大人になれるモン!
新車のバイクで服屋を巡り、帰って来たのは夕方過ぎだった。
「オレも免許を取るぞ!」
哲夜が興奮しながら、買って来た服の整理をしていた。
どうやら初めて乗ったバイクが、いたくお気に召したらしい。
俺も、新しい愛車を存分に楽しんだ。
ハーレー特有の安定感に、街乗り仕様の取り回しが加わったナイトスターは、二人乗りでもその性能を損なわない。
快適なツーリングを楽しめた。
何より、バイクは密着感が凄い。
慣れてないと危ないからしっかり掴まれと言ったので、背中には常に柔らかい物が当たっていた。
そのせいで、運転中も皮パンがパンパンだった。
あらためてバイクの素晴らしさに気付けた。
俺は一生乗り続けることを決心する。
お互い朝の気まずさなど吹き飛んで、バイク談義へ夢中になっていた。
哲夜は、自分でバイクを設計したいと鼻息を荒くして、ノートに難しい計算を書き出すほどだった。
だが、そんな楽しい時間のあと、思わぬトラブルが舞い込んできた。
リビングで寛いで晩飯をどうするか考えていると、不意に来客を知らせるチャイムが鳴った。
インターフォンの親機を見ると、金髪で眼帯をした女子が映っている。
どうやらアキラに用事があるらしい。
俺と同じで引っ越したことを知らないのだろう。
一応関係を聞いてみると、突然別の少女が映り、アキラの娘だと言った。
マリアの時を思い出すと、トラブルの匂いしかしなかったが、とりあえず上がってもらうことにした。
その予感は見事に当たり、色々あって俺は部屋からガラスを割って外に吹き飛ばされる羽目となる。
マンションの最上階からの落下だ、普通なら死んでいただろう。
だが、俺の身体能力は伊達じゃない。
ほとんど無傷で着地した。
むしろ落下のダメージよりも、喰らった攻撃の痛みが尾を引いていた。
哲夜が危ないと思い、壁を駆けあがって急いで部屋に戻る。
だが、そこにはいつの間にかアキラが来ており、ホンシアと名乗った彼の娘が正座していた。
哲夜が機転を利かし、呼び出したようだ。
その後、金髪の子は急に帰ってしまった。
おそらく哲夜が強く当たったせいだ。
どうやらあの子はアキラの彼女で、なにやら思い悩んでいたらしい。
本当にこいつは遠慮というものがない。
見ていて可哀想だった。
「……お前のせいだぞ」
ホンシアの一撃がいまだに効いていて、内臓が痛みを訴える中、哲夜に言い過ぎだと忠告した。
「ふん、知ったことか!自業自得だ!」
「……もう少し、言い方ってもんがあるだろうが」
さすがに、泣いている女子へ追い討ちをかけるのはやり過ぎだ。
「……アキラも、その娘を許してやってくれ」
正座したまま泣いているホンシアへ、助け舟を出す。
きっと実年齢は違うのだろうが、小学生くらいに見える子が怒られ続けるのは忍びない。
「ありがとう拓人。ほら、おいでホンちゃん」
アキラが娘に向かい両手を広げる。
「……爸!会いたかっター!」
ホンシアは丸っこい体型で飛び上がり、弾丸のような速さでアキラの胸に飛び込んだ。
オイオイと泣きながら抱きつく姿を見て、俺まで涙ぐんでしまう。
あの時、俺も泣きながら縋りついた。
やはりアキラに対しては、友達というより父親を感じてしまう。
温かくて優しく、時に厳しい。
俺の辿り着きたい目標。
もし、アキラの娘と結婚したら、本当に彼がお父さんになる。
そしたら、昔見た教育番組みたいに家族一緒に住めるのだろうか。
俺が肩を揉んだり、背中を流してあげたり、その日あったことを話したり出来るかもしれない。
それ、いいな。
「おい長ネギ!何をニヤニヤしてる、気持ち悪いな」
哲夜の言葉で現実に引き戻される。
「……いや、自分の将来を考えてな……」
「ふん、どうせまたエロいことでも考えていたのだろう」
「違う!アキラの娘と結婚したら、どうなるか考えていただけだ!」
こいつ、完全に俺がエロいことばかり考えてると思ってやがる。
俺はそういうことを諦めていたから、むしろ普段あまり考えないようにしていた。
この状況のせいで、ハプニングが立て続けに起こっただけだ。
まるで普段からそんな奴だと思われたなら心外だった。
「そうだ、それならちょうどいいね」
アキラが、抱っこしているホンシアを下ろして頭を撫でた。
「この子はホンシア、僕の自慢の娘だよ」
撫でられて、嬉しそうに目を細めている彼女をあらためて眺める。
「結婚相手にどうかな?」
どう、と言われても小学生にしか見えない。
マリアも外見は中学生くらいに見えたけど、威厳と落ち着きがあった。
中身も大人びていたし、一緒に過ごせば尊敬出来る部分が多かった。
普通に考えれば結婚相手としては申し分ないだろう。
まあ、断られたけど。
「なんの話ネ?」
「彼は安藤拓人くん、とっても素敵な頑張り屋さんなんだ、僕の自慢の友達さ」
アキラが俺を真っ直ぐ褒めてくれる。
思わず照れてしまい、頭を掻いた。
「ホンちゃんのお婿さんに、どうかなと思ってね」
アキラの言葉を聞いて、ホンシアがあらためて俺を見る。
糸のような細い目を開けて、品定めをしているようだ。
「でもコレ、我より弱いネ」
完全な格下扱い。
下手すりゃ“物”扱いだ。
「弱い男に興味は無いヨ」
どうやら彼女の好みは、自分よりも強い男らしい。
確かに先ほどの一撃は、いまだに痛みが残っていた。
俺のオーラを突き破って内臓を揺らした攻撃。
なにより、近づかれたことに気付けなかった。
おそらく並の実力者ではないのだろう。
「ホンちゃんより体術が強い男なんて、世界でたぶん僕しかいないよ」
どうやら並とかそういうレベルじゃないらしい。
「なら爸と結婚するネ!」
ホンシアがアキラへ再び飛びついた。
「もう、ホンちゃんは甘えん坊さんだなあ」
抱きしめながら、目尻を下げるアキラは娘に甘い父親だった。
「ふん、ファザコンめ、アキラの娘は全員そうなのか?」
哲夜が、その姿を見て鼻を鳴らす。
なんとなく、ホンシアへの嫉妬が見え隠れしている気がした。
でも、アキラが父親ならそれも仕方ないと思う。
実は俺も、一度でいいから抱っこをされてみたかった。
生まれてから一度もされたことがないから、憧れに近いものを持っていた。
「あの女、さっきから生意気ネ!」
アキラに抱かれながら、ホンシアが哲夜へ指を差して怒りを見せる。
「ちびっ子の方が生意気だろうが、アキラに怒られてメソメソしてた癖に」
こいつは、相手を挑発しなければ気が済まないのか?
いつか口が災いして死ぬと思う。
俺が守ってやらないと。
「誰がちびっ子ネ!そこまで言うなら本当の姿を見せてやるヨ!」
ホンシアがアキラから飛び降り、呼吸を練る。
部屋のガラスが震えるほどの強い息吹。
呼応するように彼女の体に黄金のオーラが纏われていく。
それは俺が出す色と同じもの。
だが、俺のよりも眩く、プラチナのような白みを帯びていた。
ゆっくりとホンシアの体が変化していく。
身長が伸び、全身の脂肪が必要な場所に集められて、顔が大人びていった。
気付けば、そばにいるアキラの背を超えて、俺と目線が同じ高さになっている。
その体は太ってはいないが肉厚的で、胸も尻も成長し過ぎて子供服がはち切れそうだ。
目の細さは妖艶さを帯びており、見つめていると体の芯が熱を帯びてきてしまう。
妖狐の化身とでも言われれば、納得してしまいそうな怪しげな雰囲気。
まさに、人外の美しさを誇る、蠱惑的な美貌の女がそこにいた。
「これでも我はちびっ子カ?オマエの方がちっこいネ!」
負けず嫌いを絵にかいたようなセリフを吐いて、哲夜を見下ろすのは、間違いなく劉紅霞本人だった——。




