幸せだった二ヵ月間
拓人が初めて紫星の屋敷に行ってから二ヶ月が過ぎていた。
季節はいつのまにか秋になり、少し肌寒い日も増えて、庭の紅葉が色付き始めている。
あれから拓人は毎日のように屋敷へ通い続けた。
そして、一日で何十回も死線を超える修行を重ねていた。
その主な理由は、ホンシアの弟子たちによるフルボッコだ。
屋敷に着くなり、全員が容赦なく襲ってくる。
拓人は、全力でチャクラを回しながら、それらを相手に一日中戦い続けていた。
怪我をしたらホンシアが治し、疲労したらアキラが用意してくれたお茶を飲む。
『心が折れない限り付き合うヨ』
ホンシアが言ったその言葉に嘘はなかった。
たとえ心臓が止まっても、何度でも蘇らせてくれた。
弟子たちに手加減などない。
常に全力で命を取りに来る。
特に紅一点の一番弟子、趙 鳳玲の攻撃は苛烈を極めた。
まるでこちらに恨みを持っているかの如く、執拗に急所を狙って来る。
その実力は確かなもので、怪我のほとんどは彼女が理由だった。
『结婚!』
『我絶対不能恕你了!』
などとよく叫んでいるが、中国語はよくわからない。
口元を赤い布で隠しているが、その瞳からは常に殺気が漏れていた。
とはいえ二ヵ月も戦っていると、対応が出来るようになってきて、死線を超えた分だけチャクラも増大していた。
自分が強くなっている実感が確かにあり、確実にアキラへ近づけていると思えた。
目標があると、殺伐とした戦場も悪くない。
もともと暗く薄汚い裏街道で、孤独を友として生きてきた。
自分と肩を並べられるような人間は一人もおらず、それを必死に探していた日々。
あの時に比べ、今は鎬を削れるような相手がたくさんいる。
そして、アキラという光に向かっていることを幸せだと感じていた。
なにより、家に帰れば哲夜が待っている。
彼女は、修行を始めてから日に日に優しくなっていった。
最初は当番制にすると言っていた掃除や料理も、気付けばやってくれていた。
毎日服をボロボロにして帰るけど、代わりの服を常に用意してくれる。
相変わらず口は悪いけど、こちらを気遣う言葉を掛けてくれる。
一緒に過ごす時間は、初めて家族と暮らしているみたいで、とても幸せだった。
それと、アキラの彼女だという三人の女子と少し仲良くなった。
どうやらアキラには複数の彼女がいるらしい。
しかも、全員納得して付き合ってるという。
流石だ、意味がわからない。
俺もアキラを目指すなら、そこも参考にした方が良いのかと本気で悩む。
その中で、水瀬裕子さんという女子とは何度も手合わせをした。
というか、ホンシアの弟子たちに混ざって殺しに来る。
彼女が能力を使って瞬発的に見せるスピードは、フォンリンをも超えていて、最初は成す術もなく倒された。
それでも最近は、目と脳の細胞にチャクラを宿し、活性化させることで対応出来るようになってきた。
水瀬さんは負けず嫌いらしく、さらにスピードを上げたり能力の時間を伸ばしたりして競い合っている。
少し話をするようになって、彼女もアキラに救われて今は目標にしていると言っていた。
同じ目標を持っているのが嬉しくて、それから話をする機会も増えた。
紫星さんは、どうやら都心の方に住むアキラの娘の面倒を泊まり込みで見ているらしい。
そのせいで、あまり屋敷には帰って来ない。
紫星さんのお母さんも他に家があるらしく、ほとんど顔を見なかった。
山岸さんというアキラの彼女は、あまりにも陽キャ過ぎて、話がまともに出来なかった。
生まれついてのコミュ症に、ナチュラルなコミュ強の相手は辛い。
でも、なにやら仕事が忙しいらしく、そこまで会うこともないので助かった。
アキラは頻繁に顔を見せに来てくれて、あの不思議なお茶の補充と、俺の組み手の相手をしてくれた。
アキラは凄い、あらためて思う。
まるで戦いにならないのだ。
ただ、俺が必死に攻撃するだけ。
あの倉庫の時と何も変わらない。
だけど、立ち会うたびに発見があった。
体の動かし方はもちろん、気脈の流し方、チャクラの回し方、新たな技の発見。
向き合うたびに、何段階も強くなれる。
そして何より、俺を信じてくれている。
言葉ではない。
体の動き全てで、もっと強くなれると伝えてくれた。
自分の最も尊敬する人が、心から認めてくれるのだ。
こんなに嬉しいことはない。
おかげで修行にもますます熱が入った。
それは水瀬さんも同じのようで、二人の手合わせは、まるでデートをしているように見える。
言葉はなくても、お互いが愛を語り合うように感じてしまい、見てるこっちの顔が赤くなるほどだった。
そして、彼女も見る間に強くなっていく。
哲夜に水瀬さんの話をしたら、なんだか微妙な顔をしていた。
もしかして、俺が他の女子と仲良くなったことに、嫉妬でもしてくれているのだろうか?
だとしたら、なんだか嬉しい。
最近は、俺の哲夜に対する気持ちが輪郭を持ってしまっている。
一緒に暮らしていると、どうしても意識してしまう。
もう認めざるを得ないのだろう、彼女へ対する感情を。
そういえば哲夜は、研究所の構想を美籐とアキラで話し合っているらしい。
そして、学校にも再び通っている。
戸籍は変えたが、前と同じ学校で同じクラスに転入し直したと言っていた。
大蔵とかいうあの施設出身の男と、協力して何かをやるために、学生の身分である方がいいらしい。
アキラの役に立てることが増えたと言って、毎日嬉しそうにしている。
ただその顔が、なんだか見た事のない表情をしていて、胸がざわついてしまう。
でも、今は強くなることだけ考えよう。
せっかく最高の環境にいるのだから、余計な雑念は抱かず、真っ直ぐに上だけ見て駆け上ろうと決めた。
だが、そんな修行漬けの日々に、事件が起きた。
切っ掛けは、紫星の屋敷で行われた食事会だった。
どうやらホンシアはアキラへ会う以外に、テラと大食い勝負をするためにも日本へ来たらしい。
この二ヶ月で体調を整え、かなり痩せた姿で万全を期してテラを呼び出した。
本場の中華が食べられると聞いて黒猫と共に現れたテラを、ホンシアは殺気を帯びながらテーブルで迎えていた。
タダ飯が食べられると聞いた哲夜と一緒に席へ着くと、フードバトルが始まった。
二十人を超える弟子たちが、一斉に料理を作り出す。
そして、テーブルに次々と料理が並べられていった。
示し合わせたように、それを三人が同じタイミングで平らげていく。
それは飲み込むというより、吸い込むと表現する方が合っていた。
ちなみに俺は、チャーハンと餃子のセットでお腹が一杯になった。
だって注文して出されたのが、焼き餃子じゃなくて水餃子だったんだ。
スープだけでもお腹に溜まる。
朝から始まった食事は、夕方過ぎまで続いた。
結果、勝ったのはホンシア。
テラは満足したように、彼女より先に『ご馳走様』を口にしたのだ——。




