東京ドームシティへ行こう!
大和幸江は、リビングで紅茶を飲みながら雪乃の言葉を思い出していた。
『アキラの子を孕みたい』
覚悟と共にどこか焦りを帯びていた瞳。
きっと、アキラの計画に役立てることが出来ず、焦燥感にでも駆られたのだろう。
いちいち行動が遅い。
早く動かないから自分の母親にも先を越される。
私たちへ宣言などしてる間にさっさと行えば良いのだ。
だが、おそらく義理を果たしたかったのだろう。
真っ直ぐな彼女らしい。
しかし、一刻も早く彼の望みを叶えてることが、なによりも大事だという意識を持って欲しい。
人類の使命はアキラの呪いを解くことにあるのだから。
とはいえ、私も悠長なことは言っていられなくなった。
優先順位を繰り上げなければならない。
アキラから呪いの説明を受けた日、最強を目指すよりも大切なことがあると知った。
一刻も早く神を開放しなければならない。
今は、やらなければならないことが多々ある。
アマテラスのことがひと段落したので、次の目的は施設の設立と大蔵文翔の議員当選。
それを最優先にして欲しいと求められたのだ。
神の仰ることに異存など無い。
ただ粛々と受け賜わるだけ。
自身の得意な分野で存分に力が発揮できるのだ。
蕚と連携を密に取り、最短ルートで事を成すつもりだった。
アキラから直接頼られたことに、心が浮き立っているのを感じていた。
アマテラスのマンションで過ごした二ヵ月間。
思いもよらない共同生活を送った。
西園寺蕚、そして紫星雪乃。
彼女達との生活は、私にとって少しだけ楽しさを覚えるものだった。
もちろん、アキラとの暮らしとは比べようもない。
だが、同じ目的を持つ、同世代の女子と試行錯誤を繰り返した日々は、私の心を刺激した。
大和の中では、自身と比例するほど優秀な存在がいなかったため、張り合うという行為がなかったのだ。
心を許そうとは思わないが、それでも絆といえるものは確かに紡がれていた。
互いに切磋琢磨し、高みを目指そうと思えるくらいには。
とはいえ、最も彼の役に立つという位置を譲る気はないが。
それに、今回の事で時間の制限も取り払われた。
アマテラスの助けを借りれば、肉体的な衰えを懸念する必要が無くなったからだ。
おかげでいくらでも時間を掛けて最強を目指せることとなった。
そのことで、ずいぶんと気が楽になっていた。
穏やかに紅茶を楽しむ余裕が生まれるくらいに。
きっと今頃、雪乃はアキラへメッセージを送る事に苦悶している頃だろう。
私たちの中で一番手が空いているのだから、愚図愚図せずに早く彼の子を産んで役に立てば良いものを。
デートなどと悠長なことを抜かしてないで、一分一秒を惜しむ気持ちを持てと言いたい。
以前にくらべれば多少心根が強くなったとはいえ、あんな乙女のような心持ちでは不十分だ。
もっと己を律し、アキラを支えていく自覚というものを教えなければ——
「さっちゃん、明日学校休んでデートいかない?」
「謹んでお受けいたしますぅ!」
神とデートする栄誉を受け賜わりました。
生きていて本当に良かったです。
一条アキラと出会い、彼を神と崇め今まで。
不敬と思いながら、何十万回も夢想していたデート。
それが、今日ここに成されることとなる。
あの後すぐに、美容院とエステと滝行へ行き、心身ともに整えた。
寝不足などあってはならないが、興奮で眠れるはずもない。
そのため、ニクス様にお願いして、魔法で気絶させて頂いた。
服選びなど愚かなことはしない。
万が一の為にと、毎年毎シーズン、取って置きを誂えていたからだ。
お披露目する機会など無いと思っていた。
夢想するだけで十分だった。
その無駄になるはずだった服へ袖を通し、三時間前に約束の場所で彼を待つ。
時間が止まって欲しいと願いながら。
彼が来てしまったら。
デートが始まってしまえば。
それを味わう余裕などないだろう。
おそらく今が一番幸せな時間だ。
彼を待つ至福の時を、存分に心へ焼き付けて置きたい。
彼がこちらに向かって来るのが見えた。
幸福な時間は終わりを告げる。
きっとここからは、心を崩さないようにするので精一杯になるだろう。
「さっちゃん、待った?」
「いえ、少しも」
本当のことだ。
あっという間に時間が流れてしまった。
もっと待っていたかった。
何十年でも、何百年であろうとも。
彼が迎えに来てくれるなら、私はいつまでも幸せに包まれたまま、待てるのだから。
「じゃあ、行こっか」
差し出された手が、私の手を迎え入れる。
そのあたたかさを、生涯忘れない。
都内にある遊園地でのデート。
私が望んだ場所。
楽しむ余裕なんて欠片もない。
ただ、彼には少しでも楽しんで貰いたかった。
だから、施設の遊具へ頼ることにした。
「遊園地なんて久しぶりだよ、何十年前だったかな?」
観覧車の中で、彼が景色を眺めて言った。
「以前はどちらに行かれたのですか?」
狭い個室に彼と横並びで座る。
いつ心臓が止まっても不思議ではなかった。
「花やしきってところ、テラが行きたがってさ」
全力で霊気を操作し、血流を留めていた。
「まあ、それは大変でしたでしょう」
少しでも気を抜けば鼻血が零れてしまうだろう。
「うん、結局施設が半壊する騒ぎになった」
彼の隣でそんな無作法は許されない。
「ふふ、テラ様らしいですわ」
脳を必死で働かせる。
会話に不自然さが出ないように。
「そうだ、さっちゃんにプレゼントがあるんだけど、人前では渡せないからどこかいい所あるかな?」
こんなこともあろうかと、あらゆる事態を想定して事前に全て押さえてある。
「ならば、帝国ホテルを取ってありますので、そこはいかがですか?」
もちろんロイヤルスイートだ。
彼に相応しい場所でなければならない。
「いいね、それじゃこの後にでも行こうか」
きっと、先日のアマテラスの一件でおっしゃった褒賞だろう。
すでに十分すぎる褒美を頂いていたのに。
あの夜、見せて頂いた星空。
奇跡としかいえない流星群。
人生で最も美しい景色だった。
「でも、プレゼントなど気を使われなくても……」
神に対する過度の遠慮は不敬。
それでも頂き過ぎるのも不遜だと思った。
「さっちゃんには色々世話になってるし、マリちゃんとも仲良くしてくれてるからね」
勿体なき御言葉。
思わず涙が零れそうになるが、それを霊力の熱で蒸発させる。
彼の心を煩わせない。
その一念で習得した技だ。
一緒に暮らし始めて、アキラのなすこと全てに感動してしまい、涙の涸れる間がなかった。
『さっちゃん、どうしたの?』
私を気に掛ける彼の言葉。
それを初日で三度も掛けさせた。
許されざる行為。
神の憂いを引き起こす暴挙。
それを封じる為に、涙を焼くことにしたのだ。
最初は涙腺を焼いたのだが、すぐに目が見えなくなったのでニクス様に治して頂いた。
涙も、焼き加減を間違えれば失明する。
事実、何度も失敗し、それもニクス様に治して頂いた。
私の行為に呆れたニクス様から助力を頂き、この涙を蒸発させる為だけの術を完成させたのだ。
「マリア様は大変博識でいらっしゃって、私、お会いするのが毎回楽しみですの」
聖女マリア、アキラの娘。
彼女は、ほとんど毎週ウチへ遊びに来る。
そのたびに、アキラの膝に頭を乗せて幸せそうな姿を見せていた。
それを羨ましくも思っていたが、なにより彼女の話が素晴らしかった。
彼が過去に成した偉業と尊い行い。
つまり、神の軌跡を説いて頂けたのだ。
ニクス様よりお聞きした話と合わせると、さらにアキラの過去を補完出来た。
なにより、神に対する信心深さは私をも超えるほど。
マリア様は、彼の為だけに世界の宗教を掌握していたのだ。
それは私が成し得たかった理想の姿。
まさか、自分がアキラに対する信仰で後れを取るなど思ってもみなかった。
それ以来、私はマリア様を師と崇めている。
彼女も私の信仰の深さを認めてくれて、良い関係が出来ていた。
そして、新しく作る宗教にも助力をさせて頂いている。
「あ、もうすぐ地上に着くね、次はなに乗ろっか?」
嬉しそうに笑うアキラ。
その微笑みは万物を照らす。
彼と手を繋ぎ、横を歩ける幸せ。
望んでいた未来が、確かにこの手にあった——。




