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なし崩し的な同棲生活

 六本木にあるタワーマンションの最上階。

 長かった二ヵ月の共同生活は終わり、部屋にはアマテラスと、彼女の兄弟が宿った黒刀のみが残されていた。


 ゲーム大会でテラを倒した後、皆は笑顔で帰って行った。


 久しぶりに一人となった部屋で一息ついていると、父が一人の男を連れてきた。

 色白で、目つきが悪く、見上げるほど背が高い、痩せた金髪のヤカラだった。



「それじゃ、後は若い二人でよろしくね」


 よろしくとか無理。

 

 部屋に置いてあった漫画で見た事がある。

 これ、ヤンキーってやつだ。

 明日の朝刊に載るの無理。


「……腕、治してくれてありがとな」


 ぎこちない顔で、父にお礼を言う男。

 名前は、安藤拓人というらしい。


「テラと戦うなんてすごいね、さすが拓人だよ」


 嬉しそうな顔で、男を置いて帰る父、無理。


 というか、テラと戦ったってなに?

 人外過ぎて無理。

 それで生き残っているのも意味がわからない。

 

 どんだけ強いの?

 押し倒されたらどうするの?

 お見合いとか言ってたけど、親公認の生贄とか無理。


 父から返して貰った黒い刀を握って、部屋の隅で震えるしかなかった。


 兄弟二人は、刀の力を開放したせいで眠っている。

 しばらくの間は起きないらしい。

 

 そもそも刀なんて振ったことない。

 いざという時どうすればいいのだろう。


 とにかく、一瞬たりとも気は抜けない。


「……あの」


「ぴぃ!」


 突然話しかけられて、必死に刀を振ってしまった。


「……突然すまない……俺もいきなりアキラに連れて来られて」

「……それに……その、今は家に帰りづらくて……」


 距離を取って、頭を下げられた。


「……ちょっとだけ、いさせてもらってもいいか?」


 よく見ると、目元が赤くなっている。

 ここに来る前、泣いたのだろうか?

 

「……迷惑だったら……すぐ帰る」


 あまりにも力のない声だった。

 すぐにまた泣き出しそうなくらいに。


「ら、乱暴なことしないなら……いい……よ」


 普段だったら速攻で帰ってもらうけど、さっきまでの興奮で気が大きくなっていた。

 それに、外見に似合わず、あまりにも弱々しい姿が可哀そうに思えてしまった。


「……ありがとう」


 彼は礼を言うと、のそのそとリビングへ向かう。

 どうやら怖がるこちらへ気を使ってくれたらしい。


 そこまで悪いヤンキーではないようだ。


 気にはなるが、とりあえず放置しとけばいいだろう。

 初対面のヤカラとコミュニケーションを取れるほど、私はまだ成長してない。


 そのまま、今日のレイド戦の感想をアップしたり、コメントを返したりしていたら夜中になっていた。

 ひと段落し、水分を取りにリビングへ行くと、拓人が部屋の隅で床へ体育座りしてた。


 まるでキノコが生えてきそうなくらい、その一角だけ雰囲気がジメジメしている。

 

「ソ、ソファー……つ、使ったら?」


 視点の合ってない目で、魂が抜けたように佇む姿を見て、思わず声を掛けてしまった。


「……ああ、うん、ありがと」


 きっと何時間も同じ姿勢だったのだろう。

 ゆっくりと立ち上がり、ソファーに座りなおしたが、心ここに有らずという感じが見て取れた。


「な、何か飲む?」


 精一杯気を使ってみた。

 

 やはりテラに勝ったという自信の効果はすごい。

 知らないヤカラにまで気を配れるようになっていた。

 これなら、一人で外にも出られるだろう。


「あ……うん……」


 あまりににも覇気がない。

 本当にテラと戦ったのだろうか?

 もしかしたら、私みたいにゲーム内での話かもしれない。

 

 そう思ったら、少し気になってきた。

 ちょっと勇気を出して、話を聞いてみよう。


「テラと……戦ったの?」


「……あ、ああ、さっきな」


 思い出したように右手を眺めている。


「ど、どうだった?」


 さっきって、私がテラとゲームをする前の話かな?

 もし、彼が勝ってくれていたら、私たちの勝利にも影響があったかもしれない。


「……右手を喰われて……友達に庇われて……負けた」


 思っていた以上にボロ負けしてた。

 聞いたことが申し訳なくなるほどの惨敗だ。


「そ、そそそ、そっかー、テラだもんね……うん」


 これじゃ、私がテラに勝ったなんて言えない。

 たとえゲームの話でも、傷口に塩を塗るようなものだろう。


「わ、私も昔、テラに殺されかけたこと……ある」


 こういう時は、同調するといいってウテナが言ってた。

 二ヶ月の同居生活で、彼女たちにはたくさんのことを教えてもらった。


「……そうなんだ、大丈夫か?」


 心配そうに声を掛けてくれた。

 多分、この人は悪い人ではないのだろう。


「うん、そのせいで引き篭もっちゃったけど……」


 なんとなく、テラにやられた者同士の仲間意識も湧いてきた。


「……そうか……やっぱ怖いよな……テラ」


 その恐怖を思い出したのか、彼の体が震えた。

 きっと、テラにやられたショックで泣いてたんだ。

 その気持ちはよくわかった。


「怖いよ……怖すぎるし、無理すぎるし、絶対無理!」

「さっきも漏らしそうになりながら戦った!」


 話しているうちに、思わず興奮してしまう。


「……アマテラスさんも、戦ったのか?」


 驚いたように顔を上げてこちらを見た。


「う、うん、ゲームでだけど……」


「……そっか、どうだった?」


「みんなのおかげで……勝てた」


 結局言ってしまった。

 

 傷つけてしまっただろうか。

 逆切れして暴れ出したらどうしよう。

 やっぱり朝刊に事件として載るのかな。


「……すごいな……尊敬するよ」


 不器用に微笑みながら、心からの賛辞をくれた。

 予想外すぎて焦る。


「で、で、でもゲームだし……」


 知らない男の人に、直接褒められるなんて数千年ぶりだ。

 汗が体から噴き出してしまった。


「……どんな勝負でも、アイツに勝てたなら誇っていいと思うぜ」


 その言葉は実感が籠っていた。

 お世辞でもなんでもなく、素直に思ってくれたのだろう。


「そ、そうかな……えへへ」


「うん、すごい……俺も今度はもっとがんばらなきゃな……」


 それを聞いて愕然とした。

 あのテラと直接戦って、まだやる気があるらしい。

 

「え?また戦うの?」


 信じられなくて聞き返してしまう。


「ああ……俺はテラに勝ちたいんだ」


 その瞳は真剣だった。

 さっき負けたばかりなのに、覚悟が揺らいでいない。

 

 この人、心が強いんだ。


「なんで……?」


 私と同じように、親兄弟でも殺されたのだろうか?

 だとしても、テラに向かうなんて普通じゃ無理。

 

「……アキラみたいになりたいんだ……アイツの横に並びたい」


 澄んだ瞳に思わず見入ってしまった。

 他人の目なんて見るのも怖かったのに。


 そこに映るのは暗い復讐心ではない。

 強さに対する歪んだ狂気でもない。

 

 ただ純粋な憧れ。


 それを綺麗だと思った。

 

「……無謀なのはわかってる……でもブレたくねぇ」

 

 父とは違う、でもどこか父に似た瞳。


「すごい……」


 心から漏れた言葉。

 憧れにも似た気持ちだった。


 テラの恐怖が骨身に染みているからこそ強く思う。

 私には無い、立ち上がれる勇気を持った人。

 

「君の方がすごいよ……どんな形でもテラに勝ったんだから」


 ぎこちなく微笑む顔。

 きっと、人付き合いがあまり得意ではないのだろう。


 その不器用さが妙に落ち着く。


 最近、私の周りにはグイグイくるタイプの人ばかりだった。

 こんなふうに、私と同じような陰キャ寄りな人は新鮮だった。


 そういえば、さっき父がお見合いって言ってた気がする。

 

 男の人と付き合うとか無理。

 ましてや結婚なんて絶対無理。

 

 だけど、この人なら友達にはなれるかもと思った。


「あ、あの、友達で……お見合いの……」


 上手く説明出来ない。

 紙に書いた方が早いかもしれない。


「ああ……お見合いの件な、実はアキラの娘と結婚して子供を作らなきゃいけないんだ」


「え?なんで?」


「前にアキラへ挑んで負けたんだ……その時交わした約束だから、守りたいと思ってる」


「そ、そうなの……」


 どうやら拓人は父とも戦っているらしい。

 

 なんというか、やっぱりすごい。

 世界最強の二人と戦って生きてる人間なんて、人類史上でもほとんどいないと思う。


「……でも、すでに二人、断られててな」


 恥ずかしそうに頭を掻く姿は自信なさげだった。


「俺、昔から力だけ強くて……危ないから女に近寄れなくてさ……」

「……最近まで、女性とまともに話したこともないんだ……」

「初めて出来た、仲のいい女友達……は……アキラと子供を……作って……」


 話してる最中に上を向く。


「だけど……アイツ幸せそうで……それを見たら嬉しくもなって……」


 目尻から涙が溢れていた。


「苦労してきたヤツだから……幸せになってくれるなら……それで俺は十分で……」


 きっと、その子に恋をしていたのだろう。

 大切に思っていたのが痛いほど伝わってきた。


「……わ、悪い……みっともないところ見せたな」


 慌てて涙を拭う姿を見ていたら、なんだか切なくなってしまった。


「だ、大丈夫?」


 恋なんてしたことなかった。

 だから、なんて声を掛けていいのかわからない。


「あ、ああ……さっきそれを知ったばかりだから、まだ上手く消化できてなくて……」


 それでここに来た時、目が赤かったのか。

 テラに負けて、好きな子に振られて、心が弱っているのだろう。


「……話が脱線したけど、そういうわけでアキラの娘とお見合いをしてるんだ」


 理由はわかった。

 

 女性が苦手でも、父との約束のために頑張っている。

 その不器用な真面目さと義理堅さは、安心出来た。


「け、結婚とかは無理だけど……と、友達なら……いいよ」


 どれだけいい人でも、初対面で結婚なんて決められない。

 でも、拓人は尊敬できるし、仲良くなれそうだった。


「ああ、色々ありがとな……こちらこそ、よろしく頼む」


 手を差し出そうとして引っ込めた。

 きっと、女性に触れるのが本当に怖いのだろう。


 今まで、私の周りにいる人たちは、みんな心が強かった。

 私の弱さを許してはくれても、共感はしてもらえない。


 でも彼は、強い心だけじゃなく、弱い所も見せてくれた。

 感情が抑えられず泣く姿も、女性との距離感がわからなくて戸惑う姿も、私にとっては欠点にならない。

 

 未熟さは、成長出来る余白だ。

 彼となら一緒に成長出来るかもしれない。


「ちなみに、二人って誰と会ったの?」


「マリアとホンシアだ」


 二人とも知っている。

 

 ものすごく強くて、プライドの塊みたいな妹たちだ。

 確かに、彼じゃなくても結婚なんてしなそうだった。

 なにより、父以外の男性を認めないだろう。


「それでもマリアは、色々と勉強を教えてくれてな」

「ホンシアも、武術を教えてくれているんだ」

「尊敬できる人たちだ……さすがアキラの娘だよな」


 嬉しくなった。

 

 結婚を断られたのに妹たちへ感謝していること。

 そして私たちにとって最大限の褒め言葉を使ってくれたことに。


「安藤くんは……いい人だね」


 思わず素直に伝えていた。


「……ば、馬鹿言うな……これでも暴走族のヘッドだったんだぜ……」


 顔を赤くして横を向く。

 どうやら照れているらしい。

 その姿がなんだか可愛い。


「ウチに、姉様が持って来てくれた暴走族の漫画……ある」

「よかったら……読んで」


 どれくらい、ここにいるのかはわからない。

 でも、彼なら一緒にいるのが無理じゃないと思った。

 

 同居人たちは帰ってしまい、部屋は余っている。

 急に一人になった寂しさも感じていた。


「ありがとう……アマテラスさんは優しいな」


 やっぱりぎこちない笑顔。

 それでも、その顔がいいと思った。


 不器用で、真っ直ぐで、ちょっとかわいい人。


 私の初めての男友達。


 

 こうして、アマテラスと拓人は、なし崩し的に暮らし始める。

 そのことが新たな騒動になるのは、火を見るよりも明らかだった——。

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