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地獄の釜の蓋が開く時

 ネメシスと呼ばれる彼らが十二歳になった頃、遂に実戦投入が行われた。

 

 任務は要人暗殺。

 いつか訪れるであろう、人類の宿敵Terrorとの決戦に備え、実戦で戦闘スキルを磨くことが目的だった。

 

 子供の姿でありながら、単独で強大な戦力を持つ彼らは警戒されにくく、それぞれ目覚ましい結果を残す。

 サイラスのおかげで精神の安定も保つことが出来、SCPR計画は順調そのものに見えた。


 だが、最初の綻びは突然訪れる。

 仲間の中で、初めての死者が出たのだ。

 

 念動力を持ったリディアという名の少女が、任務中に能力を暴走させた。

 緊急回収されたが、脳内出血を起こし、彼らの目の前で息を引き取った。


 

「……手を使わずに、物を動かす能力というのは、脳にかなりの負荷が掛かるみたいです」


 文翔の声には、深い悲しみが滲んでいた。


「持っている魔力量が膨大か、魔眼のような特殊器官が無いと、脳の損傷が起こりやすいと聞きました」


 彼の母親は同じような事故で亡くなっていた。

 俺の中に、その時の記憶が流れて来て胸が苦しくなる。


 その痛みで、家族を失う悲しみを初めて知る。

 

 そして、サイラスも同じ苦しみを味わっていた。


 支え合って生きてきた兄弟を失う悲しみ。

 その喪失は、彼の優しい心にはあまりにも重すぎた。


 だが、彼は自分の悲しみよりも、他の兄弟やフォンリンのケアを優先させた。

 

 目の前で泣き崩れる仲間たち。

 泣きたいのは自分も同じだった。

 

 しかし、彼は誰よりも先に仲間の手を握り、背中をさすり、『ぼくがついている』と微笑んでいた。

 

 その優しさが、逆に胸を締め付ける。

 

 サイラスは、悲しみを誰にも見せなかった。

 仲間のケアのみが自身の役目だと自覚していたこと。

 何より、自分だけが戦場へ行けない負い目が、それを許してくれない。

 

「……あいつ、ずっと我慢してたんだな」

 

 思わず呟くと、文翔が静かに頷いた。

 

「ええ。彼は弱い自分を見せると、仲間が不安になると思っていたんです」

 

 サイラスの心は、仲間の痛みを吸い込み続ける風船のようだった。

 

 吸い込みすぎれば、いつか破裂する。

 それでも彼は、誰よりも優しく、誰よりも強くあろうとした。


 自分が皆を支えなければならないと、必死に気を張って。


 心が露わになっているせいか、俺は涙を抑え切れなかった。

 もし、自分が周りの大切な人を亡くしてしまったら、周囲へ同じように出来る気がしない。


 

 さらに、不幸は起こり続ける。

 

 次は発火能力を持った、イーサンという名の少年だった。

 

 ある時、任務で標的以外の人間を巻き込んで殺してしまったのだ。

 彼は任務後、自分を責め続けた。

 

 イーサンは本来かなり気の弱い少年だった。

 サイラスの後ろにいつも隠れ、彼がいなければ職員と口もきけないくらいに。

 

 だが、今まで国のためだからと教えられ、何よりサイラスのためと弱い心を押し殺して、暗殺という任務をこなしていた。

 しかし、全く関係ない人間を殺してしまったことにより、ただの殺人者としての自分を受け入れられなくなった。


 サイラスは彼を全力でケアし、上層部に任務を辞めさせるよう強く訴えた。

 しかし、組織はそれを認めなかった。

 そのことに絶望した彼は、サイラスの目の前で自身の能力を使い焼身自殺をしてしまう。


 『ごめんサイラス……でもこれでもう人を殺さなくて済む』


 それが、彼の最後の言葉だった。

 


 サイラスは、イーサンが最後に告げた言葉を誰にも伝えなかった。

 

 残った二人に言えるはずがない。

 もし、彼らも自己嫌悪に陥れば、同じ道を辿る可能性があったから。


 イーサンの真っ黒に炭化した身体を抱きしめた瞬間、それはボロボロと崩れ、部屋に黒いススが舞った。


 サイラスはそのススを吸い込みながら、心の風船をさらに膨らませていった。

 

 

「……誰か助けてやれよ!サイラスはもう限界だろうが!」


 叫ばずにはいられなかった。

 目の前で、子供が壊れていくのをただ見ているしかないなんて。


「残念ながらこれは過去の記憶です、今から変えることは出来ませんよ」


 文翔の声は静かだが、どこか苦しげだった。


「クソッ!こんな組織……ぶっ潰してやる……」


 子供が利用され、苦しんでいる姿。

 自分と重なるせいもあるが、アキラの子であるエレノアが、こんな非道を行っている事実が許せなかった。


「心苦しいですが、不幸はまだ続きます」

 

 文翔の言葉通り、三人目の犠牲者が出る。

 俺らはそれを見つめ続けるしかない。

 

 

 兄弟の自殺を止められなかったサイラスは、まともに眠れないほど精神的に追い詰められていた。

 それでも、彼は残った二人を常に気遣っていた。

 

 だが、肉体変化能力を持つ少年、ギデオンが限界を迎えた。


 肉体変化とは、遺伝子を無理矢理変化させることで人間以上の力を引き出す能力。

 しかし、繰り返される変化は遺伝子情報に深刻なダメージを与えていた。


 そしてついにギデオンの四肢は崩れ落ち、溶けてしまった。

 能力が制御不能となり、彼の体は人の形を保てなくなったのだ。

 

 治療カプセルの中。

 ギデオンは虚ろな目をしながら、ひたすらに『罰が下った』と呟き続け、衰弱し、死んでいった。

 その姿を毎日見続けたことで、サイラスの心は追い詰めてられていた。


 ネメシスと呼ばれる子供たちは、すでにサイラスとフォンリンのみとなってしまった。

 しかも、フォンリンは造られた能力者ではないし、サイラスは戦う能力が無い。

 この結果を見れば、ネメシス部隊は失敗だったといえよう。


 それを受けて、SCPRは方向転換を図る。

 強力な個を生み出すのではなく、量で強力な個を倒す方向へと。

 

 そして、ギデオンの遺伝子を使い、大量のクローンを生み出したのだ。


 彼らクローンは、ギデオンほど自由に身体変化能力を使えはしなかった。

 しかし、高い運動能力を持ち、戦闘に特化した形状へ肉体を変化させることが出来た。


 その能力の代償として、動物に近い生き物として生まれてしまう。

 彼らは総じて知能が低く、個体としての意識も薄い。

 単純な命令は聞けるが、一人では日常生活も困難なほどだった。


 成長剤の投与で強制的に体を造り、様々な非人道的な実験の末に生き残った彼らは、ハウンド部隊という名を与えられた。

 

 一般兵をはるかに超える能力を持つハウンド部隊は、優秀な成果を残し、SCPRは継続されることとなった。


 だが、サイラスはハウンド部隊を受け付けられなかった。

 ギデオンによく似た外見で、獣のように振る舞う彼らの存在は、自分の兄弟を侮辱しているように思えてしまう。

 

 しかし、彼らの訓練をするのはサイラスだった。

 言葉を使わずとも意思の疎通が出来てしまう彼は、知能の低いクローンを育てるのに適任だったからだ。

 

 彼らを犬のように躾ける日々は、サイラスの心に深い葛藤を刻み続けた。


 彼の心の風船は、暗い気持ちを溜め込み、破裂寸前となっていた。


 そんなサイラスにとって、唯一の救いはフォンリンだけだった。

 彼女は昔と変わらず彼を慕い、そばに居続けてくれた。


 二人でいる間だけは、『優しいサイラス』のままでいられた。

 彼女を失ったら、自分がこの世にいる理由が無くなる。

 フォンリンを支えることのみが、サイラスをギリギリの所で生かしていた。

 

 だが、研究所が次に目を付けたのは、チャクラを持つフォンリンの複製体だった。

 

 しかし、これはかなり難航した。

 チャクラは気の力。

 単純な遺伝子情報だけでは、能力の復元が出来なかった。

 

 計画が暗礁に乗り上げた頃、SCPRはチャクラに造詣の深い人物が中国にいるという情報を掴む。

 優秀なエージェントで、外見が中国人の特徴を持つフォンリンが、その人物を攫うために中国へ向かった。

 

 だが、その結果、フォンリンは消息不明となる。

 SCPRによって体内に埋め込まれた、彼女の生体反応が消えた時、組織は死亡判定を下した。


 それは、サイラスの存在理由が消失した瞬間だった。


 

 彼の心の中で膨らんでいた風船は、ついに破裂する。

 その中に詰まっていたのは、呪いそのもの。


 サイラスは、耐え切れないほどの激しい痛みを魂に感じていた。

 頭の中から溢れ出す痛みの元を逃すため、栓を抜くように自分で右目をくり抜いた。

 

 すると黒い霧が眼窩から吹き出し、周囲に広がっていく。

 部屋にいた研究者や職員が霧を吸い込むと、苦悶の表情を浮かべながら絶叫し、倒れていった。


 部屋の状況は、地獄の釜の蓋が開かれたような有様となる。

 

 そんな中で、サイラスは右目から血を流しながら、呆然と立ち尽くしていた——。

 

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