二度目の謝罪は、笑顔と共に告げられた
部屋の中には、静かな圧力が満ちていた。
この場には屋敷の主たる、エレノア・ブラックウッド。
その背後には、長年仕えてきたであろう執事が控えている。
さらに、彼女を守護するように四人のボディーガードらしき黒服が、向かい合う拓人と文翔を見据えていた。
通された応接間は広大で、天井も高い。
だが、その広さに反して、誰も深く呼吸をしていなかった。
空調の音すら、彼女の前では遠慮しているように感じられる。
エレノアの外見は、上品な老婦人そのものだった。
アプリコットオレンジの髪は、クラシックなショートスタイル。
前髪とサイドに柔らかなウェーブが残され、その色彩は年齢を超えて存在感を放っている。
皺に囲まれたサファイアブルーの瞳は大きく、しかし感情を見せない冷静な光を宿していた。
細く弓なりに整えられた眉が、その視線の鋭さをさらに強調する。
頬骨は高く、顎は引き締まり、鼻筋は通っている。
その顔立ちは、若い頃の美貌を思わせつつ、今では威厳へと昇華していた。
黒のテーラードジャケットは完璧に仕立てられ、肩のラインは一切の緩みがない。
インナーも黒で統一され、色彩の主張はほぼ皆無。
首元には一連のパールネックレス。
その白さが、彼女の冷たい肌と対比され、冷徹さを強調する。
耳には同じくパールのイヤリング。
小ぶりながら、彼女の顔の輪郭を際立たせる配置。
手元には金のブレスレット。
装飾というより、権力の象徴としてそこにあるように見えた。
老女でありながら、背筋は完全に伸びている。
椅子に深く腰掛けながらも、緊張感が一切途切れない。
組まれた指は机の上で静止し、その手がわずかに動くだけで、この場の空気が変わることを誰もが理解していた。
彼女が座る黒革のハイバックチェアは、まるで玉座のように空間を支配している。
背景は重厚な木製パネル。
そのすべてが、エレノア・ブラックウッドという存在を引き立てるためだけに設計された部屋だと感じられた。
「……それで、日本の小僧がアタイになんのようだい?」
エレノアがゆっくりと口を開いた。
日本語で告げられた声は低く、荒々しい。
上品な外見に似合わず、まるで裏社会の大物のような口ぶりだ。
その声音には、自分に逆らう者など存在しないという確信が滲んでいた。
冷たいサファイアブルーの瞳は、こちらを見通すように観察している。
俺は、どう切り出すべきか迷った。
見合いに来たと言っていいのか、CIAを潰す話をとりあえずするべきか。
そもそも、こんなばあちゃんが見合い相手となるとは思っていなかった。
そりゃ、アキラの娘はみんな年上だということは理解している。
だけど、みんな揃って外見が若い。
少なくとも結婚相手として見られるくらいに。
だからきっとエレノアも若い姿なんだろうなと勝手に思い込んでいた。
あまりにも意表を突かれ、動揺が隠せなかった。
「初めましてミスブラックウッド、日本語での会話、ありがとうございます」
文翔が、爽やかな笑みをみせながら礼を述べる。
こいつはどうやら欠片も動揺してないようだ。
「実は、貴女の御父様から御紹介を頂きまして、本日ここへ参った次第です」
緊張感を見せず、目上相手へ流れるように話す姿は、とても俺と同年代とは思えなかった。
「小僧……アルの名を出す意味が分かっているのかい?」
室温が急激に下がったように感じた。
説明しようかと口を開こうとしたが、言葉が上手く出てこない。
緊張とはまた違う、圧そのものを感じていた。
「貴女の御父様は、現在……日本で一条アキラという名で暮らしております」
俺ですら怯むようなこの状況下で、文翔は言葉を続ける。
真面目そうな見た目をしてるが大した奴だ。
どうやら抱いている覚悟は本物らしい。
「Daddyが復活したのかい!?そりゃあgood newsだね!」
エレノアの固く結ばれていた口元が笑みを見せた。
どうやらアキラの娘って話は本当だったらしい。
「悪かったね、アルの名を出したから警戒していたけれど、本当にDaddyの使いなら大歓迎だよ!」
部屋の空気が急に弛緩した。
そのことで、思わず息を吐いてしまう。
「こちらこそ、アポイントメントも取らず失礼致しました、なにしろ今日会って来いと言われたもので」
文翔は、申し訳なさそうに謝罪を口にする。
「Daddyらしいね、それをわざわざ伝えに来てくれたのかい?」
先ほどとは見違えるほど上機嫌になったエレノア。
これなら話を切り出しても構わないだろう。
「いや……俺はふたつほど用事があってここに来たんだ」
「言ってみな、最高の気分だ。今ならなんでも叶えてやるよ」
嬉しそうに笑うエレノアへ、当初の目的を口にする。
「実は……CIAって組織を潰しにきたんだがよ」
それを告げた瞬間、四つの銃口が俺と文翔を狙う。
黒服のボディーガードたちが、一瞬でホルスターから拳銃を抜いたのだ。
その時俺が思ったのは、よくこいつら日本語わかったなってことくらい。
耳にイヤホン付けてるから、同時翻訳でもされていたのかもしれない。
今まで銃で撃たれたことはあるし、さして脅威は感じていなかった。
この四人はおそらく軍隊上がりで強いだろうけど、あくまで人の範疇だ。
俺の今いる世界とは違う。
見合いの話より先に切り出したのは、こっちの方が優先事項だからだ。
このばあさんに結婚を申し込んでも、子供は作れないだろ。
それではアキラとの約束が守れない。
なら、フォンリンと子供を作った方が、アキラの役に立てるはずだ。
「小僧……なんでもってのには、我が子を殺すことは入ってないんだよ……」
先ほどよりも強い威圧が襲いかかる。
呼吸が浅くなり、上手く気が練れない。
思考が鈍り、声が出しづらくなっていた。
ただの殺気ではない。
テラの気配を知っている俺なら、ホンシアの殺気ですら耐えられる。
おそらく特殊な能力だろう。
今、プロの腕で同時に撃たれたらヤバいかもしれない。
それを考え、背中に冷たい汗が流れる。
「CIAを潰すってのはな……アメリカを殺すってことだ」
視線が、先ほどとは比べ物にならないほどの冷たさを宿していた。
「アタイが育てたステイツを……殺せるモノならやってみな!」
連続する発射音。
咄嗟に立ち上がり、腰から特殊警棒を抜いてはじき返そうとするが、手元が震えて動きが鈍くなっていた。
まずい——喰らう。
そう思った瞬間、目の前で銃弾が静止していた。
どこかでみた映画のワンシーンのように。
「連れが失礼なことを申しました、代わりに謝罪致します」
文翔がゆっくりと立ち上がる。
自分に撃ち込まれた銃弾を受け止めるように、片手を前に広げて、爽やかに再び謝罪を告げていた——。




