兵器は涙を流さない
サイラスの体から吹き出した黒い霧は、彼の周囲にいた職員の魂を容赦なく破壊した。
苦しみながら次々と倒れ込む人々。
それを目にした施設の警備員は、恐怖に駆られたようにサイラスへ向け、拳銃を乱射する。
だが、銃弾はすべて黒霧に触れた瞬間、弾かれて地面へ落ちる。
応援に来た警備員が何発撃ち込もうと、霧が全てを跳ね返し、呆然と立ち竦むサイラスに傷ひとつ付けられない。
そして、部屋に充満した黒霧は、その場にいた人間全員を確実に殺していった。
施設に警報が鳴り響き、非常事態として軍が派遣された。
しかし、部屋に侵入した兵士は糸の切れた人形のように崩れ落ちてしまうので、誰も手が出せない。
事態の収集を図るために、施設の爆撃も視野に入れられた時、エレノアが現れサイラスを気絶させ捕縛した。
「……成功したじゃないか」
屍の山を見渡した後、気絶したサイラスを見下ろすエレノア。
自身の卵子を使った計画の成果に、獰猛な笑みを向ける。
その瞳は、我が子を見るものではなかった。
「ちゃんと処置をして、コレをしっかり使いこなしな!」
エレノアは、残った職員に怒鳴りつける。
その後、すぐにサイラスは手術室に運ばれた。
能力のストッパーとして、いつでも気絶させられるように体へ機械を埋め込まれる。
その後、サイラスはアメリカの最強戦力、ソウル・ブレイカーとして、数々の戦場へ送られる事となったのだ。
「……あのババァ……許さねぇ」
一部始終を目にした拓人が、歯を食いしばりながら呟く。
フォンリンを縛り、サイラスを道具扱いし、他の子供たちを使い捨てにしたエレノアの行為は、人を人と思わぬ所業だった。
実体のない体で、力を込められないもどかしさを感じながらも、胸の奥で煮えたぎる怒りは収まらなかった。
「ぼくのために怒ってくれて、ありがとう」
何もない白い部屋に、クッキリとした輪郭を持ったサイラスが現れた。
「サイラス!今すぐ体を治してやるから待ってろ!」
叫ばずにはいられなかった。
彼の記憶を辿ったせいで、もう他人とは思えない。
自分と同じように両親を知らず生まれ、実験体として深く苦しみ、それでも誰より優しくあろうとした少年。
救いたい——心の底からそう思った。
「ぼくもきみたちの記憶を見たよ」
サイラスは柔らかく微笑む。
その声には、俺と文翔への親愛が伝わってきた。
「リンは生きているんだね……本当によかった」
その顔には心からの喜びが溢れていた。
「お願いだ、ぼくをこの幸せな気持ちのまま死なせてくれないか?」
サイラスから死を望む気持ちが伝わってくる。
そこにあるのは、兄弟の元へいきたいという願望だった。
「なに言ってやがる!このまま死ぬなんて駄目だろうが!」
怒鳴り声が勝手に出た。
抑えられなかった。
「俺はお前を救いたんだよ!」
サイラスの瞳が、わずかに揺れた。
驚きでも恐怖でもない。
そこにあるのは理解できないという戸惑い。
彼はずっと、自分は救われる価値のない存在だと思い込んでいた。
誰かに助けられる未来なんて、想像したこともなかった。
だから、俺の言葉は、彼の心にとって未知だった。
「……どうして?」
サイラスは小さく呟いた。
「ぼくはたくさん殺したよ。兄弟も、施設の人間も、国家の敵と言われた人たちも……」
「ぼくのせいで、みんな死んだんだよ?」
強がりでも、怒りでもない。
ただ、自分が生きていることへの罪悪感だけが、そこにあった。
俺は一歩踏み出す。
半透明の精神体でも、たとえ力が入らなくても、そこにある覚悟は揺るがない。
「……だからだよ」
伝えたいのは、アキラが俺にくれた許し。
「お前はずっと……誰かのために生きてきた」
人を壊し続けていた俺へくれた、あたたかさ。
「自分の痛みを全部飲み込んで、仲間の悲しみを背負って、壊れるまで我慢して……それでも優しかったじゃねぇか」
怒りでも、哀れみでもない。
「そんな奴を救わねぇで……誰を救うんだよ」
彼と笑って歩きたいという、真っ直ぐな想いだけがそこにあった。
サイラスの瞳が大きく揺れた。
その揺れは、これまで誰にも見せたことのない弱さだった。
「……ぼくは……救われていいの……?」
その問いは、ずっと誰にも言えなかった言葉。
拓人は迷わず答える。
「お前は救われるべきだ!誰が否定しても……俺がそう決めたんだよ!」
サイラスの肩が震えた。
涙は流れない。
けれど、その震えは彼の心が初めて助けを求めた証だった。
しかし、サイラスは、俺の言葉を聞いてもなお、どこか怯えたように視線を揺らしていた。
「……救われるべき、なんて……そんなこと、言われたの……初めてだよ」
その声は震えていた。
だが、その震えは喜びではなく、はっきりとした恐怖だった。
「ぼくは……怖いんだ」
「……何がだよ」
サイラスはそっと頭に手を当てる。
そこには、黒霧の源——彼の呪いが渦巻いていた。
「ぼくが生きていると、誰かが死ぬんだ」
その一言に、俺は息を呑んだ。
確かに黒霧の能力は自分で味わってよく知っている。
触れただけで魂を削り、痛みと絶望を与える、死の力。
「リディアが目の前で死んだ時、ぼくは、彼女の最後の感情を全部受け取った」
「彼女の魂は、怖いよ、痛いよ、助けてって言って……ぼくの中に全部入ってきた」
彼の声は、幼い子供のように震えていた。
「イーサンが燃えた時も……ギデオンが壊れた時も……ぼくは全部、感じたんだ」
「彼らの痛みも、恐怖も、絶望も……ぼくの中に、全部、全部……」
サイラスの空洞となった右目から、涙の代わりに黒い霧がわずかに漏れた。
「ぼくは、誰かの死を吸い込むたびに、強くなった」
「……強く?」
サイラスは静かに頷く。
「ぼくの力は、人の魂を糧にして強くなる」
リディアの、イーサンの、ギデオンの。
「兄弟が死ぬたびに、ぼくの中の力は強くなった」
彼らの死を目の前で見て、その魂を自分の中に入れていった。
「彼らの魂を吸って、ぼくの能力は開花したんだ」
その言葉は、呪いの告白だった。
「だからぼくは、みんなを殺したのと同じなんだよ」
サイラスは、穏やかに、しかし確実に壊れていた。
「ぼくが生きている限り、誰かが死ぬ」
「ぼくが強くなるたびに、さらに誰かが死ぬ」
「ぼくが存在するだけで、きっと世界が苦しむ」
サイラスの心にある風船が割れた時、彼は悟った。
これからは、自分が兄弟やフォンリンの代わりに人を殺し続けなければいけないことを。
彼らの生きた証として、殺人兵器となると。
そして、全てを諦めた。
優しくあることを、人であることを、誰かを救うことを。
「ぼくに順番が回ってきたんだ」
兄弟たちの役目。
「人を殺す兵器としての」
誰一人望んでいなかった使命。
「だからぼくは受け入れた」
決して望んでいなかった生き方。
「もし救ってくれるなら、このまま死なせて欲しい」
その役割に、彼の心はどうしようもないほど擦り切れてしまった。
「もう、終わらせてくれないか?」
それだけが、自分を救う道だと訴えていた。
その独白を受け、俺は拳を握りしめた。
胸の奥が、焼けるように痛い。
サイラスは、自分の存在そのものを罪だと思い込んでいた。
それこそが、彼の全てを諦めた理由。
「……駄目だ……許さねぇ」
こんなことが許されるはずない。
「お前には……まだやることがある」
アキラの生きる、この世界で。
「それをやってもらう」
光を知らずに死なせない。
「ぼくにはもう、人を殺すことしかできないよ」
サイラスは、諦めだけを瞳に映しながら力なく呟く。
「いや……ある」
さらに一歩、彼へ踏み込む。
俺の覚悟をそのままぶつけるように。
「俺らと一緒に……フォンリンを救え!」
絶望の中に、唯一残った希望がある。
「アメリカから彼女を救うぞ!サイラス!」
俺の魂から湧いた熱が空間を埋め尽くす。
「でも……ぼくには機械が埋め込まれてる、組織には逆らえない体だ」
俺の言葉に戸惑いながら、それでも確かに熱は伝わっている。
その証拠に、片目から零れていた黒霧が止まっていた。
「それはなんとかしてやる!起こせ!大蔵!」
「わかりました、現実に戻りますよ」
意識が白い空間の外に引っ張られる。
そして、俺はアメリカの夜の街へ戻ってきた。
その腕に、瀕死のサイラスを抱えたまま——。
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