二度目のデートは映画館
待ちに待った週末。
伝えていた駅前のベンチに腰を下ろし、落ち着かない指先を何度も組み替えていた。
胸の奥は熱いのに、手足だけが妙に冷たい。
呼吸も浅く、鼓動ばかりがやけに大きく聞こえる。
落ち着け、私なら大丈夫だ。
そう言い聞かせながら、視線がスマホの画面へ吸い寄せられる。
遅刻やキャンセルなどの通知は来ていない。
それでも確認せずにはいられなかった。
学校ではいつも会っているはずなのに、デートという意識が身体の動きをぎこちなくさせていた。
スカートの裾を触り、髪をまた整え直す。
鏡を見てもいないのに、何度も。
自分で選んだ服なのに、急に自信がなくなる。
上着のボタンを指でつまんでいると、不意に背後から声がした。
「雪乃、お待たせ」
「っ……!」
肩が跳ねた。
振り返る動作すらぎこちない。
そこには、いつもと変わらない柔らかな笑顔のアキラが立っていた。
ただそれだけで、胸がぎゅっと締め付けられる。
「い、いや……今来たところだ……」
嘘だ。
三十分前からいる。
でも、そう言うしかなかった。
アキラはそんな私の嘘を見抜いているのかわからないまま、ただ優しく笑った。
「そっか、じゃあ行こうか」
「……あ、ああ」
歩き出した彼の横に並ぼうとして、歩幅が合わずに少しつまずく。
アキラが自然と私の手を取り、そのまま握ってくれた。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫……!」
声が裏返り、恥ずかしさで顔が熱くなっていた。
それでも、アキラは笑ってくれた。
その笑顔に、胸の奥まで熱くなる。
まさかここまで緊張するとは。
自分でも驚くほど、ぎこちない。
それほどまでに、この日に全てを懸けていた。
今日、私は妊娠する。
覚悟はあっても、戦いとは違う緊張が体を包んでいた。
手を繋ぎながらアキラと並んで歩き出したものの、胸の鼓動がうるさくて、自分の足音すら聞こえない。
このように彼と歩いたのは、夏に水族館でデートした時以来だ。
あれから三ヶ月ほどで、身体も心も、魂の有り様まで大きく変わってしまった。
なにより、アキラに対する思いの深さも。
「雪乃、今日寒くない?」
「えっ……あ、う、うむ……いや、ちがう……その……」
言葉が喉で絡まり、何を言いたかったのか自分でもわからなくなる。
それを受けて、アキラが首を傾げ優しく笑う。
「どっち?」
「ど、どっち……?」
返しが返しになっていない。
自分でもわかるほど、会話が噛み合っていない。
落ち着け!お前は紫星の女だろうが!
そう心の中で唱えるが、逆に焦りが増すばかりだった。
「雪乃、緊張してる?」
「っ……! し、してない……つもり……だ……」
している。
誰がどう見てもしている。
彼に悟られたくはないが、誤魔化しようもなかった。
アキラが立ち止まり、空いている手で私の頭を撫でる。
「なんか今日の雪乃、可愛いね」
「かっ……!」
その瞬間、頭の中が真っ白になった。
すぐに言葉が出ない。
ただ、顔だけが熱を持っていく。
「そ、そう……か?」
やっと絞り出した声は、蚊の鳴くような小ささだった。
アキラは気にする様子もなく、優しく歩幅を合わせてくれる。
「映画館、こっちで合ってる?」
「えっ……あ……うん……たぶん……」
「たぶん?」
「……すまない、場所を忘れてしまった」
映画をリクエストしたのは私だ。
以前から行ってみたかった施設、初めての場所。
それをアキラと味わいたかった。
また会話が途切れる。
自分でも嫌になるほどぎこちない。
だがアキラは、そんな私を責めるどころか、むしろ楽しそうに笑っていた。
「じゃあ一緒に迷おうか」
その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。
こんな私でも、隣にいてくれる。
手のひらから伝わる熱は、いつでも私を温めてくれていた。
前とは違う。
もう彼からの愛情を疑わない。
アキラは私の全てを受け入れ愛してくれる。
そこに揺れは無くなっていた。
緊張で言葉は続かない。
でも、アキラの隣を歩くこの時間が、たまらなく愛おしい。
もう逃げ出したりしない。
私は彼と共に歩いていく。
あれだけ冷たかった指先は、いつのまにか熱を取り戻していた。
映画館に着くと、アキラが売店の列に並びながらこちらを振り返った。
「雪乃、ポップコーン食べる?」
「えっ……あ……う、うむ……」
返事がまたぎこちない。
自分でもわかるほど声が上ずっていた。
アキラは気にした様子もなく、軽やかに注文を済ませる。
そして、ポップコーンとお互いの飲み物が乗ったトレイをふたつ持って戻ってきた。
「はい、これ」
「あ、ああ……!」
差し出されたトレーを受け取ろうとした瞬間、指先が彼に触れてびくりと震えた。
ほんの少し触れただけだ。
たったそれだけで、呼吸が浅くなる。
「雪乃? 大丈夫?」
「だ、だいじょうぶ……だ」
震える手で受け取ろうとするが、ポップコーンの箱がカサッと音を立てて揺れた。
それを瞬時にアキラが慌てて支えてくれる。
「落とすところだったね」
「す、すまん……」
謝りながらも、手の震えは止まらない。
箱を持つ指先がかすかに震え、ポップコーンが小さく揺れる。
この後、もっと触れ合うことになる。
それを思うと、情けないことにどうしても落ち着けなかった。
アキラが、そっとトレーの底を支えてくれた。
「じゃあ、僕が両方とも持つよ」
アキラが再び、自分の分と私の分を両手に持った。
彼氏の優しさ。
それが、たまらなく恥ずかしくて、嬉しくて、胸の奥がじんわりと熱くなる。
恋人同士というのは、皆、これほどの緊張と戦いながら笑い合っているものなのか?
思わず周囲のカップルに視線を送った。
だが、周りの恋人たちは自分とは違い自然に笑い合っていた。
きっと経験値が違うのだ。
でも、アキラと一緒なら、この緊張感すら愛おしいと思えてしまう。
だから、私はこれでいい。
人生全てを懸ける想いなら、震えてるくらいが丁度いいじゃないか。
席に着いて、彼の手に自分の手を重ね合わせた。
きっと映画の内容なんて、少しも頭に入ってこないだろう。
この手の温もりを味わうのに忙しくて。
私が本当に観たいものは、映画ではなく、彼との未来なのだから——。




