
そういえば、拓人は私の妹のエレンちゃんのとこへ会いに行ったらしい。
そこで彼女の部下たちと戦って、ボロボロになったって聞いた。
なんでいつも危ないことするかなあ。
今回は、困ってる友達のためにアメリカまで行ったんだって。
それは拓人のとても優しい部分だとは思う。
だけど、待っているだけだと心配で無理だから、せめて連れて行って欲しい。
私がいれば、どれだけ死にかけても、助けてあげられるんだから。
この前、エレンちゃんがウチに来て、直接お礼を言われた。
指をくれてありがとう、おかげで好きな人の子供が産めるって。
どうやら結婚するらしい。
でも、お礼を言いたいのは、むしろこっちの方だ。
このマンションを買い与えてくれたのはエレンちゃんなんだから。
おまけに、長年に渡り生活費まで援助してくれていた。
その恩を返したかっただけだ。
エレンちゃんは、テラのせいで寿命がかなり削られていた。
それをなんとかしてあげたかった。
でも、指を切り落とすのはめちゃくちゃ怖くて、自分では無理だった。
だから結局、父にお願いした。
そしたら、確かに痛みは無かったんだけど、目をつぶってるうちに十本全部落とされた。
そのせいで、半日くらい何も持てなくて本当に大変だった。
もう二度と父には頼まない。
とはいえ、これでやっと雪乃たちとの約束も守れたし、心のつかえが取れた。
その場にいた、大蔵文翔っていうお見合い相手が、近いうちにエレンちゃんへ会いに行くって言ってたから指を預けた。
結婚相手としては見れなかったけど、なんか真面目そうな人だったし、ちゃんと渡してくれたみたいで良かった。
そもそも、私には結婚なんてまだ早いと思う。
父は、四十年前も子供を作れって言っていた。
だけど、コミュ力の無い私に、どうやって結婚まで漕ぎつけろというんだろう。
それに、私にだって好みというものがある。
例えば、あんまりガツガツしてないで、うるさくなくて、ちょっと可愛いところのある人がいい。
なにより、私を守ってくれて、私が守りたいと思えるような男の人なら無理じゃないと思う。
そんな人が現れたら、私も結婚を考えてもいい。
色々と考えていたら、拓人が覚悟を決めたように口を開いた。
「なぁアマテ……女性が思う理想のプロポーズを教えてくれないか?」
その言葉を聞いた瞬間、私の頭が真っ白になった。
さっきまで自分が考えていたこととあまりにも被りすぎて、思考の整理が追いつかない。
そもそも言葉が足りな過ぎて、拓人が誰にプロポーズするのかがわからない。
というか無理……意味わからな過ぎてムリ、ほんとむり!
自分が、なんでこんなにパニクってるのかもわからない。
友達が真剣に悩んでるんだから、それにちゃんと答えるべきだ。
なにより悩んでいる時は相談してって伝えてた。
なのに、真剣な顔でこっちを見ている彼の瞳を、直視できない。
なんて答えればいいのかわからない。
「……悪い、難しかったか」
私の引き攣った顔を見て、拓人が頭を掻いた。
困った時の彼の癖。
私の好きな仕草。
それを見たら、胸がたまらなく苦しくなった。
答えてあげたい。
頼りになるお姉さんとして、彼のために。
「ちょっと……まって、考えるから」
無駄に大きい胸を押さえて、必死に頭を働かせる。
いろんな感情が湧き出てきて、なんだか泣きそうになっちゃうけど、がんばってこらえた。
どうしても彼の役に立ちたかったから。
「私……なら、寄り添ってくれると……嬉しい」
思ったのは、三千年の孤独。
「ずっとそばにいれて……なんとなくわかりあえて……」
暗闇の中、全てが怖かった日々。
「ふたりで支え合って……いっしょに成長できて」
でも、たった半年で、私を変えてくれた。
「なんでもない日に……ふたりで空をみて」
人といることに、喜びを覚えられるようになった。
「きれいだねって、お互いが心から思えるような……」
世界が明るく見えるようになった。
「そんな人なら、結婚したい」
救ってくれた。
「だから、それを伝えてくれるプロポーズがいいな」
目の前の彼が。
「なるほどな……わかる気がする」
拓人は何度も頷いて、私の言葉を噛みしめているようだった。
「俺もいつかそんな相手と……結婚したい」
どうやら役に立てたようでよかった。
でも、プロポーズ、誰にするんだろう。
それを聞かないと、なんだか一生後悔しそうだけど、聞いても後悔しそうで無理。
真剣に結婚のことを考えてしまったから、初めて意識をしてしまった。
結婚相手として、彼を。
いつのまにか、ずっとこのままの生活が続けばいいと思っていた。
居心地のいい生活。
穏やかなやりとり。
前に、マリアちゃんのところに引っ越すって話が出た時。
あんなにイヤだったのはどうしてだろう。
人と暮らすなんて無理だったはずなのに。
あの時、胸に湧いた気持ちはなんだったのか。
それを考える必要があったのかもしれない。
すべてのことから逃げる癖がついていた。
だけど、私の一生は人よりもずっと長い。
いまここで聞かなかったら、この先ずっと後悔しっぱなしになりそうで、そっちの方が無理。
だから、無理でもちゃんと聞こう。
私は少しだけ強くなったんだから。
「だ、だだだだ、だ、だ、だだだだだ……れ?」
ダメだ、言葉になってない。
「ああ……俺じゃなくて、アキラがプロポーズするのに悩んでるらしくてな」
私が言いたいことをちゃんとわかってくれた。
そういうところ、すごく好き。
「え!?父君がプロポーズ!?」
驚きと一緒に、安心が胸に広がった。
どうやら拓人のことじゃなかったらしい。
「そうなんだよ……それで参考までに聞いてみたくてよ」
そっか、そうなんだ。
なんだか拍子抜けしてしまう。
だけど心からホッとした。
「父君なら、誰でも受けてもらえそうだけど……」
父は昔からモテていた。
村中の女性全てが、父のことを好きだったくらいに。
私の母も、必死にお願いして私を産んだらしい。
そんな父がプロポーズで悩むなんて意外だった。
「そうだよな……でも人類の命運が掛かったプロポーズらしいからよ」
「なにそれ……無理」
「うん、だから俺もなにか役に立ちたいんだ」
拓人がそう言って、真剣な顔をしていた。
彼は父に憧れている。
父のようになりたいって言ってた。
私はそれを応援したい。
ずっと支えていきたいと思ってる。
「ありがとな……すげぇ参考になったわ」
拓人は、初めて会った時より、ずっと柔らかく笑うようになった。
それは私と一緒に変わっていった証拠のようで、とても嬉しい。
これからも二人で一緒に成長したい。
支え合っていきたい。
拓人は私を支えてくれる。
でも、彼を支え続けるなら、私はどうすればいい?
きれいな空を、一緒に眺め続けるためには。
私は、また痛みだした胸を、確認するように、強く押さえた。
アマテラスは気付く。
拓人を、友人ではなく一人の男性として、見始めていることに。
この日を境に、彼女の持つ彼への想いは、ゆっくりと形を帯びていくこととなった——。
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