DARLING
エレノア邸の壁は破壊されており、天井には一箇所、大穴が空いている。
だが、もう遅い時間だというのに、すでに修繕工事が始まっていた。
壊した張本人である拓人は、それを気まずそうに眺めながら、屋敷の廊下を歩いていた。
屋敷の主人、エレノア・ブラックウッド・オオクラは一行の先頭に立ち、先ほどとは別の応接室へ入って行っく。
それに続いて、文翔、サイラス、拓人の順に入り、最後に扉を開けて待っていた老執事が中へ入り、静かに扉を閉めた。
「あのよ……屋敷壊して悪かった」
俺は、屋敷の惨状を見て素直に頭を下げた。
弁償するとしたら、いくらくらいになるのだろう。
億はいく気がする。
工事現場で働いて、何年掛かるかな。
そんな現実的な不安が頭をよぎる。
「ハッ!気にしゃしないよ!こっちも殺す気でいたからね」
エレノアはそう言い放ち、機嫌良く上座に腰を下ろし、胸を張る。
助かった。
どうやら借金生活は間逃れたらしい。
ほっと胸を撫で下ろし、ゆっくりソファーに座った。
すると、部屋に給仕の人が入って来て、俺らの前へ丁寧にお茶を並べていった。
「今日はウチに泊まりな、部屋も用意してやるよ」
さっき来た時とは、まるで対応が違う。
「アンタらは、もうアタイの客だ、寛いでくれていい」
まあ、歓迎してくれるならそれに甘えるとするか。
「で、話しなんだが……フォンリンは生きているんだね?」
エレノアの口からその名が出た瞬間、緩めた気を練り直し、即座に戦闘態勢をとった。
フォンリンの生存を知られた以上、最悪の場合は口封じも視野に入れなければならない。
俺の殺気に反応し、老執事がエレノアを庇うように身構える。
「早合点するんじゃないよ!」
だが、エレノアが俺たちを一喝した。
「ネメシスの資料は破棄するって決めたんだ、フォンリンはもう自由だよ」
その言葉は、俺たちの目標の達成を意味していた。
「……本当だろうな」
瞳に螺旋を浮かべ、真意を問いただす。
「ああ、今後アメリカは軍縮へ移行させて、その分を宇宙開発へ注ぎ込む予定さ」
真剣な表情で告げられたのは、対テラ路線の転換だった。
「金食い虫のSCPRは解散させて、新たに月面都市計画を発足させるよ」
エレノアは、自分の生きる道を変えると言ったのだ。
「サイラス、アンタも自由だよ」
我が子に向けて、解放を宣言する。
「退職金も弾んでやるから、好きな所で生きな」
愛情の欠片もない態度だったが、サイラスも自由になるなら最高の結果だった。
「ぼくは、どこで何をすればいいのかな?」
サイラスは、急に与えられた自由の身に戸惑っていた。
「……とりあえず、俺らと一緒に日本へ来いよ」
もう、彼を縛る鎖は無い。
なら好きに生きて貰いたい。
なにより、フォンリンに会わせたかった。
「住む場所や働き口は任せてくれ……当てがあるからよ」
人頼みにはなるが、なんとかするつもりだ。
「ありがとうタクト、ならそうしようかな」
嬉しそうに笑うサイラスを見ていると、ここまで来て良かったと思えた。
思えば長い夜だった。
死線を超えるような戦闘や、サイラスの精神世界にも入っていたせいで、日本を出発してから、もう何日も経ったような気がする。
ここに泊まるんだったら、後でみんなに連絡しておかないとな。
だが、ひと息ついたところで、思い出したことがあった。
そういえば、さっきエレノアからとんでもない話を聞かされていた。
その結果を知りたいと思った。
「なあエレノア……さっき、テラに核兵器を使ったって言ってたけどよ」
部屋を壊して逃走する前に、サラッと話された驚愕の事実。
「ああ、それがどうしたんだい?」
核の威力に耐え切ったというテラ。
「……どれくらいダメージを与えたんだ?」
あの化け物の強さが知りたかった。
「残念ながら五体満足で立ってたよ、擦り傷程度の血は出たみたいだけどね」
告げられたのは、絶望的な結果。
だけど——
「……ダメージはあったんだな?」
希望は見えた。
ようは、核を超える威力の攻撃をすればいいだけだ。
イメージが掴めれば十分だった。
目標が明確になったことで、思わず全身のチャクラが滾る。
「ハッ!やはりアンタは大したもんだよ!」
エレノアが、俺の顔を見て口角を上げる。
「フミアキがいなかったら……惚れてたかもねぇ」
爛々と瞳を輝かせ、獲物を見るような視線を向けられ、思わず背筋が凍った。
「それは焼けますねぇ」
文翔が、両手を軽く上げてこちらを見ていた。
「よせやい!お前と違って、こんな性悪ババァは御免だぜ……」
焦りながら手を振る。
人の恋路を邪魔する趣味は無い。
「あぁ?誰が性悪ババァだってぇ!?」
しまった、焦って心の声がダダ漏れしてた。
「アタイが老けてるのはテラから受けたストレスのせいだ!本来、魔女は死ぬ寸前まで老けたりしないんだよ!」
エレノアが、怒りに顔を歪ませて怒鳴る。
「子供のころからあの化け物のそばにいたから、ストレスでこんなに早く老化しちまったのさ!」
それはまさに鬼ババァ。
「タクト……アンタ、さらに失礼なこと考えてるね?」
動揺が顔に出ていたのか、ズバリ当てられた。
「クソガキが、わからせてやるよ……フミアキ!アネキの指を寄こしな!」
俺を睨みながら、文翔へ手を伸ばした。
「私は今の姿も美しいと思いますけどね」
文翔は、本気か冗談かわからないことを言いながら、胸の内ポケットから一本の指を出し、エレノアへ渡した。
「わかっているじゃないか、流石は我が夫だよ」
エレノアは、上機嫌に指を呑み込む。
すると、ゆっくりと彼女の外見が変化していった。
薄いオレンジだった髪は、張りのある濃いオレンジへ。
骨ばっていた手が、きめ細かで張りのある手に。
そして、深い皺が刻まれていた顔は、シミひとつ無い輝くような肌へと変わる。
そこに現れたのは、二十代の美しい女性の姿。
エレノア・ブラックウッド・オオクラが、あっという間に若さを取り戻していた。
「どうだい、これでもババァっていうつもりかい?」
低かった声も少し高くなっていたが、視線の強さだけは変らない。
「……う、嘘だろ?」
俺とサイラスが目を見開いているのを、エレノアが愉快そうに眺めていた。
「魔法が使えるのは魔女の特権さね」
俺らの反応に、満足そうに目を細めながら笑っている。
「テラのいる世界に未練なんてなかったけど、今はアネキに感謝するよ」
エレノアが文翔に熱い視線を向けていた。
「生きる希望ってヤツをくれる人が現れたんだからさ」
それは恋する乙女の瞳。
「さあ!早速子供を作るよ!とりあえずアメリカで産んで、大統領にでもしようかねぇ!」
え、今からするの?
「気持ちまで若返った気分だよ、三百年守ってきたバージンを捧げようじゃないか!ダーリン!」
え、リアル過ぎて無理。
こうして、アメリカの夜は更けていく。
そして新婚二人の、愛を深める行為は、朝が来るまで続けられたらしい——。




