ソウル・ブレイカー
気配が薄く、殺気も見せないサイラス。
それに向き合うのは、彼を観察する文翔と、警棒を握りしめ殺気を充満させた拓人。
ソウル・ブレイカーと呼ばれる相手に、二人は最大限の警戒で、すでに攻撃の準備を整えていた。
「ジャパニーズソードじゃないんだ?」
俺の手に握られた白いロッドを見て、サイラスが軽く笑った。
「……生憎と、刃物は使ったことがないんでな」
そのやり取りに、逆に恐怖を覚える。
あまりにも緊張感がない。
だが余裕とも違う。
戦いという概念そのものが、彼の中に存在していないような静けさ。
それは今まで、一度も苦戦したことがないと言っているようだった。
最速で近づいて、一撃で倒す。
あの黒い霧を喰らわないためには、それしかない。
足を踏ん張り、チャクラを全身に巡らせる。
次の瞬間、地面が砕けるほどの勢いで突進した。
今の俺の全力は、鉄筋ビルを一撃で破壊できる。
そんな爆弾じみた攻撃を人体に向けるのは、正気の沙汰じゃない。
だが、サイラスの纏う空気が、俺の躊躇を消していた。
しかし、渾身の一撃は、サイラスの体に当たる前に弾かれる。
「ごめんね、ぼくのAbyss Mistは、どんな攻撃も効かないんだ」
薄く纏っているように見えた霧は、触れた瞬間、弾力を持った壁のような手応えを返してきた。
それは、力押しではどうにもならない、絶望的な鉄壁さだった。
サイラスの緩さ。
その正体がわかった。
戦闘機の爆撃にも匹敵するような攻撃を無効化出来るなら、どんな相手にも恐怖など感じない。
魂を抜き取るような防御を無視する攻撃が出来るなら、どんな相手も殺せる。
最強の盾と最強の鉾を持った存在。
まさに、世界一の国家が造り上げた無敵の兵器。
——倒す手段が思いつかねぇ。
「今度は、ぼくからいくね」
サイラスが囁くように呟くと、彼の背中に霧が集まり、黒い翼のような形を作り始める。
アッシュグレーの瞳は、青白い光を灯し、魔力の高まりを示していた。
「安藤君!黒い弾丸が来ます!全部避けて下さい!」
これから繰り出される攻撃を知っているかのように、文翔が即座に指示を飛ばす。
その声へ呼応するかのように、翼から黒い塊が連射された。
機関銃の弾を思わせる勢いで降り注がれる塊は、弾幕となって二人へ襲い掛かる。
俺はそれを全力で回避し続けながら、文翔へ声を掛けた。
「大蔵!大丈夫か!」
余所見をする余裕は無い。
弾速よりも早い攻撃は、躱すだけで手一杯だ。
「私のことは気にしないで!それよりも彼の隙を見つけて下さい!彼は戦いの素人です!」
頼りになる。
素直にそう思った。
文翔とは会ったばかりだったが、さっきから背中を預けるに値する働きをしてくれていた。
俺は、飛んで来る黒弾をロッドで撃ち落とし、サイラスの攻撃を観察する。
威力は、防弾仕様らしきSUVを一瞬でスクラップにするほどあり、おまけに弾切れの気配は無い。
よく見ると、鳥の羽みたいな形をしていて、一度に数十枚が発射されている。
体に掠っただけで、魂を直接殴られたような激痛が走り、思わず動きを止めてしまいそうになった。
きっとまともに喰らったら、そのまま魂が破壊されてしまうのだろう。
だが、フェイントを掛けながら必死に避けていると、そこに何らかの規則性が見えてきた。
ひとつは、攻撃の継ぎ目があること。
おそらくはサイラスの呼吸に合わせて射出されている。
もうひとつは、攻撃すると黒霧が薄くなること。
サイラスの背中に生えている黒い翼が、射出直後だけ一瞬消えていた。
「カウンターでいけるかもしれねぇ……」
文翔の近くに寄り、短く呟く。
「ならば攻撃は胸を狙って下さい、呼吸が止まれば魔力も止められるはずです」
ただ近づいただけだと、サイラスから噴き出す黒霧で魂が侵食される。
霧が薄くなった瞬間に、攻撃を当てなければならない。
「もし、攻撃を当てられたら、あとは私がなんとかします」
文翔の周囲には、羽の弾丸を防ぐように円形のバリアが張られていた。
しかし、攻撃を喰らう度に、その顔には疲労の色が濃くなっていく。
おそらく耐え続けることは無理だろう。
「……任せたぜ」
サイラスを観察し、呼吸を盗む。
武術の基本だ。
ホンシアの下で修行に明け暮れた日々で、俺は数えきれないほどの技術を叩き込まれた。
その中でも、呼吸の大切さは身に染みている。
呼吸ひとつで、相手の強さがわかるくらいに。
サイラスは、戦闘訓練を受けていない。
文翔が言った通り、彼自身の戦闘力は素人と大差ないのだろう。
鍛えることを必要としないほどの能力を持っているせいかもしれない。
だから、呼吸が簡単に盗める。
俺は自然体で、ゆっくりとサイラスに近付いていく。
呼吸を読み、攻撃の間を抜く動き。
先ほどのような力任せではなく、ホンシアたちから教わった幻惑の歩法を使い、相手の視界と感覚を乱しながら黒弾を躱していく。
羽の弾丸は、速度や威力共に申し分ない。
だが、単調だ。
なにより魂を狙っているせいか、比較的頭に攻撃が集中していた。
一歩、また一歩と間合いを詰めていく。
「ニンジャ?」
サイラスが、不思議そうに呟いた声が聞こえるくらいにまで迫っていた。
頭にオーラを集中し、彼の周囲に散らばる黒霧の侵食を防ぐ。
俺の攻撃範囲に入っても、サイラスは警戒をしない。
黒霧の絶対防御に、よほど自信があるのだろう。
さっきの一撃でわかった。
どんな威力でも弾き返す、理不尽なまでの防御力。
だけど、彼は息をして、服を着て、アクセサリーを首から掛けている。
車に乗り、地面を歩き、ここまで来た。
つまり、全ての物を弾いているわけではない。
しかも、彼の反応は素人だ。
危害が及ぶような攻撃だけを、自動的に弾いているのだろう。
サイラスが息を吸って——吐く。
俺の目の前に、数十枚の黒羽が現れた。
すでに躱せる距離ではない。
だが、周囲に漂う黒霧が薄くなった瞬間、そこへ一歩踏み込んだ。
そして俺は、握手を求めるように柔らかくロッドを前に出し、サイラスの胸にそっと当てる。
「What?」
羽が射出される直前、キョトンとした彼の顔が目の前にあった。
次の瞬間、右肺めがけて服ごとロッドを押し込む。
俺の馬鹿力により、白い棒はサイラスの体に埋まり、そのまま先端が背中へ抜けた。
空中に生成された黒羽が霧散し、周囲の冷気もふっと消える。
サイラスは、信じられないものを見るように目を見開き、胸元に刺さるロットを見つめていた。
そして、自分に何が起きたのか理解できないように、不安げな瞳でこちらへ視線を上げた。
散歩中に、突然暴漢に刺された。
そんな理不尽な驚きがその顔には浮かんでいる。
最初から、彼の瞳は戦士の覚悟を宿していなかった。
ただ、命令されたからここにいるだけ。
戦場において、致命的なほどの受け身な姿勢は、思考の放棄ともいえた。
サイラスが口から血を吐き、地面へ崩れ落ちる。
俺は、とっさにそれを支えて叫んだ。
「大蔵ぁ!どうする!?」
覚悟の無い相手を殺したくはない。
だが、回復させたらこっちが殺されし、能力を考えた拘束も意味が無い。
このままでは見殺しにするしかない状況で、俺は文翔を頼った。
「任せて下さい、魂を介して直接説得します」
駆け寄ってきた文翔が、サイラスの額に手を当てる。
「彼の頭に入ります、手伝ってくれますか?」
そう言って、俺に向かって手を伸ばし、真剣な表情でこちらを見据える。
説得に失敗すれば、サイラスを殺すしかないだろう。
文翔の口ぶりだと、こいつもフォンリンと同じ実験体。
つまり俺と同じような境遇だった。
ならば何としても救いたいと思った。
「ああ……やってやる、どうすればいい?」
「私の手に頭を付けて下さい」
伸ばされた手のひらへ、汗にまみれた頭を付ける。
「ではいきます……彼を救いましょう」
こうして俺らはサイラスの中へ入っていた。
そのことが、俺にとって予想だにもしない不幸を産むことになると、知らずに——。




