苦手な女
駅前の喫茶店で、三人の女子が顔を突き合わせていた。
時刻は夕方。
学校帰りだろうか、全員が同じ制服に身を包んでいる。
それぞれの飲み物を前にして、育ちの良さを感じさせる背筋の伸びた姿勢で座っていた。
「それでなんですか?御用件とは?」
緩やかに波打つ栗色の髪をした、柔らかい雰囲気の少女がこの集まりの理由を問いただす。
「大事なお話やと伺いましたけれど、学校ではよう言わはれへんかったんどす?」
艶のある長い黒髪を揺らし、お淑やかな空気を纏う少女が話の内容に言及していた。
「落ち着いて聞いて欲しい……私たちにとって、最も重要な話になる」
金髪ボブに紫のインナーカラーが映える、片目を眼帯で覆った少女が視線を強めながら言葉を選んでいた。
「実は、母が……妊娠していた」
その言葉の後、沈黙が落ちる。
栗毛の少女、幸江は微笑みを崩さず微動だにしない。
しかし、緩やかに持ち上げられた口端がぴくりと痙攣していた。
黒髪の少女、蕚は表情を一切失くし、感情が読めない。
金髪の少女、雪乃は二人の様子を見て再び口を開く。
「その上で、私はアキラに妊娠を望もうかと思っている」
その瞳は、覚悟を宿したように鋭い。
「アマテラスの件も無事に終わったし、その礼をしてくれると言ってくれたしな」
先日、アキラの娘、アマテラスの望みを無事に叶えた。
その際、彼は彼女たちにお礼がしたいと言っていた。
つまり、その権利を妊娠という形で行使しようと言っているのだ。
「それで聞いておきたい、お前たちはどう思う?」
三人は、二ヶ月もの間、アマテラスの家で同居したことにより、それなりの関係性を築いていた。
なにより、アキラの子を産むという同じ目的を共有している仲間でもあった。
だからこそ、雪乃は二人に話を通しておこうと思ったのだ。
「私は順序など構いません、お好きにどうぞ」
幸江は気を取り直したように、そこに重きを置いていないと言って、目の前の紅茶を口に運ぶ。
「うちも構いまへんえ、アキラ君の“初めて”は、もう頂いておりますさかい」
表情を取り戻し、ほうじ茶を飲みながら発した蕚の言葉で、場が凍りついた。
「うん?ちょっと待てウテナ、どういう意味だ?」
「それは流石に聞き捨てなりませんね、ウテナさん」
空気が張り詰める。
私の目の前に置いてあるコーヒーの表面に揺れが起きていた。
「言うてまへんでしたか?うちはアキラ君の治療の折に、すでに契りを結んでおりますえ」
「貴様!それは犯罪ではないか!」
「アキラさんが伏せってる時に!なんて卑劣な!」
店内の視線が一斉に向けられるほどの怒号。
だが、二人はそれを意に介さないほどの怒りを見せていた。
「治療に必要なことどしたし、アキラ君もよう喜んでくれはりましたえ」
「ほな、なんの問題もあらしまへんやろ?」
しれっとした態度が二人の怒りをさらに煽る。
「それとも、お二人はアキラ君の回復が、遅い方がよろしゅうございましたんどすか?」
蕚がいなければ、アキラの目覚めは数年遅れていた。
それを知る二人は苦虫を噛み潰したような顔で黙り込む。
「せやけど、魂の調整がされてへんかったさかい、何度重ねましても妊娠には結びつきませんでしたえ」
暗に、一度や二度では無いとアピールする。
自分は貴女方より先に進んでいるのだと。
「私は、毎日アキラさんのお身体を清めさせて頂いてますわ!」
幸江が自身の日課を誇る。
それは、ニクスから家での肉体的接触を禁じられている蕚には、不可能な行為だった。
「私は……アキラの身体で他の女と子を成したことがある!」
雪乃は、アキラの記憶の中で彼の体感を共有した。
太古より幾度も繰り返された子作りを、アキラの目線で体験している。
三人の女子は、相変わらずマウント合戦を繰り返していた。
小一時間程度の睨み合いの後。
「では、私がアキラをデートに誘っても問題ないな」
三人の話し合いは終わった。
「雪乃さんのお好きになさって下さい」
「うちも近いうちに誘わせて頂きますさかい、なさるんやったらお早めに」
結論としては、紫星綾乃の次にアキラの子供を産むのは、雪乃で構わないという話になった。
雪乃は、前もって裕子と心寧には話してある。
彼女たちは、まだやらなければいけないことがあると言って、先を譲ってくれていた。
母親から、妊娠を聞かされた時は、衝撃と共に諦めもあった。
母は、最も長い時間アキラと繋がっている。
色んな意味でだ。
それを聞き、出来れば次にアキラの子供を産むのは私でありたいと願った。
彼の役に立ちたいと強く思うと同時に、自分とアキラとの関係があまり進んでいないことにも気付いてしまったからだ。
キスすら、意識が混濁した時にしたきり。
その後は修行やアマテラスの自立支援などに忙しく、デートひとつしていない。
彼女として由々しき事態だろう。
とにかく、伝えるべき相手とは話を済ませた。
後は彼に直接デートの誘いをするだけだ。
緊張とときめきで胸を抑えながら、彼氏であるアキラへメッセージを送る。
『今度の週末、二人でお泊まりデートをしませんか?』
これはギャル友たちに教わった誘い文句。
しっかりと泊まりだということを明記した上で、デートを付けることにより、より具体的に性行為を想定させるらしい。
ただのデートの誘いや、泊りで出かける提案では誤解を生みやすいのだと。
二人っきりというのも忘れてはならない。
本当はハートや星で文をデコレーションした方が良いとは言われたが、自分らしくないし、読み辛いのでやめておいた。
『いいよ、どこ行こうか?』
返って来たメッセージに指が震える。
もう後戻りは出来ないし、するつもりもない。
時間と場所を指定し、彼に送る。
生理周期も確認済みだ。
あとは事を成すのみ。
私は、久しぶりに体の芯が熱くなる感覚を感じていた。
登校し、学校でアキラと顔を合わすのが少々気恥ずかしかった。
覚悟は出来ているとはいえ、私も乙女だ。
恥じらいというものがある。
それに、私にはアルの記憶が刻まれており、彼のテクニックの凄さを良く知っていた。
誰よりも人体を熟知しており、星の数ほどの女を抱いてきた彼の濃厚な交わり。
その技術たるや、どのような女性であろうとも、たちどころに昇天させてしまう。
もちろん全てを見てきたわけではない。
断片的な記憶がほとんどだ。
しかし、いつの時代でも、彼の技は停滞するどころか進化していった。
最後にそれを見たのはマリアを孕ませた時のものか。
あれは本当に凄かった。
相手が、快楽で狂い死んでしまうのではないかと心配したほどだ。
その技を我が身で受けるのだ。
想像しただけで、芯が熱くなってしまう。
そういえば、先日アキラの家へ遊びに行った時、マリアと顔を合わせた。
こちらとしては喜びの再会だったが、向こうはまるで面識が無いせいで、少し噛み合わない会話となった。
だが、アルの子が今も生きていてくれて嬉しい限りだ。
我が子も長生きしてくれると良い。
それを想い、まだ出来てもいない腹を優しく撫でる。
アキラなら必ず一回で懐妊させる。
何億もの種の中から、一番優秀なものを選び着床させるなどお手のものだった。
その上、母体の操作までして、出産まで完璧に育つように調整するのだ。
何も心配することはない。
あるとすれば、私が快楽に乱れ過ぎないかというもののみ。
ああ、週末が楽しみだ。
顔の弛みを感じながら頬を染めていると、隣の席に女子が座った。
それに気付き、盛り上がっていた気持ちが急激に冷めてしまう。
夏休み明けにこのクラスへ転校してきた二人の女子。
ひとりは蕚。
そしてもうひとりが、私の隣に座る彼女。
大出哲夜。
私が苦手とする女だった——。




