その名を口にするべからず
施設の一階にある応接間。
そこのソファーに座っているのは、司教マリア、教祖拓人、付き添い人アマテラス。
そして壁際には、黒いローブを纏った十二人の信徒が沈黙のまま立ち並んでいた。
「どうかの?そなたの為に妾が創り上げた教団は?」
妾は自信満々に手を広げた。
周囲の十二人が、それを合図として一斉に拍手をしだす。
拓人はその光景を見て、眉間の皺をさらに深めていた。
まだ何か気になることでもあるのだろうか?
手を下ろし、信徒たちの拍手を止めさせる。
やはり、指導が緩いと思っておるのか?
しかし、そこは譲れぬ。
痛みの恐怖で人を縛ることは、御父様が望まれぬ道よ。
気付け、拓人!
ここが分水嶺だ。
痛みでは無く、愛と信仰で人を導くのだ。
「納得いかぬこともあるだろう……」
「それでもそなたは御父様に並ぶのであろう!テラを倒すのであろう!」
Rodを設立中に、御父様よりお聞きした。
拓人がテラと戦ったと。
自ら立ち向かって行ったのだと。
その行為に涙が止まらなかった。
タクトが抱いていた真実の覚悟。
その魂の輝きを想って。
彼は紛う事なき本物だった。
人の身で、テラへと立ち向かう恐怖は計り知れない。
妾も、千五百年前に一度戦ったことがあるので身に沁みておる。
その戦いで、兄弟たちを失った記憶と共に。
最恐の存在、人類の天敵、厄災そのもの。
神すらも殺し得る、地球最強の化け物。
そんな相手に、一対一を望んだという。
まだ早いのは分かっていたはず。
無駄死にとなることも。
しかし、我が妹を——神の子を馬鹿にされて憤ったらしい。
その尊い行為に報いねばならぬ……絶対に。
我が生涯を懸けてでも。
この身を全て捧げてもだ。
湧き上がった熱意は、全て教団の設立に注ぎ込んだ。
だからこそ、この教えを受け入れて欲しい。
一人では無理なのだ。
人類神ですら、相打ちでしか倒す方法のない相手よ。
「その大望を果たすならば!人を束ねて己の槍にせよ!拓人!」
想いを言葉に乗せる。
「その為に受け入れるのだ!」
我が愛の導きを!
思わず立ち上がり、声が震えるほど叫んでしまった。
熱が入り過ぎているのはわかっている。
しかし、この想いは止められぬ。
人類の命運が掛かっておるのだ。
妾とタクトの未来も。
熱気に押されたように、タクトがゆっくりと口を開いた。
「……この洗脳とかいうのもか?」
「そうだ!御父様もテラを倒す為にやっておった!」
「……この拉致と隔離というのもか?」
「そうだ!それも御父様はテラを倒す為にやっておった!」
「……そうか」
タクトが腕を組み、苦悩の色を浮かべる。
きっと、どう実行すべきか分からないのだ。
「御父様と同じように、愛を持って事に当たれば、決して不幸は生まぬ!」
やり方が分からぬなら、妾が一から教えよう。
すでに彼は、自分一人の身ではないのだから。
「それに、妾は……そなたにもう命を投げ打つような真似を……してほしゅうない……」
思わず瞳が揺れてしまう。
偽らざる、心からの願いだった。
テラへ挑んだことに深く感動をしていたが、その涙には憂慮も宿っていた。
心配で、体の震えるほどに。
「必要なのだ……いざという時、世界を守れる救世主という存在が」
御父様も、負けてしまう時がある。
「もし、テラの呪いが解けて、再び自由になった時、御父様がいなければ」
未来に起こり得る現実。
「人類を救う存在になってくれるのは……」
その時、人は誰を頼ればいい?
「タクト、そなたなのだ」
人類の希望。
信徒の光。
私の、特別な生徒。
周囲から啜り泣きが漏れ出す。
十二棒が、妾の言葉に耐え切れず、体を震わせていた。
思えば、こやつらもよく付き従ってくれた。
御父様の奇跡を受け、人を超えようと研鑽を積み、使命へと目覚めていった。
全てはタクトを支える棒となる為の進化だ。
一人一人の力はまだ弱い。
だが、必ずやタクトの力となるだろう。
「……とりあえず、わかった」
タクトが何かを呑み込むように、息を深くした。
どうやら想いは届いたようだ。
必ずや、理解してくれると信じておった。
流石は妾が見込んだ男よ。
「だが……確認したいことがある」
タクトが周囲を見渡し、一番背の高い十二棒へ視線を向ける。
「杉本!お前はこれでいいのか!?」
怒鳴りつけるような声。
その瞳は、螺旋を宿し本心を言えと訴えていた。
おそらく、十二棒の覚悟を問いたいのだろう。
「戒棒です!教祖!」
「私は、司教マリアの教えを心の柱として、生涯尽くすことを誓いました!」
濁流のような涙を流しながら、直立不動で答える男。
戒棒は十二棒の中でも、妾が最も信頼する信徒だ。
その実直さは褒めるに値する。
妾の言葉を良く理解し、皆に伝える事に関しては右に出る者はおらぬ。
「スナドリ!お前はどうだ!?」
十二棒たちの元の呼び名を口にしておるが、こやつらはすでに名を捨てておる。
魂までもRodとして生きることを選んだのだ。
「武棒です!教祖!」
「私は、来たるべき人類の脅威を討つ役目を頂き、命を懸けて信者を鍛えることを誓いました!」
十二棒の中で、最も屈強な男。
武棒は人を育てるのが上手い。
だから、戦士の育成を担わせておる。
いざという時に、タクトの盾となれる鋼鉄の体を御父様から授かってもいた。
「ナッツ!お前は?」
なにより、こやつらは御父様の祝福を受け、妾の教育により進化を続けておる。
「医棒です!教祖!」
「私は、人を治癒する力を神から与えられました!それを活かす道に進むと誓いました!」
治癒の力を開花させた医棒がいるおかげで、修練において多少の無茶が出来るようになった。
信徒へ進化を促す役割も担って貰っている。
非常に有用な人材だ。
「オガ!」
この姿を見れば、愛の大切さに気付いてくれるはず。
「財棒です!教祖!」
「私は、元々チームの資金運用を任されてましたので、それを活かし教会の運営を行うことを誓いました!」
財棒の資産管理能力は中々に素晴らしい。
所帯が大きくなると、金銭問題も多々出てくる。
それら財務を安心して任せられる存在だ。
「坂戸!」
社会のはみ出し者として生きていた彼ら。
「技棒です!教祖!」
「私は、元々ネット関係に詳しかったので、そこを見込んでもらい、情報戦で他の追従を許さないことを誓いました!」
今の世の中、インターネットを駆使出来ぬと話にならない。
その意味で、技棒は一番重要な人物ともいえる。
巨額を投資して機器を揃えたら、大いに働いてくれておる。
「ガセ!」
ゴミの吹き溜まりともいえたロッド。
「儀棒です!教祖!」
「私は、アイドルオタクだったので、布教の為のアイドルグループを作り、世界一のアイドルを育てることを誓いました!」
古来より、信者を集める花形はあった方が良い。
そのために、儀棒には信者の中からいくつかのアイドルグループを作らせ、すでに活動は始まっておる。
ファンを取り込み、Rodに対する一般大衆の受けを良くする効果も見込めよう。
「キョウ!」
それを洗浄し、美しく生まれ変わらせたのは神の導き。
「声棒です!教祖!」
「私は、カラオケが得意で声に自身があったので、音響担当として信者へ導きの声を届かせることを誓いました!」
声棒は声が良い。
そして音を操ることに長けている。
信者を洗脳する際の特殊な音の開発にも一役買ってくれている。
ついでにアイドルの育成も手掛ける多才な男だ。
「ナオフミ!」
その姿は、まるで生まれ変わったかのように清らかなもの。
「書棒です!教祖!」
「私は、元々趣味で小説を書いてました!今は司教の教えを書き記す役目を全うすることを誓いました!」
宗教というのは、日本において倦厭されやすい。
ゆえに取っ掛かりの良い文にて、活動内容を広めねばならん。
その為に、書棒には様々な手法で広告を書いて貰っている。
もちろん、妾の教えを信者にわかりやすく伝える役目も励んでおる。
「ラリー!」
見てみよこやつの瞳を、以前は濁り切っておったのに、今は光り輝いておるわ。
「夢棒です!教祖!」
「私は、元々ドラッグに手を染めておりました!しかし、今は信仰という新たなドラッグに全てを捧げることを誓いました!」
夢棒は薬物に依存しかかっていた。
しかし、信仰の素晴らしさに目が覚めた。
そして今は神の輝きに魂がキマっておる。
御父様から賜わった、他者の精神に影響を及ぼす術は様々な用途があり有能な人物となったのだ。
全ては神の奇跡によるものだといえよう。
「オビ!」
心が弱き者も大勢いる、それを愛で包み、導くのだ。
「民棒です!教祖!」
「私は、元々弟の付き添いでロッドにいました!でも今は信者が幸せに過ごせることを考え、皆に愛を伝えると誓いました!」
民棒はビナの兄だ。
手のかかる弟の尻拭いばかりする優しい男で、そこが他の十二棒とは一線を画す。
信者の安寧を心から求め、保証することに全力を注いでおる。
そのような者がいてくれれば、他の者は安心して各々の作業に没頭できるというもの。
なにより、他の十二棒全てと連携が取れ調整してくれる。
ある意味、十二棒の要となる男だ。
「……ビナ」
居場所の無い者もいる、それを信仰で支えよ。
「影棒でーす!きょうそー!」
「ボクはー、ウラシゴトをやってまーす!Rodの害となるものぜーんぶショリすることを誓いましたー!」
影棒は、タクトと最も仲が良かったらしい。
冷静さと残虐性を併せ持つ、稀有な人材だ。
この組織の中には、必須ともいえるだろう。
汚れ仕事は誰もが厭うもの。
それを率先して行う者は、代えがたい人材となり得る。
「なあビナ……本当に今のロッドでいいのか?お前は自由な暮らしが好きだったじゃねぇか」
妾は、眉を寄せてビナを見つめるタクトの姿に、慈愛を見い出す。
彼は仲間想いなのだ。
優しさを知らずに育ったはずなのに。
きっと、魂の奥底に最初から秘めていたのだろう。
タクトならば、厳しさと優しさを両立した人類史に残る教祖となる。
それを成して、御父様と並べタクトよ!
拓人の言葉を受けて、ビナは無邪気に語りだす。
心の内を全て曝け出すように。
「ボクはさ、ずーっと思ってたんだー、ひとに優しく出来ないのはなんでだろーって」
「ひとの骨を折っても、こころがまったく痛まない」
「泣いても、ゆるしてって言ってても、ぜんぜん気にしない」
「ふつうのひとと違うんだろうなー、ほんとうは生きてちゃイケナイんだろうなーって」
「あにきが優しいから、よけいにねー」
そう言ってオビをチラッと見た。
「だから強くならなきゃーって思ってた」
「強ければ、優しくなくてもロッドみたいなイバショが出来るでしょー?」
他者とは違うという孤独を埋めるために、必死だったのだろう。
「でもね……神がおっしゃったんだ」
ビナが、子供のような満面の笑みを浮かべた。
「ボクは『そのままでいい』って!『君は英雄の素質がある』って!」
その瞳は今まで見た事が無いほど輝いていた。
「うれしかったなー……ボクに『生きていてくれてよかった』って……言ってくれたんだ」
潤んだ瞳は、告げられた言葉を噛みしめているようだった。
「いろんな人にきらわれて、こわがられて、はじかれた」
「そんなボクを、『人類の宝物だよ』って言ってくれた」
きっと何度も思い出しているのだろう。
一語一句、心へ刻み込むように。
「だから、今はボクがボクで良かったって、心から思えてるんだー」
「それに影棒って役目が出来たからねー」
「きっとこの仕事はボクにしか出来ない」
「ボクは、この仕事をするために生まれてきたって思える」
ビナが呼吸を深くした。
「神から与えられたこの力も……そのためのものなんだ」
ビナのヘソに、チャクラが渦を巻いていた。
体にうっすらと赤黒いオーラが滲む。
「……ビナ、そのチャクラ」
拓人が目を見張り、ビナのチャクラに驚きを示す。
「そう、きょうそと同じ力だよー」
「ボクはこれできょうその役に立つって決めた」
「神が望んでくれたことだし、きょうそのことも昔から大好きだし!」
年相応に笑う。
しかし、その瞳には確かな覚悟が宿っていた。
「……そうか」
拓人は、溜息を吐いて安心したように頭を掻いた。
「正直……よくわからない部分もあるが、皆が無理強いされてないってのだけはわかった」
全員を見まわし、軽く頷く。
「なら……お前らに俺から言うことはない」
眉間の皺がようやく緩んだ。
「……後はマリアと話があるからよ、ちょっと席外してくれ」
それを受けて、十二棒は胸の前で手を縦にした。
「……あ、ちなみに、神って……アキラだよな?」
ビナに向かい、確認するように声を掛ける。
すると十二棒全員が姿勢を正し、一斉に口の前に指を立て、揃って声を上げた。
「「「教祖といえど、神の名を口にしてはいけません」」」
全員が座った目で、仄暗い光を宿しながら教祖へ勧告する姿は、間違いなく狂信者を表していた——。




