記憶に残らないプロポーズ
妖艶な美女へと変身したホンシア。
その姿を見て、拓人は顔を赤らめたまま固まっていた。
哲夜は挑発し返されたことに歯ぎしりしている。
一触即発の空気が漂う中、それを破るように声が響く。
「あれ?ニクスが呼んでる、緊急だって」
アキラが突然、独り言のように呟いた。
「ごめん、ちょっと帰るから、ホンちゃんのことお願い」
「ホンちゃんも、二人の言うことをよく聞くんだよ」
そう言い残し、目の前から忽然と姿を消した。
おそらくアキラはこの空気を理解していない。
二人が暴走したら、俺は命懸けで止める羽目になる。
「とりあえず、ちびっ子というのを訂正するネ」
ホンシアが、哲夜を見下ろしながら迫る。
「ふん、そうやってムキになる所がお子様だと言っている」
哲夜も立ち上がり、腕を組んでホンシアを見上げた。
二人の間には、火花が見えるほど険悪な空気が漂っていた。
このままでは再び喧嘩になってしまう、どうにかしなくてはいけない。
「……二人とも、腹減ってないか?とりあえずメシ食いに行こうぜ」
こういう時はとにかく飯だ。
腹が膨れれば、きっと気持ちも落ち着く。
なにより、少なくとも哲夜はこれで釣れるはず。
必死に笑顔を作り、冷や汗を垂らしながら親指を上げる。
「「行く!」」
怒った顔の美女二人に同時に振り向かれ、思わず腰が引けてしまった。
それでも、どうにか気を逸らすことは出来たみたいだ。
額から床へ垂れた汗が、俺の頑張りを表していた。
自分で自分を褒めてあげたい。
さっきアキラも言っていた。
暴力で解決していいのは、紀元前までなのだから。
結局、近所の回転寿司屋へ三人で行くことになった。
だが、そこでは俺の想定を遥かに超える事態が待っていた。
この美女二人が、周囲の注目を集めるほど食べまくったのだ。
四人掛けのテーブルに食べた皿が乗りきらず、しかもホンシアは酒をバカスカと飲む。
皿の種類と枚数で会計をする店だったので、途中で二回も会計を挟む羽目になった。
おかげで合計額がとんでもない金額を叩き出す。
アキラのカードを使わせてもらったが、俺が一度の食事で使った金額では過去最高額だった。
「やっぱり日本の寿司はおいしいネ!」
部屋へ戻り、リビングのソファーに座りながらホンシアが腹を撫でていた。
「ふん、なかなかやるじゃないか」
哲夜がホンシアを褒める。
二人は途中からフードバトルみたいに競い合って食べていた。
結局、ホンシアが勝ったようだが、六皿で食べ終わった俺には、どちらも異次元過ぎて付いていけない。
「テツヨもナカナカの胃袋だったネ、気に入ったヨ!」
どうやら戦いを経て、友情が育まれたらしい。
六皿の俺には立ち入れない領域が、そこにはあった。
なんにせよ、トラブルが回避できたのなら喜ぶべきだ。
「……で、ホンシアはどこに泊まるんだ?日本へ来たばかりなんだろ?」
アキラへ会いに来て、さっき着いたと言っていた。
「雪乃の家へお世話になるのヨ、でも場所忘れタ、連れてってくれるカ?」
「ムラサキの家なぞ、どこにあるのか知らんぞ」
ムラサキ、雪乃、さっきの金髪の子。
もちろん俺も、家の場所なんて聞いていない。
「……とりあえず、ウチに泊まればいい、アキラも用事が済んだらまた来てくれるだろう」
アキラの娘を放って置くわけにもいかない。
「謝謝、なら世話になるヨ!ご飯も御馳走になったし、アナタ意外とイイ男ネ」
合掌してお礼を言われた。
こんな美女に褒められたら悪い気はしない。
「おい、鼻の下が伸びてるぞ」
哲夜に忠告され思わず鼻をこすってしまった。
「そういえば二人はどんな関係ネ?恋人カ?」
恋人——また言われた。
人から見ると、そう見えるのだろうか?
なんだか顔がニヤケてしまう。
「この長ネギとは友人で同居人だ、それ以上でも以下でもない」
俺と違って、一切顔を赤らめたりしない哲夜。
どうやら、そういった感情は無いらしい。
いや、俺だって友人だと思っている。
尊敬できる親友で、背中を預けられる相棒だ。
でも、最近なんかちょっと変な感情が湧きやすいだけで。
俺のロッドが立ちやすいだけで。
あの時の、光を帯びたアソコを何度も思い出すだけで。
おそらく一生忘れられないだけで。
「そうなのカ……タクトと言ったナ、恋人イナイなら我と結婚できる可能性が少しだけアルヨ」
流し目を送られ、心臓が跳ねた。
大人の姿になったホンシアは、ハッキリ言って魅力がやばい。
昔読んだ“傾国の美女”という言葉は、こういう女のためにあるのだろう。
「アナタ、才能はアルネ」
ソファーに座り、足を組み替える。
その淫靡な仕草に目が釘付けになってしまう。
だって彼女、ズボンを履いてないんだもの。
「だけど、粗削り過ぎるヨ」
帰って来てから、お腹が苦しいといって脱いでしまった。
つまり、ホンシアは今、超ミニのチャイナ服姿だった。
「ちゃんと修行を積めば、かなりの強者になれると思うネ」
長く綺麗な生足が、俺の前で行ったり来たりしてた。
時折、魅惑の三角地帯が見え隠れする。
それに釣られて俺の視線も左右と真ん中を行ったり来たりしてしまう。
なんだか意識がフワフワしてしまい、チラチラ見える布のことしか考えられなくなってきた。
あの向こうには、やっぱりあの輝くアレがあるのだろうか?
見たい、どうしても見たい。
真摯に頭を下げれば見せてくれるかな。
ちょっと頼んでみようかな。
今なら土下座までしてしまいそうだ。
頭にモヤが掛かったように、思考が回らなくなっていた。
まるで理性を剥がされ、本能を剥き出しにされているような感覚。
「あとは覚悟の問題ヨ、タクトは何を目指してル?」
目指す場所——。
「アキラだ」
それだけはハッキリしている。
たとえ足の間の布へ夢中になっていても、そこだけはブレない。
「フフ……合格ネ」
ホンシアはそう言うと、立ち上がってズボンを履いた。
「ちょっと試させてもらったヨ」
悪戯っぽく笑うと、舌を出した。
なんて可愛らしいのだろう。
「お見合いするなら本音が聞きたかったネ、悪く思わないでヨ」
悪くなんて思うわけがない、俺は彼女と結婚するのだから。
そして、布の向こう側を存分に眺めさせてもらう。
想像しただけで鼻血が出てきた。
「アイヤー、目が逝ってるヨ……ちょっと効き過ぎたネ、もしかして童貞カ?」
そうさ、全ては彼女に捧げるため、大事に取っておいたと言える。
「……結婚式はいつにする?」
俺がプロポーズをした瞬間、頭に衝撃が走った。
「痛ってぇ!」
振り向くと、哲夜が白い警棒を手にして、怒った表情を見せていた。
「ド低脳が!目を覚ませ!」
目を覚ます?何を言ってるんだ?
むしろ彼女への愛に覚醒しているくらいだ。
「しょうがないネ、体を戻すヨ」
ホンシアが深く息を吐くと、途端にその体が縮みだし、元の小学生みたいな外見へ戻っていった。
それを眺めていたら、段々と頭のモヤが晴れていった。
「……あれ?俺、今なにしてた?」
この五分くらいの記憶が微妙に飛んでいる。
頭に瘤が出来ているけど、なんで出来たのかがわからない。
確か何かを聞かれていたような。
「オマエな!会ったばかりの女に、気軽にプロポーズするな!」
プロポーズ?なんのことだ?
「タクトは悪くないネ、我の催眠術に掛かっていただけヨ」
催眠術?なにを言ってるんだ?
「そうなのか?確かに正気を失っているような目だったな」
なにか、白い布がチラチラ見えていた気がする。
「童貞だったせいデ、思ったより掛かりが強くなってしまったヨ」
断定された言葉に、動揺してしまう。
「ど、ど、童貞とか言うな!失礼だろ!」
思わず声を張り上げてしまった。
「童貞じゃないのか?」
哲夜が眉を寄せて、心配そうにこちらを見た。
その顔を見てしまったら嘘は吐けない。
「…………童貞だけど」
彼女はそれを聞いて、安心したように胸を撫でおろした。
「ふん……先を越されていたかと思って焦ったぞ」
「オレが処女を失う前に、童貞捨ててマウント取るなよ!」
哲夜が腕を組んで鼻息を荒くする。
俺が彼女の体にマウントして、同時に喪失する可能性は頭に無いのかな。
「なんにせヨ、結婚するなら目的は高く持った男がいいネ!爸爸が目標ならバッチリヨ!」
ニコニコしながら親指を立てるホンシアを見て、少しだけ思い出した。
そういえば目標はなんだと聞かれた気がする。
「……そんなの聞けば答えたのに、わざわざ催眠なんて使うなよ」
回りくどいやり方をされたことに腹が立った。
「魂に刻まれた答えが欲しかったネ、我と結婚したいならそれくらいは許して欲しいヨ」
結婚?そういえばお見合い相手だったな。
でも、さっきまでの姿ならともかく、普段がこの小さな姿だと恋愛感情が持てそうにない。
「熱烈なプロポーズも受けたシ、これから我よりも強くなって貰わなければならないネ!」
だから、プロポーズってなんだよ。
そんなのするわけないだろう。
「強くなるのに時間は必要ないネ、大切なのは命を懸けた覚悟だけヨ」
ホンシアの細い瞳が薄く開いて、こちらを強く見据えた。
「……それだけは自信あるぜ」
良いこと言うじゃねぇか。
アキラへ近づくためなら何でもやってやる。
滾る思いが体中のチャクラを回し、皮膚からオーラが滲み出る。
俺は、瞳に黄金の螺旋を浮かべながら笑ってみせた。
「その覚悟、気に入ったネ、明日から死ぬほど鍛えてあげるヨ」
ホンシアは、肉付きのいい頬を口角で持ち上げて、嬉しそうに告げた。
鍛えてくれるなら、ありがたくお願いしよう。
彼女が滅茶苦茶強いってなら丁度いい、あっという間に追いついて更なる高みへ辿り着く。
それが俺の魂に刻んだ誓いなのだから。
こうして彼は高みへ登り始める。
この世界で最上位に位置する、強き者の力を借りて。
ただ、その彼女へプロポーズをした事実を、今は彼だけが知らない——。




