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釜は光で閉じられる

 サイラスの精神内から戻ってきた拓人と文翔(ふみあき)

 

 ロッドが胸を貫いたままの瀕死のサイラスを抱えながら、拓人は右手を振り上げた。


 

「大蔵ァ!機械がどこにあるか教えろ!」


 サイラスの記憶で見た、胸に埋め込まれている機械。

 あれを取り除かなければ、サイラスは永遠に組織の奴隷だ。


「ここです、四本目の肋骨、心臓の位置に有ります」


 文翔が、正確に指差す。


「少し痛ぇぞ!歯ァ喰いしばれ!」


 返事を待つ余裕などない。

 拓人は振り上げた手をサイラスの胸へ突き入れ、肋骨ごと機械を引きちぎり、アスファルトへ叩きつけた。


 サイラスが呻き声を上げて、大きく抉られた傷から出血が起こる。

 続けてロッドを引き抜き、胸に空いた二つの穴へ手のひらを添えた。


「活命掌!」


 黄金のチャクラが爆ぜ、サイラスの胸へ流れ込む。


「気合い入れろよ!サイラス!」


 致命傷と言ってもいい傷だ。

 ホンシアやアキラならともかく、俺の力量では回復が追い付かない。

 相手の気力が必要だった。

 必要なのは、サイラス自身の強い意思。


「ぼくは……どうすればいいのか……わからない」


 血を吐きながら、息も絶え絶えになっているサイラスは、弱々しい声で呟いた。


 文翔がその声に応える。


「サイラスさん、フォンリンさんは貴方(あなた)の為に身を隠したのです」

「自分がいる限り、サイラスさんは組織に囚われたままだと思い」

「自分がいなくなれば、貴方が自由になれると信じて」


 まるで本人から聞いたかのような確信に満ちた声。

 

「彼女はずっと、自分のことを責めていたのです」

「人殺しの自分が、サイラスさんに救われるのは相応しくない、それをケアする貴方の重しになっていると」

「だから、任務を口実に……自殺を計っていたみたいです」


 サイラスは、それを聞いて体を震わせた。

 触れている手のひらからそれが伝わってくる。

 

「彼女の心も限界だったのでしょう」


 俺が知り得なかった彼女の心。

 

「フォンリンさんにとって、貴方は救いの光だった」

「ならばせめて、自分という鎖から解放してあげたいと願っていた」


 サイラスが知り得なかった彼女の心。

 

「戦闘能力の無い貴方なら、自分がいなくなれば普通の生活を送らせてもらえるかもしれない」

「そのような希望を抱いたらしいです」


 それを文翔が教えてくれた。


「そんな……そんな馬鹿なことないよ!」


 サイラスが初めて声を荒げる。

 血混じりの激しい咳をしながら声を出し続けた。


「リンが鎖?リンが重し?」


 人を殺す時でさえ感情を表さなかった青年が、悲痛な表情で叫ぶ。


「ふざけないでよ……!なんでぼくのために……勝手に死のうとしてるんだ!」


 サイラスの中に、怒りと悲しみが渦巻いていた。

 強い感情に押し出されるように、右目から黒霧が溢れてくる。


「リンが!彼女だけが!ぼくの生きる理由だったのに!」


 黒霧が俺の魂を侵食しようとするのを、オーラで必死に守った。


「……なら、直接文句を言いにいこうぜ」


 額から汗が落ちる。

 少しでも気を乱したら、魂が持っていかれそうだった。


「なに勝手なことしてるんだって、お前が必要だったのにってよ」


 俺も怒っていた。

 彼女の独りよがりな自己犠牲に。


「ぼくがリンに……怒る?」


 サイラスが呆然とした顔で呟いた。

 そんなこと考えた事もなかったように。


「そうだ、優しいだけが家族じゃないだろ?」


 アキラだって、娘を叱ることもある。

 甘やかすだけが家族の繋がりじゃないことを見せてくれた。


「そのためには彼女を救って、お前も救われなきゃダメじゃねぇか」


 フォンリンはリンシアに救われた。

 ならサイラスは、弟子である俺の手で救うのが筋ってもんだ。

 

「もう一度言うぞ……気合い入れろや!サイラス!」


 サイラスの片目を真っ直ぐ見つめる。

 

 生きろと。

 やるべきことがあるだろうと。


「フォンリンに会って、寂しかったって言ってやれ!」


 俺の惚れた女の、覆面の下にある悲しみへ。

 それを癒せるのは、きっとサイラスしかいないのだろうから。


 

「そうだ……ぼくはさみしかった」


 右目から溢れていた黒霧が、すっと収まっていく。

 

「兄弟も……リンもいなくなって……ずっとさみしかったんだ」


 代わりに左目から流れたのは涙。

 ぼくが、長いこと自分に許さなかったもの。


 苦しんでいるみんなのために、自分だけは何があっても悲しんではいけないと思っていた。

 

 人を殺すという重責を背負った彼ら。

 それを支え、心を癒すことしか出来ない罪悪感が、常に纏わりついていた。

 

 笑顔で、優しく、何が起きても彼らの心を守る。

 それだけが生きる意味だった。

 

 だが、全てを失い、人として生きることすら諦めた。

 

 そんなぼくが、望みを持った。


 それは、大切な人に文句を言いたいというくだらない行為。

 とても人間らしく、ちっぽけで愚かな希望。


「リンを救って……文句を言う」


 タクトの記憶で、彼女がいまだにアメリカから縛られていることを知った。

 なら、彼らと共にCIAを潰しに行こう。


 その上で、会いに行く。

 

 ぼくのために、勝手に死のうとしたことを叱ろう。

 そして、そばにいてくれとお願いする。

 そんな布を外して、いつもの可愛らしい笑顔を見せて欲しいと。


「タクト、気合の入れ方……教えてくれないか?」


 片肺に穴が空いて、上手く呼吸が出来ない。

 血が流れてしまい、力も入らない。


 それでも生きると決めた。

 この世界で、彼女と一緒に。

 

「歯ぁ喰いしばって、魂を燃やせ!」


 なんとも抽象的な説明。

 だけど力が湧いてくる言葉だった。


「私の力で血液を戻し、一時的に穴を塞ぎます!」


 フミアキがぼくの体に触れ、その力で治療に加わってくれた。


 二人の手が温かくぼくを支える。

 目の前に広がるのは、眩しいほどに輝く黄金のオーラ。


 それはぼくを救う光だった。

 

「サイラスさん、呼吸を整えて!」

 

「はぁ……っ……はぁ……っ……!」

 

 肺が空気を吸い込み、胸が大きく膨らむ。

 

 黄金のチャクラが血管を走り、裂けた肉が再生し、砕けた骨が元の形へ戻っていく。

 死にかけていた細胞が、光に照らされて蘇っていくのを感じる。


 左目に力を込めた。

 その瞳は、これまでのような諦めの色ではなく、強い意志の光を宿す。

 

「タクト、フミアキ」


 弱々しい声ではない。

 確かな、力のある声。

 

「ぼく、生きるよ」

 

 胸の穴がゆっくりと閉じ始め、心臓は強い鼓動を見せた。


 「ぼくはもう、諦めない」

 

 そう呟いたのは、兵器でも、実験体でもない。

 強い覚悟を持った、青年だった——。

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