二十四時間、戦えますか?
雪乃がホンシアを迎えに来たのは、次の日の夜だった。
どうやら彼女の方でも色々とあったらしい。
昨日とは明らかに表情や気配が違っていた。
「明日から毎日、雪乃の家に修行しに来るネ」
ホンシアにそう言われ、紫星家の住所を教えてもらう。
マリアの修練は、準備が整うまで待ってくれと言われていたので、丁度よかった。
次の日、紫星家に行くとそこは信じられないほどでかい御屋敷だった。
呼び鈴を鳴らすのも躊躇うほどの重厚な門構え。
だが、哲夜は躊躇なく押す。
「大出哲夜だ、呼ばれたから来たぞ」
正確には俺しか呼ばれていなかった。
何かの参考になるかもしれないと言って、勝手に付いてきたのだ。
コイツの図太さを少しだけ見習いたい。
屋敷の中に通されると、そこに雪乃はおらず、ホンシアのみが待っていた。
「よく来たネ!さっそく始めるヨ!」
まるで家主みたいな態度だが、こいつ居候なんだよな。
「庭に行くネ、拓人の実力を見せてもらうヨ」
広い庭へ出ると、そこには他にも鍛錬をしている人間がたくさんいた。
鉄の棒で体をぶっ叩かれている奴や、指一本で逆立ちしている奴。
目隠しの状態で、剣による攻撃を避けている奴までいた。
「ココにいる弟子たち、全員チャクラが開いてるネ」
確かに、それぞれに気脈の流れが視える。
「もちろん、オーラを纏えるくらいに気が練れてるヨ」
余程の修練を積み重ねてきたのだろう。
纏う厚みに違いはあるが、一騎当千の人材が揃っていた。
突然、なんの合図も無しに、庭にいる屈強な男たちが修行を止め一斉に襲い掛かってきた。
それを見て、慌てて呼吸を練りオーラを纏う。
だがすでに、拳が目の前へ迫っていた。
戦う準備が隙になることを、殴られてから知った。
敵は待ってくれないという現実を、地面にめり込みながら嫌というほど味わう。
反撃の隙なんて欠片も無い。
集団で、蹴られ殴られ切り刻まれる。
自分がフクロにされるなんて思ってもいなかった。
今まで、数えきれないほど喧嘩をしてきたけれど、それらは戦いではなかった。
不意を突かれようが、千人に襲われようが、まともにダメージを喰らわないのだから恐怖はない。
そういう意味では、バチカンでの戦いが俺にとって初めての真剣勝負だった。
あの時の命を懸けた戦いは、確かに俺を成長させてくれたが、基本的には対面してから一対一の勝負だった。
こんな形で、実力者に囲まれてフルボッコにされるなんて、想定すらしていない。
濁流に吞まれているように身動きすら取れず、反撃の糸口がまったく見えない状況。
出来る事と言ったら、丸くなってひたすら致命傷を避ける事のみ。
この窮地を脱する手が思いつかない。
絶え間ない攻撃によりオーラの鎧が削られて、呼吸も練れなくなっていく。
もし、オーラの防御がない状態で、こいつらの攻撃を喰らい続ければあっという間に死んでしまう。
恐怖なんて感じている場合じゃねぇ。
動け、立ち上がれ、反撃しろ!
だが、どれだけ戦う意思を持っても、どうにもならなかった。
腕の骨が折れる。
肋骨が数本割れて肺を引っ掻く。
皮膚を刃物で切られて熱を感じる。
——死が、すぐそばまで迫っていた。
不意に攻撃が止む。
血を吐きながら頭を上げると、目の前には哲夜の背中があった。
その周囲には俺ら二人を守るように大きな盾が出来ている。
「やりすぎだろうが!死ぬぞ!」
哲夜が叫ぶ。
その体には無数の傷が付いていた。
どうやら、体を張ってあの暴力の渦から庇ってくれたらしい。
「拓人は命を懸けるって言ったネ、なら死んでも仕方ないヨ」
ホンシアは感情を見せずに言った。
「ふざけんな!人の命をなんだと思っている!」
叫ぶ哲夜の背中を、情けない気持ちで眺めていた。
「命はひとつネ、大切ヨ」
「それを守るなラ、常に危険を意識するのは当然ネ」
俺にはそれが無いと伝えていた。
戦いの準備が間に合っていない、その時点でズレていると。
昨日、俺は覚悟があると口にした。
それなのに、この場に着いても気を抜いていた。
周りの実力者が、一瞬で全員が敵になるなんて、考えてもいなかったのだ。
思い返せば、ホンシアはヒントをくれていた。
『さっそく始める』
『実力を見せろ』
『ここにいる全員が実力者だ』
その言葉を真剣に受け止めず、戦いの想定をしなかった。
戦うとしても、一対一で向き合うものだと勝手に思い込んでいた。
想像力の欠如が、呆気なく命を落とすことを知る。
もしも、常に戦場にいる心構えを持っていれば、ここまで追い詰めらなかっただろう。
マリアの時に、気合いのみでただガムシャラに戦って負けたことが、何の教訓にもなっていない。
あの時だって命を懸けていたが、結局負けてしまったじゃないか。
いつだって、負ければ死ぬ。
その覚悟が足りなかった。
「……俺が悪い」
きっとアキラなら、こんな状況でも何事もないように笑って切り抜けるだろう。
目指す場所はそこなんだから、出来るようにならなければ嘘になる。
「常在戦場の意識を持つネ、それさえあれば昨日の催眠にも掛からなかったヨ」
俺が文句を言わなかったことに、ホンシアが目を細めてアドバイスをくれた。
もしかしたら、哲夜が止めなくても、死ぬ寸前で止めてくれたのかもしれない。
だが、死んでも仕方がないという言葉も本気だった。
至る所から血が流れ続け、肺に骨が引っかかって鋭く痛む。
腕が熱を持ち、鼓動に合わせてズキズキと疼く。
命懸けの意味が、体に刻まれていた。
「怪我を治すヨ、ヤリ方覚えるネ」
ホンシアが近づいて、俺の体に手のひらを当てた。
するとその手が柔らかな光を纏う。
それは、アキラがバチカンで瀕死の俺にしてくれた治療法。
触れられている場所から、傷の痛みが消えて楽になってきた。
確かにこれが自分でも出来れば、生存の可能性が上がる。
なにより仲間を治せるってのがいい。
哲夜も自分自身は治せるが、回数に限界はあった。
いざという時に治療が施せるなら、それに越したことはないだろう。
ホンシアの手元を真剣に見つめる。
白金に輝く手はオーラよるものだ。
そのオーラでこちらの細胞を強制的に活性化させて、急速に新陳代謝を促している。
それで怪我が治っているんだ。
怪我の部分を巻き戻してるように見えるけど、実際は早送りをしている。
まるで細胞の一粒一粒にエネルギーを送るような、精密な作業だった。
「活命掌という技ネ、見ての通り相手の細胞を意識しなければ出来ないヨ」
さっそく自分の体で試してみる。
だが、細胞を捉えるのが難しい。
砂漠で、砂の一粒をつまむような作業だった。
「まずはチャクラの数を増やすヨ、今はまだ体の部位に宿らせてるだけネ」
「それを細胞ひとつひとつに宿らせるヨ、それが出来れば相手の細胞も掴めるネ」
告げられたのは、気の遠くなるような道。
人間の細胞は三十七兆個と言われている。
それら全てにチャクラを宿せと言われた。
「細胞はそれぞれ入れ替わる周期が違うネ、一日のもアレば十年のもアル」
「中には脳ミソみたいに一生変わらない細胞もアルヨ」
「新たに細胞が生まれた瞬間に、チャクラを活性化させれば全身すべてチャクラと化すネ」
「まずは長生きしている細胞を、全部覚醒させるところから始めるネ」
というか、その細胞にチャクラを宿すやり方がわからない。
「……どうやればいいんだ?」
素直に聞くしかなかった。
「ひたすら気を練るのヨ、起きてる間も寝てる間も、ご飯中も排泄中も、今この瞬間もネ」
ホンシアが手のひらで球を作る。
その中にあるのは濃密な気の奔流。
おそらく彼女は常に気脈を全力で流し続けているのだ。
だから一瞬で、あれほど濃い気を作り出せる。
そこに在ることが当たり前になれと告げていた。
「……わかった、必ずやってやる」
螺旋剛拳を打つつもりで、全身のチャクラを全力で回した。
これを二十四時間、三百六十五日続けろと言っているのだろう。
無茶だけど、無理とは言わねぇ。
目の前に実際やってる人間がいるんだ、なによりアキラはきっと出来ているのだから。
「フフ……やっぱり拓人はちょっとだけ良いネ」
こうして拓人の修行は本格的に始まった。
だが、その先には大きな試練が待つこととなる。
そしてそれは、二ヵ月後に訪れた——。




