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核で彼女は倒せない

 ワシントンD.C.から、西に10キロほど離れた場所、ラングレー。

 そこにそびえるのは、ジョージ・ブッシュ・センター。


 つまりCIAの本部である。


 建物に入ってすぐのロビーの床には、巨大なCIAの紋章。

 正面には殉職者追悼壁が白く輝き、そこに刻まれた星の数が、この国に命を捧げた職員の数を示していた。


 一般人は足を踏み入れることすら許されない厳重な施設。

 その中心に、明らかに場違いな三人が立っていた。


 星の壁を背にしたその姿は、まるで使い捨てられた仲間たちの怒りを背負っているかのようだった。


 彼らの前に立ちはだかるのは、CIA職員と武装した警備員。

 そして、アメリカの実質的支配者、エレノア・ブラックウッド。

 先ほどもいた老執事を従え、余裕の笑みを浮かべている。

 


「久しぶりだねぇ、サイラス。そこの小僧どもを殺す指令はどうしたんだい?」

 

 エレノアは片眉を上げ、挑発するように笑った。

 

 こちらの状況は把握しているはずだ。

 ここに来るまでに、俺らを追跡してきたハウンド部隊と何度も交戦した。

 

 そして、ハウンドたちの攻撃対象にはサイラスも含まれていた。

 胸の機械を摘出した時点で、サイラスは敵と認定されたのだろう。


「ぼくは彼らの仲間だ、もうあなたの命令を聞く気はない」


 周囲にいる警備員は、揃って銃口をこちらに向けている。

 だが、俺たちに銃は通じない。


 この場の脅威は、エレノアだけだった。


「随分と親不孝な息子だねぇ……産んでやった恩も忘れたかい!」


 低く響く声には、脅しと嘲りが混ざっていた。


「産んでもらったと思ってないし、母親だとも思ってないよ、ぼくたち兄弟はね」


 サイラスは、肩をすくめて淡々と言葉を返す。

 

 彼の記憶を覗いた俺には、皮肉ではなく本心だというのがわかっている。

 サイラスの記憶には、エレノアとの親子の思い出がひとつもない。

 

 あるのは、黒霧を初めて暴走させた時に、彼を見下ろしていた冷たい視線だけ。

 

 サイラスとその兄弟たちは、親に対する思慕の念というのはなかった。

 兄弟とフォンリンが十分な愛情を与え合ったというのもある。

 

 だがそれ以上に、親という存在を知らずに成長したせいでもあった。

 エレノアと彼らの距離は、最初から最後まで親子の温度ではなかった。


「クックック……アタイも、オマエたちを子供と思ったことはないけどねぇ」


 母ではないと言われ、むしろ楽しそうに笑うその姿に、俺は吐き気がするほどの嫌悪を覚えた。


 このババァ、間違いなくクズだ。

 自分の遺伝子を使い、自分の意思で作った子供を、本気で兵器としてしか見ていない。


「それでどうやってCIAを潰すんだい?まさか施設を壊して終わりのつもりかい?」

 

 え?それじゃダメなのか?


「そんなの望んでない、ぼくらの望みはネメシス部隊の情報を全部破棄してもらうことだよ」


 サイラスが解決策を提示してくれた。


「……そうだ、そのつもりで来た」


 とりあえずそれに乗っておく。


「それは呑めない話だねぇ、他はともかくオマエという唯一の成功例の情報は消せないよ」


 唯一?

 まるで他は失敗だったような言い方しやがって。


 その言葉で、サイラスの表情がわずかに歪む。


「ぼくが成功のはずないじゃないか、みんなと違って自分で力を制御することもできないのに」


 肩をすくめながら自嘲気味に言うが、その瞳には兄弟を侮辱された怒りが宿っていた。


 だがエレノアは、サイラスの感情など欠片も気にせず話を続けた。

 

「いいや、アタイが欲しかったのは魂へ干渉できる能力だよ」


 彼女が本当に必要としていた能力。

 

「だから、他はどんな能力だろうが失敗作なのさ」


 それは魂を破壊する力——アビスミストだった。


「たかが火を出せたり、力が強くなる程度じゃ、テラを殺せないだろう?」


 目的はテラの抹殺。


「ネメシスは、対テラ用に開発された部隊だ、ヤツに対抗できなきゃ意味が無いんだよ」


 彼女はアキラの娘として、至極真っ当にテラの討伐を望んでいた。

 エレノアの言い分は理に適っている。


 だが、俺は怒号をロビーに響かせた。


「だからって……やっていいことと、悪いことがあるだろうがよ!」


 子供を犠牲にしてテラを倒すなんて非道が許されるわけない。


 しかし、俺の怒りをエレノアは冷たく笑った。

 

「ないよ、やって悪いことなんて」


 その言葉は、あまりにも軽く、あまりにも残酷だった。

 

「オマエは、テラを知った上でそんな甘っちょろいことを言ってるのかい?」


 そりゃテラは怖い、この世の何よりも。


「ああ、俺はテラに喧嘩売って直接戦ったから……その恐怖は身に染みて知っているつもりだ」


 何もできなかった悔しさを思い出して、喰われた右手を眺め、強く握りしめる。

 視線を前に戻すと、エレノアが驚きで目を見開いていた。


「タクトと言ったね、本当かい!あの化け物に喧嘩売るなんて大したもんだ、見直したよ!」


 アキラの復活を聞いた時と同じくらい、心底喜んでいる。

 

「……それならわかるだろう?アレを殺せる力が絶対に必要だと!」


 先ほどまでの冷笑は消え、真剣な表情で俺に語る。


「核兵器でも無理だった……なら魂を直接攻撃するしかないんだよ」


 テラを知る者に対する本音の言葉。

 そして核兵器で攻撃したことがあるという衝撃の事実を知った。


「それが出来る兵器を生み出すためのSCPR計画であって、ネメシスなのさ」


 理屈はわかる。

 だが、その兵器というのは人だ。


「……俺はそれでも、サイラスたちを道具のように扱うことを許せねぇ」


 それを許容することは出来ない。

 人としての情を無くしてまで、テラを倒す気にはなれなかった。

 

「オマエは人類が滅んでもいいのかいっ!」


 突然の激昂。

 さきほどまでの冷静さなど、欠片も残していないほどの怒鳴り声。


「もしDaddyがいない時にテラが野放しとなったら、人は滅ぶんだよ!」


 その声には、恐怖と焦燥が混ざっていた。

 テラへの恐れ方は、マリアたちと同じかそれ以上。


「それをわかった上で!そんな甘いことぬかしてるのかいっ!?」


 怒りの籠った物言い。

 でも、それに折れるわけにはいかない。

 

「……アキラがいない時は、俺がテラを倒す」


 そのために死ぬ気で鍛えている。

 命を懸ける覚悟は持っていた。


「馬鹿言ってんじゃないよ!」


 唾を飛ばしながら怒鳴りつけられた。


「アタイに負けてるアンタじゃ!百万回戦っても勝てやしない!」


 その言葉は侮辱ではなく、ただの現実。


「いいかい……その心意気だけは買うが、負けりゃ人という種が滅びるんだよ!」


 その瞳に宿るのは、テラを知る者としての必死な想い。


「Daddyの愛する人類は……決して滅ぼさせやしない」


 間違いなく、人類を本気で守るための覚悟が宿っていた。


「Daddyは、人類全てをひとりの人間として考えていたよ」

「人は一個の細胞で、人類という種を生かすために人々がいると」

「つまり、アタイやアンタだけでなく、この世にいる人間は人類を生かす細胞さ……重要度は違うけどねぇ」

「そんな細胞一個の生き死にで、いちいちピーピー言ってたらテラは到底倒せないんだよ!」


 それは、個を見ない考え方。

 独善的で、冷酷。

 しかしテラを知る者としては理解できてしまう論理。

 

 

「『One for all, All for one』って言葉を知ってるかい?」


 エレノアはゆっくりとサイラスへ視線を向けた。

 

「三銃士のセリフが元になっている『一人はみんなのために、みんなは一人のために』って意味だ」

「それを果たせと言っているだけさ」


 そして、衝撃の事実を告げる。


「サイラスのクローンはすでに培養されている、まあ能力は移せても魔眼は宿らないだろうけどね」


 サイラス自身も知らなかった計画。

 

「だけど、魂を直接攻撃できる魔法は貴重だからね、数がいりゃあテラにはハウンドよりも役に立つ」

「そのクローン軍団を率いるのはお前だよ、せいぜい人類の為にがんばりな」


 息子を人と思わない態度で、兵器としての役目を果たせと告げた。


 だが、エレノアの言葉を聞き終えた瞬間、サイラスの表情が変わった。


 怒りでも、憎しみでもない。

 もっと深い、もっと静かな感情。


 それは覚悟だった。

 

 サイラスは一歩、前へ出る。

 体から湧き出る黒霧は揺れず、暴れず、ただ彼の背中に影のように寄り添っている。

 

 勝手な動きではない。

 サイラス自身の意思で制御されている証だった。


 「エレノア」

 

 その呼び方は、母を呼ぶ声ではなかった。

 敵を呼ぶ声でもない。

 

 ただ、自分の人生を奪った相手に向ける、最後の呼びかけだった。

 

「ぼくは、あなたの言う『細胞』じゃない」

 

 エレノアの眉が動く。

 

「ぼくは兄弟の痛みを全部受け取ってきた」

「リディアの恐怖も、イーサンの絶望も、ギデオンの壊れていく心も……全部ぼくの中にある」

 

 サイラスの胸に手が当てられる。

 

「あなたは言ったね、細胞一個の生き死にって」

 

 そして首を横に振った。

 

「でもね、ぼくにとっては違うんだ」

 

 サイラスの声が震えた。

 

「リディアは、ぼくの大切な妹だった」

「イーサンは、泣き虫だけど優しい弟だった」

「ギデオンは、不器用だけど、誰より仲間思いだった」

 

 自分の中の兄弟を慈しむように言葉を紡ぐ。

 

「彼らは細胞なんかじゃない……ぼくの……家族だったんだ」

 

 左目から涙を流し、彼らを人として(いた)んでいた。


「あなたは、ぼくたちを兵器として作ったのかもしれない」

「でもね、ぼくたちは兵器じゃなかった」

 

 そしてサイラスは胸を張る。

 

「ぼくたちは!人間なんだ!」

 

 覚悟を宿した声で告げられた言葉は、ロビー全体を震わせるほどの重みを持っていた。


「だからぼくは人として、大切な人を守るために戦う……ぼくの中にいる兄弟と一緒に!」


 それは、サイラスという人間が、初めて自分の人生を選んだ瞬間だった——。

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