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 アメリカを揺るがすような夜を経て、拓人たちはエレノア邸で一夜を過ごした。

 だが、その夜に揺れたのはアメリカだけではない。

 屋敷の一室も激しく揺れ続けたのだ。

 

 

 翌朝、屋敷の客間で目を開けた俺は、まず天井を見て、次に自分の精神状態を確認した。

 

 あることが原因で一睡も出来なかったせいか、確実に疲れてる。

 寝不足や、昨日の戦闘の疲れだけじゃない。

 もっとこう、魂が削られたような疲労感を感じていた。

 

 原因は言うまでもない。

 

「おはようございます、拓人君」

 

 使用人に案内された食卓で、爽やかすぎる声が聞こえた。

 振り向くと、文翔が声とは真逆のやつれた顔で立っていた。

 

「……お前、寝たのか?」

 

「いえ、一睡もしてませんよ!」

 

 爽やかに言うな。

 

「……大丈夫か?」

 

「大丈夫じゃないですね!」

 

 だから爽やかに言うな。

 

 そこへ、上機嫌な声が響いた。

 

「Good morning!ダーリンども!」

 

 勢いよく扉が開き、昨日まで老婆だったはずのエレノアが大股で入ってきた。

 髪はツヤツヤ、肌はピカピカ、そしてテンションは異常に高い。

 

「いやぁ!生きてるって感じだねぇ!」

 

 文翔の肩がビクッと震えた。

 

「……文翔、何があった?」

 

「……聞かないでください」

 

 声が震えていた。

 目の下に浮き出たクマが、何かを物語っている。

 

 気付けばサイラスも椅子に座り、青白い顔をしていた。

 

「ぼく、昨日の夜の声……一生忘れられないと思う……」

 

 「やめろサイラス!俺も思い出すだろ!」

 

 老執事が咳ばらいをして、エレノアにやんわりと進言しようとする。

 

「……エレノア様……その……昨夜はあまりにも……」

 

「最高だったよ!毎晩でも楽しみたいねぇ!ダーリン!」

 

 エレノアの熱を帯びた視線に文翔の体が震えた。

 

「はい……最高でした、がんばります」

 

 その言葉に嘘はない、だが声が儚く薄い。

 

 俺は悟った。

 これが新婚初夜か。

 

 エレノアが俺の後ろを通る時、上機嫌で肩を叩いた。

 

 「タクト!アンタも早く相手を見つけな!若いって最高だよ!」

 

「……いや、俺はまだいい……」

 

 昨日の夜の獣のような声と、屋敷を揺るがす音を思い出して、胃がキリキリと痛んだ。

 

 サイラスが震える声で言う。

 

「……ぼくも結婚したら……あんな感じになるのかな……」

 

「やめろサイラス!それ以上は俺の夢が壊れる!」

 

 エレノアはケラケラ笑いながら言った。

 

「さあ!朝食にしようじゃないか!ダーリンは栄養つけなきゃねぇ!たんと喰いな!」

 

 文翔の体が再び震えた。

 

「……がんばり……ます」

 

 俺は心の底から思った。

 いつか来る初夜のために、この体を鍛え抜こうと。

 

 こうして、アメリカの朝は昨日が嘘のように明るく始まった。



「とりあえず、アンタたちと一緒に日本へ行くことにするよ、Daddyに結婚の報告をしなきゃね!」


 食事が終わり、ひと段落してからエレノアが日本へ同行することを告げた。


「ウォルター、エアフォースゼロを用意しな!」


 すると、ウォルターと呼ばれた老執事が、スマホで電話を掛け始めた。


「アタイ専用のジェット機だ、日本まで数時間で着くよ」


 流石アメリカの支配者、とんでもない物持ってるな。


「ついでにダーリンの箔も付けとくかねぇ、大統領を呼び出しな!三十分以内だよ!」


 このババァ、本当に傍若無人だな。


「タクト、アンタまた失礼なこと考えてやしないだろうねぇ?」


 やばい、顔に考えが浮かんでた。


「……大統領なんて呼んでどうすんだ?」


 誤魔化すために慌てて質問する。


「なに、内助の功ってヤツさね、ダーリンが総理になるための後押しをするのさ」


 エレノアが文翔に向かい、いたずらっぽくウインクした。



 色々と用事を済ませて昼過ぎにアメリカを出ると、日本に着いた時は次の日の朝だった。

 相変わらず不思議な現象だ。

 

 あの後、文翔は大統領と色々話をして、動画や写真を撮られていた。

 

 ついでに俺も記念写真を撮ってもらった。

 肩組まれてめちゃめちゃフレンドリーな感じのヤツ。


 飛行機のタラップを降りながら空を見上げると、アメリカの空と色が違うことに気付く。

 

 日本は青が薄い。

 それを見て、帰って来たことを実感した。


 羽田空港のロビーに入ると、そこにアキラが待っていてくれた。


「久しぶりだね、エレンちゃん」


 両手を広げて娘を出迎える姿に、エレノアが走り出す。


「Dadかい!なんてCuteな姿になっちまって!」


 涙を流しながら抱き着く姿は、心からの喜びに満ちていた。

 それを見ていると、思わず涙ぐんでしまった。


「……サイラス!」


 叫ぶように声を上げたのは、フォンリン。


「リン……本当に生きていてくれたんだね」


 二人は静かに涙を流しながら近づき、確かめるように強く抱き合った。


「また生きて会えるなんて思わなかった……本当にごめんなさい……」


「いいんだよ……ぼくを救おうとしてくれたんだよね」


 サイラスは、震えながら謝罪を告げるフォンリンを、二度と離さないというように抱きしめ続ける。

 

 そして、二人は見つめ合ってキスをした。

 

 サイラスの精神世界へ入った時に知ったのは、彼がフォンリンへ感じていた深い愛情と恋心。

 そして、フォンリンが時折見せていた切ない表情の意味。


 俺は理解した、二人がお互いを想っていたことを。


 アメリカまで行って良かった。

 二人はこれから幸せな人生が待っている。

 

 好きな人の手助けが出来たなら、俺もがんばった甲斐があった。

 

 フォンリンが、俺に気付いて駆け寄ってくる。

 

「タクト……リンシア師傅(シフ)カラ聞イタ……ワタシのため二、アメリカへ行ったっテ」


 たどたどしい日本語で、涙を浮かべ必死に言葉を紡ぐ。

 

 サイラスとは英語で話していた。

 きっと今まで素性を隠すために、人前で英語を使うこともしなかったのだろう。


「そりゃ……姉弟子が困ってたら……助けるのが弟弟子の役目だろ」


 ぎこちなく笑って、強がりを言った。


「タクト……アリガトウ……ホントニアリガトウ」


 俺の手を取り、涙を流すフォンリンを見て、心から良かったと思った。


 願いは叶ったじゃねぇか。

 元々、この手を握りたくてアメリカまで行ったんだ。


 俺にしては上出来な結果だ。


「幸せになれよ」


 俺だけの力じゃ無理だった。

 文翔が、俺の新しい友達が助けてくれたからなんとかなった。

 

 そういう意味じゃ、またアキラに助けてもらったんだな。


 娘を抱きしめ、嬉しそうに微笑むアキラを見て、まだ一人では何も出来ない自分を情けないと思った。


「これからは、ずっと二人でいられるからな」


 サイラスの方へフォンリンを送り出し、二人が寄り添う姿を眺めた。

 

 俺が今、泣いているのは失恋したからじゃない。

 自分の不甲斐なさに涙が止まらないだけだ。


 そうに決まっている。

 

 彼女のぬくもりが消えていく手。

 だけど、誰かが新たな熱で包んでくれた。


「……タク……オカエリ」


 気付けば、リンシアが俺の手を握ってくれていた。


「大変だったネ……」


 ボロボロになったスカジャンを見て、涙を浮かべている。


 前にもこんなことがあった。


「フォンリンを救ってくれテ、アリガトウ」


 俺が泣いていた時に、優しく慰めてくれた手。

 

 それは、とてもあたたかいものだった。


 俺の尊敬する師匠。

 その手は、いつだって俺を助けてくれる。

 

 すると、背中にもあたたかく柔らかいものが当たった。


「タクト……心配したよ」

 

 その声は震えていた。

 

「急にアメリカ行くとか無理……」


 誰かはすぐにわかる。

 俺の大事な友達だ。


「悪かったな……心配かけて」


 ちゃんと連絡したつもりだったが、思った以上に心配してくれていたらしい。

 

「その通りだぞ!タクトよ!」


 目の前に、腰に手を当てたマリアが怒った顔で立っていた。


「なぜ妾に助けを請わない!こんな時は真っ先に相談せよと言ったであろう!」


 言葉は強かったが、瞳が涙で揺れている。

 きっとマリアも心配してくれていたのだろう。


 そうか、俺にはもう頼る相手がいるんだ。


 今までずっと一人で生きている気になっていた。

 だけど、もう一人じゃない。


 こんなにも、俺を心配してくれる人たちに囲まれている。


 幸せだ。

 俺はもう満たされていた。


 涙を拭いて、それを与えてくれたアキラに、もう一度視線を向ける。


「なあ……俺がアキラみたいな神を目指すって、どう思う?」


 昨日、エレノアに言われた言葉が、ずっと胸に残っていた。


 人は生まれで人生が決まる。

 それが嫌だと思うなら、自分の力で変えてみろと。


「神とか無理!……って言いたいけど、私でも神様扱いされてたから、いいと思う」


 背中から、天照大神と呼ばれていた少女が後押ししてくれる。


(ウォー)蚩尤(しゆう)の化身としテ、武術の神とされているネ、タクならきっと我を超えるヨ」


 隣で手を握ってくれている師匠が、期待を寄せた。


「タクト……ついに目覚めたか……神へと至る道に!」


 目の前にいる先生が、その瞳から一筋の涙を零していた。


 どうすればいいのかなんてわからない。

 だけど、アキラを目指すなら避けては通れない気がした。


「あのよ……わからないことだらけだから、これからも……その、色々助けてくれないか?」


 彼女たちがいてくれれば、なんとかなる気がした。

 

 こんな自分を大切だと思ってくれる。

 それを想うと、無限に力が湧いてくる。


「あたりまえだよ、拓人は私の大切な友達だからね!」


「当然ネ、タクは我の大切な弟子ヨ!」


「無論、大切な教え子を導くのは妾の務めだからのう!」


 俺はもう一人で歩いていない。

 先にはアキラがいてくれるし、周りには彼の娘が寄り添ってくれる。

 仲間もいるし、友達だって出来た。


 もう寂しさはどこにもない。


 

 手紙を書こうと思った。


 名前も知らない実の両親に。


 きっと嫌がられるだろうけど。


 たった一言。


 『産んでくれてありがとう』と——。

挿絵(By みてみん)

二章はこれで完結となります。

よかったら感想等いただけるとありがたいです。

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