Eleanor Blackwood(エレノア ブラックウッド)
時差ってのは不思議なもんだ。
同じ地球に住んでるのに、場所が違うだけで“今”の時間が違うなんて、どうにもピンとこない。
二十時に出発して、十二時間も飛行機で移動したのに、到着したらまた同じ日の二十時になってるんだから。
なんだか騙されてるような気分だ。
「それで……場所はわかるか?」
空港で手ぶらのまま周囲を見渡し、拓人は隣にいる男へ話しかける。
ここはワシントンDC。
さっき、ロサンゼルスで飛行機を乗り換えて、ようやく辿り着いた。
「地下鉄でも行けるようですが、タクシーの方が早いみたいですね」
男は、時差ボケのだるさを見せず、爽やかに笑う。
「……ちなみに、俺は片言なら英語でも話せるが、お前はどうだ?」
コミュ力高そうだなと思いながら聞いてみた。
「日常会話くらいなら問題ありませんよ」
眼鏡の奥で、なぜか少し眩し気に目を細めながらこちらを見る。
「んじゃ……乗り込むか」
「それではUberで配車して貰いましょう」
テキパキと段取りを進める隣の男。
名前は大蔵文翔。
俺と一緒にアキラの娘とお見合いをするために、ここへ来ていた。
昼間、俺が口にした『CIAをぶっ潰す』という言葉を受けて、アキラは何かを思い出すように視線を上げた。
「アメリカ政府を敵に回すなら、エレンちゃんと会っておいた方がいいかもね」
止めるでもなく、無謀だとも言わず、初めて聞く人物の名を告げた。
「……エレンって誰だ?」
「アメリカに住む僕の娘だよ、丁度いいや、お見合いも兼ねて今から行ってくる?」
気軽な感じで二度目の海外旅行を勧められると、そのまま誰かに連絡を取り始めた。
「一緒に行って欲しい人がいるんだけど、今からチケット取るから、夜には二人でアメリカに向かってね」
こうして、話はどんどん進んでいき、気付けば空港にいたってわけだ。
展開が早すぎて何も準備してないし、仕事が終わった足でそのまま来たからジャージにスカジャンのままだった。
一応、アマテには御飯いらないって連絡入れておいたから大丈夫だと思うけど、帰るのが何日後かはわからない。
もし長引くようなら、ホンシアとマリアにも連絡入れようと思った。
タクシーに乗り込むと、窓の外には見慣れない街並みが流れていく。
ワシントンD.C.の夜は、東京とは違う静けさがあった。
街灯の光が低く、建物の影がやけに濃い。
「……アメリカって、なんか空気が重いな」
思わず漏らすと、隣の文翔が淡々と答える。
「日本とは基本的に危険度が違います」
「それにここは政治の中心ですからね、権力の匂いが濃い街です」
そんなこと言われても、俺にはよくわからない。
危険度はともかく、政治のことなんてこれっぽっちも考えたことなかった。
この妙に冷静な男、大蔵文翔とは、機内でもあまり会話をしていない。
軽い自己紹介をした後、パソコン使ってなにやら忙しそうにしていたから、声を掛けるのも悪いと気をつかった。
仕方がないから映画を見たり、寝て過ごしていた。
空港で初めて会った時、真面目そうな奴だと思った。
小綺麗な格好をしていて爽やかに笑う姿は、俺の周りにいないタイプだった。
あんまり話が合いそうにないというのが第一印象。
おそらく向こうもそう思っているだろう。
タクシーがホワイトハウスの近くを通り過ぎる。
ライトアップされた建物が、夜空に浮かぶように見えた。
「……で、エレンの家ってどんなとこなんだ?」
「歴史ある大豪邸だそうですよ。アメリカの支配者層の家系です」
「支配者……?」
「ええ。政治、軍事、金融……あらゆる分野に影響力を持つ一族です」
文翔はさらりと言うが、想像も付かない。
だが、アキラの娘だから、きっとまた一癖も二癖もあるんだろうなとは覚悟していた。
タクシーは街の中心部を離れ、緑の多い高級住宅街へ入っていく。
街灯が少なくなり、代わりに巨大な屋敷の影が次々と現れてきた。
「……なんか、映画で見たことあるような家ばっかだな」
「ここは本物ですからね」
文翔の言葉に、妙な説得力があった。
やがて、タクシーがゆっくりと減速する。
目の前に現れたのは、城と見間違えるほど巨大な屋敷だった。
白い石造りの外壁。
何本もの柱が並ぶ玄関。
広大な芝生の庭には噴水があり、その奥には黒塗りの車が数台、静かに停まっている。
門には紋章が刻まれていた。
剣と盾、そして太陽。
「ここが、彼女の家です」
文翔が静かに告げる。
俺は思わず息を呑んだ。
「……エレンってどんな家に住んでんだよ……」
「私も調べて驚きました」
タクシーが門の前で停まり、黒服の警備員がこちらへ歩いてくる。
緊張と、恐怖が入り混じったような感覚。
場合によってはアメリカと戦う覚悟を固めて来た。
そしてアキラの娘、エレン。
彼女は、この巨大な国の中心で生きているらしい。
つまり、敵に回る可能性が高かった。
黒服の警備員が二人こちらへ向かってくる。
明らかに戦闘能力に長けた、無駄のない動きだ。
背が高く、肩幅が広い。
サングラス越しでも、視線の鋭さが伝わる。
「……なんか、映画のSPみたいだな」
思わず呟くと、文翔が小声で返す。
「映画の元ネタがこれですよ」
さっきも思ったけど、どうしてもフィクションっぽく感じてしまう。
警備員の一人が窓をノックした。
文翔が落ち着いた動作で窓を開ける。
「Name and purpose」
低く、よく通る声で名前と目的を端的に求められた。
俺は聞きなれない英語に一瞬たじろぐが、文翔は微動だにしない。
「Please let her know that this is an introduction from AL」
文翔の発音がやたら綺麗で、心の中で感心した。
警備員は無表情のまま、スマホを操作する。
数分後、画面を確認してわずかに顎を引いた。
「Confirmed. Follow the path」
どうやら許可が下りたらしい。
正面の門がゆっくりと開く。
重厚な鉄の軋む音が、胸の奥に響いた。
「……お前、覚悟は出来てるか?」
「もちろんですよ、その為に来ました」
黒服に誘導されて、タクシーは敷地内へ進んでいった。
敷地に入ると、まず庭の広さに圧倒される。
芝生は絨毯のように整えられ、中央には巨大な噴水がライトアップされていた。
「……ここ、テーマパークか?」
「個人宅です」
文翔の即答が逆に怖い。
玄関前に着くと、大理石の階段が広がり、その上に巨大な両開きの扉がそびえていた。
扉の上には、門と同じ剣と盾と太陽の紋章。
タクシーを降りると、今度は執事らしき白髪の老人が待ち構えていて、静かに一礼した。
「Welcome to the Blackwood Estate」
声は穏やかだが、背筋は軍人のように伸びている。
屋敷の中へ案内されると、拓人は思わず息を呑んだ。
天井は高く、シャンデリアが星のように輝いている。
壁には歴代の人物の肖像画が並び、どれもただ者ではない雰囲気を放っていた。
赤い絨毯は足音を吸い込み、廊下の奥には複数の扉が規則正しく並んでいる。
「……なんか、土足で歩くのが勿体無いな」
「裸足の方が怒られますよ」
文翔の言葉に、拓人は苦笑するしかなかった。
こいつの感情が見えない。
緊張感とか無いのだろうか。
さらに奥へ進むと、巨大なホールに出た。
壁一面の本棚。
中央には大きな暖炉。
その上には、アメリカの歴史を象徴するような絵画。
そして、まるで王宮のように二股へ分かれた階段の踊り場に、ひとりの女性が佇んでいた。
こちらを見下ろす鋭い視線。
燃えるようなオレンジ色のショートヘアー。
立っているだけでこちらを威圧する存在感。
そして、八十歳を超えるだろう、深い皺が刻まれた老女の姿。
彼女こそ、|Eleanor Blackwood、俺らの見合い相手だった——。




