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父を訪ねて三千メートル

 予告なく、急に二人の前へ現れたアキラ。


 全裸の哲也と、半裸の拓人を目にして、その顔は喜びに満ちていた。


 

「二人の子供なら、きっと素晴らしい魂を持ってるだろうな、楽しみだよ」


 アキラが心から嬉しそうな声を出し、髪を掻き上げた。


「それじゃ、頑張ってね」


 片手を上げて部屋を出ようとするのを見て、熱に浮かされていた俺の頭が、急に現実へ引き戻される。


「待て!まってくれ!違うんだこれは!」


 革パンのチャックを慌てて上げ、引き留める。

 親に、彼女との情事を見られたような、物凄く気まずい焦りで上手く手が動かない。


 親はいないけど、きっとそうだと思った。


「そうだぞアキラ!ちょっと待て!話を聞いてくれ!」


 慌ててその場にしゃがみ、体を隠す哲也。

 明らかに俺が見た時よりも真っ赤な顔をして、裸を見られるのを恥ずかしがっていた。


「え?作らないの?お互い準備できているのに?」


 アキラの視線は、俺と哲也の股間を交互に眺めていた。

 

 釣られて思わず哲也へ視線を向けると、しゃがんで体を隠している足の間が見えた。

 そこには何も生えておらず、ベッドの照明を間接的に浴び、テラテラと濡れて怪しく光っていた。


 男二人の視線を感じ、大事な部分が丸出しになっていたことに気付いた哲也は、足元のシャツを必死に掴むと急いで被った。


「ち、違うからな!撮影するので興奮してただけだからな!子作りのためとか勘違いするな!」


 シャツ一枚の姿で、必死になって弁解する。


「オマエも、そんなもんおっ立ててんじゃない!そんなとこまで長ネギか!」


 哲也が指差した先は、俺の股間。

 

 そこにはスーパーのビニール袋からはみ出した白長ネギのように、パンツから飛び出た俺の棒が見えていた。

 

「あっ!違うんだ!これは違う!なんか気付いたら痛くなってて!」


 無理にパンツへ収めようとしても、俺のロッドが言うことを聞いてくれない。

 もう二度と、棒の扱いが上手いなど口が裂けても言えないだろう。


「そっか違うんだ、残念だよ」


 眉を寄せるアキラの悲しげな顔を見て、色んな感情を持て余した俺は、ダッシュでトイレに駆け込んだ。



 リビングで、俺と哲也は俯いたまま黙っている。

 あまりにも気まずい空気が流れていた。


「僕はてっきり二人が子作り頑張ってくれるものだと思ってさ」


 髪を掻き上げ、残念そうに呟くアキラの言葉に、俺らは身を縮める。

 

 そういえば、マンションに着く前、これから向かうとアキラへメッセージを送っていた。

 きっと、それを見て来てくれたんだろう。


「哲也は女性になったんだし、卵子もあるから子供できるよ?」


 そうなのか?

 こいつ、そこまで完璧に作り上げたのか。


「それなんだがな……本当にすまない、娘と結婚する約束が果たせなくなってしまった……」


 哲也が、申し訳なさそうに心から謝る。

 こいつは、アキラのことだけは大切に思っているのを知っていた。

 その約束を果たせないことを、本気で申し訳なく思っているのだろう。


「そんなのいいよ、哲也は夢を叶えるために進化したんだから、その方が僕にとっては嬉しいんだ」


 真っ直ぐに祝福するアキラを見ていると、俺の視界が揺れてしまった。

 なんで彼はこんなにも優しいのだろうか。


「ありがとう……その代わりに、出来る限りのことはするつもりだ」


 哲也も涙を浮かべながら、アキラを見つめていた。


「それなら、子供を産んでくれたら約束は果たしたことになるよ」


 安心してと伝えるように微笑んだ。


「オレが……子供を?」


 哲也が驚き、見開いた目から溜まっていた涙が零れた。


「さっきも言ったけど、哲也が子供を作ってくれたら嬉しいと思っているんだ」


 アキラはいつも本気だ。

 これもきっと冗談じゃない。


「オレは男だぞ……」


 哲也は神妙な顔をして、考え込むように呟いた。


「精神は体に引っ張られる、特に哲也は脳の仕組みまで再構築したからね」

「それにホルモンの関係で、これからもっと女性らしくなっていくよ」


 性別の問題は、時間が解決してくれると告げた。


「そうか、薄々は気付いていたが……もう男に戻る気もないし、それも受け入れよう」

「だが、相手はどうする?アキラには息子がいるのか?」


 子供を作る、それは哲也が他の男と()()ってことだ。

 それ、なんか嫌だな。

 

「僕の息子で今も生きているのは、一人しかいないんだよね」

「それに多分だけど、作ってくれないと思う」


 アキラは悲しそうに目を細めた。


「だから、拓人と作ってくれるか、僕と作るのがいいんじゃないかな?」


 二択の中に自分が入っている。

 そのことに心臓が跳ねた。


「魂がかなり強くないと子供出来ないから、探してもいいけど時間かかるよ」


 それって、つまりアレだよな。

 俺は哲也と子供を作る行為をする可能性があるわけで。


「どうする?探す?」


 さっき見た体を触ったりするわけで。

 それを考えると、また皮パンがパンパンになってきてしまったわけで。


「僕でもよければ、すぐに作るけど」


 聞き捨てならない言葉で、妄想の中にいた意識が戻る。


「アキラと……SEXか……なんか恥ずかしいな……」


 頬を染める哲也を見ていたら、下半身に集まった血が、勢いよく頭に上ってきた。

 

「処女を失うのは理想とズレてしまうが、それでもオマエとの約束を果たせるなら……異存はない」


 覚悟を決めたようにアキラを見つめる瞳は、彼を受け入れる女のものだった。


「ちょっと待ってくれ!」


 思わず口から出てしまった。


「なんだオマエ、顔が真っ赤だぞ、熱でもあるのか?」


 心配そうにこちらを見る哲也へ、なんと言っていいのかわからない。


「大丈夫?僕のお茶でも飲む?」


 アキラが、あの回復効果抜群だったお茶を、影から出して勧めてくれた。


「……い、いや、大丈夫だ……ただ、よくわからないんだが……ちょっと待って欲しい」


 説明になってないのはわかっていた。

 だけど、このまま話が進むのはどうしても嫌だった。


「まあ確かに、長ネギの言うように、オレも少し待って欲しい」

「処女の内に取っておきたいデータや画像もあるしな」


 哲也は腕を組んで、色々と試したいと鼻息を荒くした。


「わかった、それじゃどうするかはゆっくり決めてね」

「哲也はもう年を取らないだろうから、時間はたっぷりあるし」


 アキラがサラリと信じられないことを言った。


「そうなのか!?ならばオレはずっとこの理想の体でいられるというのか?」


 身を乗り出してアキラへ迫る。


「うん、このまま進化を続ければだけどね、不死ではないけど不老には近づいてるよ」


 微笑みながらがんばったねと告げる瞳は、あの時に俺へ向けたものと同じだった。

 それを思い出すだけで涙が出てきてしまいそうになる。

 

 哲也は本当に夢を叶えたんだ。

 親友が長年抱いていた願いの到達を聞き、胸が熱くなった。

 

「そうか!それは素晴らしいな!ならば全力で研究に励み、進化を続けよう!」


 哲也が、鼻息をさらに荒げてやる気を(みなぎ)らせていた。

 

「うん、がんばってね、いくらでも手伝うからさ」


 アキラはやっぱりすごいな。

 いつも俺らを助けてくれる。


 もちろん、哲也が夢を叶えたのは、アイツの命を懸けた覚悟によって成したことだ。

 だが、切っ掛けをくれたのは、間違いなくアキラだった。

 

 きっと彼と出会ってなければ、俺らは今も変わらず光のない人生を歩んでいただろう。

 それにあの時、命も救われている。

 バチカンまでアキラが来てくれなかったら、絶対に死んでいた。


 恩を返していきたい。

 心からそう思う。

 

 マリアから、アキラの過去を聞いた。

 それはまさに神の所業で、今の俺なんかが到底辿り着けない場所にいることを知った。


 それでも、俺は彼の高さまで上ることを決めていた。

 絶望なんて、ぶっ飛ばしてでもそこへ行くのが俺の生き様だ。


「話は変わるけど、拓人には会ってもらいたい人がいるんだ」


 アキラの頼みならなんでも聞くつもりだ。

 また海外に娘へ会いに行けと言われても、躊躇いなく行ってやる。


「これから美藤賢治という人へ会いに行くんだけど、一緒に行ってくれる?」

「彼は、君たちがいた施設の所長だった人、拓人の義理のお父さん」


 施設、あの狂った場所。

 美藤、それは俺の前の名前。


「美藤さんにお願いしたい事があってね、息子がいたら聞いてくれやすいと思うんだ」


 思い出した。

 

 そいつは俺をあそこへ閉じ込めていた張本人。

 俺を実験動物としてしか見てなかったクソ野郎。


 俺の、名付け親だった——。

 

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