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彼女は中に入りたい

 夏休み明け、転校生が二人もこの特進クラスに編入してきた。

 一学期にアキラと幸江が入ってきたばかりだというのに、また。

 

 この学園の特色なのだろう。

 金や地位があるか、特別優秀であれば誰であろうと受け入れる。

 それを体現していた。


 ひとりは西園寺蕚。

 アキラのそばにいることへ固執する彼女のことだ。

 当然の成り行きだと思った。


 だから、私にとっての問題はもうひとりの方。


 大出哲夜。

 綺麗に入ったバイヤレージュの髪色をした、他に類を見ないほどの美貌を誇る、モデルのような女子だった。


 女子高生というより、二十歳前後に見える大人びた風貌。

 制服姿が浮いて見えるくらい似合わず、まるでコスプレのようだ。


 当然、転校初日に起こったクラス内のざわめきはしばらく収まらなかった。

 他のクラスからの見物人で人だかりが出来て、その有様はアキラが転校してきた時を思わせた。


 さらに、いくつかの不可解な出来事も相まって、哲夜は学園中の話題となる。

 それは、転校した大井出哲也の存在だ。


 このクラスにいた学園の有名人だった彼が、夏休み明けに忽然と姿を消した。

 

 理由はわからない。

 

 彼は誰とも仲良くしていなかったからだ。

 唯一の友人といえるアキラだけがその理由を知ってそうだったが、周囲にそれを吹聴するようなことは無かった。


 ただ、大井出哲也と入れ替わりのようにやってきた大出哲夜は、性別も外見も真逆だったが、名前と中身が彼とあまりにも似過ぎていた。


 その尊大な態度も、人を馬鹿にした物言いも、鼻を鳴らして腕を組む癖さえも。


 何よりアキラと最初から仲が良かった。

 まるで大井出哲也と話していたように。


 そのことで、きっと哲也と哲夜は何か関係があるのだろうと噂されていた。

 夏休みに性転換手術でも受けたのではないかなんて、突拍子のない話まで出ていた。


 あまりにも非現実的な噂だったので、あっという間に消えていったが。


 私は、大井出哲也を知っていた。

 このクラスで、私と同じくらい腫れ物扱いされていた人物だったからだ。


 話をしたことはない。

 

 だが、廊下で寝そべったまま、下着を覗かれたことがある。

 はっきり言って最低な人間だと思っていた。


 アキラと仲良く話しているのも良く見かけた。

 なんで彼が、あんな下劣な人間と過ごすのか理解出来ず、二人を睨みつけたこともあった。

 

 そして、大出哲夜のことも知っていた。

 夏休みに、アキラが前に住んでいたマンションで鉢合わせたからだ。


 彼女は、初対面の私に向かい、以前アキラに行っていた愚行を責め立てた。

 その苛烈な指摘は、まるで見てきたかのように的確だった。


 その時のトラウマが、彼女への苦手意識を持たせている。


 だがある時、哲夜本人から直接明かされた。

 大井出哲也と大出哲夜は同一人物だと。


 それを聞いて、納得と共に抱いたのは拒否感。

 今まで彼に抱いていた嫌悪が、そのまま彼女へ移された。


 さらに、私の友人関係が(ことごとく)く彼女と被っていた。


 水瀬裕子と山岸心寧は哲夜と古い知り合いらしく、三人で話し合っている姿を見かけた。


 大和幸江と西園寺蕚も、私にはよくわからない事柄について彼女と話し込んでいた。


 疎外感。

 それを感じてしまう。

 

 アキラと出会ってから、気付けば私にも友人がたくさん出来た。

 それは強さを生み、弱さも作った。


 私だけが彼女と仲良く出来ない。

 その事実が苦手意識をさらに強めていた。

 

 

「なんだムラサキ、オレに用でもあるのか?」


 どうやら思考しながら、哲夜を見つめてしまっていたらしい。

 彼女はなぜか私のことをムラサキなどと呼ぶ。


「……いや、おはよう」


「ふん、挨拶など交わす間柄では無いだろうが」


 私の挨拶を鼻息で一蹴された。

 

 一事が万事、この調子だ。

 向こうは苦手を超えて、確実に私のことを嫌っていた。


「おはよう、ふたりとも」


 登校したアキラが、柔らかな微笑みでこちらに挨拶をしてきた。

 その姿を見ただけで、胸の奥が落ち着きを取り戻す。


「そういえばアキラ、昨日話してたことだけどな」


「うん、施設を拡張する件でしょ?周囲の買収に関しては、さっちゃんとうっちゃんに話しておいたよ」


「それなんだけどな、規模を考えると孤児院というより、幼少時から暮らせる一貫型の学校にしようかと思う」


「なるほど、その方が育成方法としても理に適ってるし、いいかもね」


 二人は何かを夢中で話している。

 最近はいつもこうだ。


 どうやら、皆で何か大きな計画を進めているらしく、放課後に集まったりしている。

 そして、アキラは哲夜の家によく出入りをしていると聞いた。


 元々が男友達だ。

 きっと話も合うのだろう。


 だが気になるのは、哲夜がアキラを見つめる瞳に、どこか熱が宿っているように感じることだった。

 女の勘、というやつか。


「買収資金については、マリアと話さなければならんな……次にアイツがこちらへ来るのはいつだ?」


「基本的に日曜日に来てるけど、今週は僕に予定があるから来ないかも」


「なんだ?珍しいな、どこかに行くのか?」


「うん、雪乃とデートなんだ」


 急に私の名が出てきて、思わずそちらを見てしまった。

 嬉しそうに笑うアキラと目が合い、思わず赤面してしまう。

 

 楽しみにしてくれているのが伝わって来て、自然と体が熱を帯びた。


「ふん……まあいいが、こちらも疎かにするなよ」


 ——この目。

 

 視線に嫉妬が宿っている。

 自分がしていたからこそ、よくわかった。


 間違いなく、哲夜はアキラに女性として好意を持っているのだ。


「もちろん全力でやるつもりだよ、後でフミくんとも話してみる」


「ああ、マリアとの見合いの件か……丁度いいな、オレも同席させてもらおう」


「じゃあ、来週の日曜日にでもウチで集まろうか」


「わかった、予定を空けておく」


 アキラが席に戻っていく。

 その姿を哲夜の視線が追っていた。


「ムラサキ、あまりアキラに迷惑かけるなよ、大事な時期なんだから」


 私の方を見ずに告げられた言葉には、嫉妬以外の感情も乗せられているように感じた。


「……わかっている」


 短く返事をしたが、本当は何もわかっていない。

 皆が何をしているのかも、彼と彼女の関係性も。


 一度、幸江たちに何をしているのかと聞いたことがある。

 だが、紫星を無くした貴女には関係ないことだと言われてしまった。


 心寧たちにも聞いたが、施設の出である彼女たちが実績を残すために動いてるとだけ教えてくれた。

 

 私だけが、アキラを中心とした計画の輪に入れない。

 企業としての紫星が残っていても、きっと母しか役に立てなかっただろう。


 私がアキラの役に立てるのは、子供を産むことのみ。

 それが今回、彼を誘った一番の理由だった。


 来年、紫星の屋敷は取り壊され、私は一人暮らしをする予定だ。

 それに合わせて出産と子育てをがんばろうと思っていた。


 彼の子を産み育てる生活は、思い描くだけで輝かしいものだった。

 だが、同時に寂しくもあった。


 皆はアキラのために動いているのに、ひとり取り残されるような。


 私にも何か出来ることはないのかと、どうしても考えてしまう。

 良きライバルである幸江と蕚に比べ、劣ってしまうと。


 なにより、哲夜に対して劣等感を持ってしまっていた。


 

 こうして私は、沸き立つ興奮と、置いて行かれるような不安を感じながら、週末を迎えることとなった——。

広告の下にある☆☆☆☆☆から、作品の率直な評価をよろしくお願いします。


また、『ブックマーク追加』と『レビュー』も一緒にして頂けると、ものすごく嬉しいです。

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