革パンパン
庭に出された大きなテーブルには、次々と中華料理が並べられていく。
すぐそばには、突貫で作られた剝き出しの調理場。
そこでは二十人を超える逞しい男たちが、巧みに鍋を躍らせ料理を作り続ける。
食材が詰まった段ボールの山は、調理の終わりが果てしなく遠いことを示していた。
それは、まさに戦場だった。
テーブルで料理を待ち構えているのは三人。
一人目。
黒髪にバレイヤージュのメッシュが混ざり、陽光を受けてキラキラと輝いている。
モデル雑誌に載っていてもおかしくない、小顔で整った美貌の女性。
二人目。
薄紫の髪を真ん中で分け、両側をお団子にまとめ、そこから毛先をふわりと垂らしている。
ふっくらした体つきに、糸のように細い目をした幼い少女。
三人目。
濃い青髪がゆるやかなウェーブを描きながら腰まで流れている。
青白い肌が太陽の光を受けて透き通るように輝く、中学生ほどの年頃に見える少女。
彼女たちは、もう一時間以上休みなく食事を続けていた。
「今日こそ勝つヨ!覚悟はいいネ!テラ!」
糸目の少女が吠える。
「本場の中華……おいしい……」
それを気にせず、ひたすら口へ料理を運ぶテラと呼ばれた少女。
「タダ飯ほど旨いものはないからな!お前ももっと喰え!拓人」
口に餃子を頬張りながら俺にレンゲを向ける、明らかに行儀のなっていない美女。
「……俺はもう腹一杯だ、喰い過ぎると体に悪いぞ……哲夜」
俺はすでに食事を終えて、目の前でフードファイトを繰り広げる三人を眺めていた。
ここは、紫星さんの御屋敷にある庭だ。
校庭ほどの広さがある整っていたはずの庭園は、修行のための器具が並べられていた。
さらに今はいくつもの調理台が置かれ、油汚れやら食材の切れ端などで元の美しさを失っている。
「……よく紫星さんに怒られないな」
由緒正しき御屋敷の庭とは思えない光景だ。
「近い内に取り壊すカラ無問題って、雪乃の妈妈が言っていたネ」
糸目の少女、劉 紅霞が箸を止めずに答える。
彼女はアキラの娘だ。
そして、俺——安藤拓人の見合い相手でもあった。
バチカンで一週間ほど過ごした後、同じくアキラの娘であるマリアと一緒に日本へ帰って来た。
マリアは、俺に色々なことを教えてくれた。
人類の本当の歴史やら、宗教の成り立ち、マナーや人心掌握の方法など。
それらは知らないことばかりだったので、結構面白く、あっという間に一週間は過ぎていった。
何よりマリアの教え方が驚くほど上手く、長いこと信者を導いてきたのも納得できた。
ただ、妙に体の距離が近かったのと、俺を新しい宗教の教祖にするとか言っていたのが気に掛かったが。
一週間が経ち、集中するためと言って取り上げられていたスマホをマリアから返してもらった。
メッセージアプリには、ロッドの連中から山のように連絡が来ていて、全部確認するだけでも一苦労だった。
その中に、アキラから『日本へ帰ったらマンションに来て欲しい』というメッセージがあった。
空港でマリアやお付きの奴らと別れ、とりあえずアキラのマンションへ向かう。
しかし、そこで出迎えたのは哲也だった。
「ふん、帰って来たか」
相変わらず偉そうな態度だったが、その姿は女性のまま。
それもとびっきりの美女。
「お、お前!なんて格好してやがる!」
夏だから薄着なのはわかる。
だが、よりによって女の身体で、男物のタンクトップとトランクス姿で出迎えられた。
しかも、服の大きさは前の太り過ぎていた体型のサイズだ。
「女物の服が無いんだよ、今度買いに行くまで我慢しろ」
憮然とした表情で腕を組むが、そのせいでタンクトップから色々とはみ出ていた。
「とりあえず!頼むからシャツを着てくれ!」
また自分を殴らなきゃいけなくなる。
胸から必死に視線を外してお願いした。
「ふん、仕方がない奴め、ヤンキーなら女の体に慣れてそうなもんだがな」
哲也は、ブツブツいいながら着替えに行ってくれた。
確かに、日本最大の暴走族のリーダーという立場上、女が寄ってくることはあった。
一度、興味があって女とデートをしたこともある。
だけど、俺は力が強すぎた。
緊張しながら手を握っただけで、相手の骨を折ってしまった。
それ以来、女に触れたことはない。
そのせいで、周りは勝手に硬派だと思っていたみたいだ。
だが、俺だって人並みに女へ興味はあるし、好きな子とそういうこともしてみたい。
でも、この力がある限り、それは叶わない望みだった。
平常心なら力のコントロールは出来る。
しかし、女への免疫がまるでないのに、緊張するなと言われても無理だろ。
卵を握りながら、初めてジェットコースターに乗るようなもんだ。
俺はこの先、異性と触れ合うことは無いのかと、ひとり落ち込んだこともあった。
ビナなんて取っ替え引っ替え遊んでやがるし、杉本だってあのゴツい顔で彼女がいやがる。
幹部連中はみんなそうだ、どいつもこいつも女にもてて浮かれやがって。
それを思い出すとなんかムカついてきた。
いっそロッドを男女交際禁止にしてやろうか。
そうすれば、三万人近い人間が俺と同じ思いを共有する。
——いいな、それ。
今度、幹部会で提案しよう。
そうすれば、アイツらがする“ヤッた”だの“イカせた”だのという猥談を聞かなくて済む。
その手の話に全く乗れなくて、いつも寂しかったんだよな。
試せない無駄な知識だけが増えていって、悶々とする必要もなくなる。
「……よし、決めた」
女に触れたら、骨を折るってルールを作ろう。
「おい、ニヤつきながら何を決めたんだ?気持ち悪いな」
ダボダボのシャツに着替えて哲也が現れた。
「……いや、ロッドの今後を考えていたんだ」
「ああ、オマエが作った反社集団の話か」
心底興味無さそうに椅子へ座った。
「……そういえば、アキラはまだ帰ってないのか?お前も呼ばれたんだろ?」
時間はもう夜になっていた。
今日は平日だし、家にいてもおかしくないはずだ。
「聞いてないのか?アキラは引っ越したぞ」
「今ここにはオレが住んでいる」
そういえば、あのメイドさんも他の住人もいない。
なにより、さっき哲也は自分の家のように、勝手に部屋へ入り着替えてきた。
「……そうか、メッセージにはここへ来いとしか書いてなかったからな」
アキラは説明を省く癖がある。
今回もそんなところだろう。
「ちなみに、オマエもここへ住むことになっている」
省き過ぎだ。
「ハァ?……マジで言ってんのか?」
男女が二人で住むって、それは色々とまずい気がする。
いや違う、哲也は男だ、少なくとも俺は親友と思っている。
一緒にいて居心地もいいし、ルームシェアと考えれば問題無いのかもしれない。
「この前の詫びと、バチカンまでのおつかいの礼だとよ」
俺には決まった家は無い。
適当に仲間の家を転々としてる。
だから、こんな立派なマンションに住めるならありがたい話だった。
「……お前はそれでいいのか?」
哲也が人嫌いなのは理解していた。
俺がよくても、こいつが嫌なら流石に住めない。
「まあ、オマエなら別に問題ない、すでに何日も暮らしたしな」
暗い牢獄に閉じ込められていた共同生活。
あれを哲也も悪くなかったと思ってくれていたらしい。
そのことが素直に嬉しかった。
「それに、ちょっと手伝って貰いたいこともある、ひとりだと限界があってな」
「……なんだ?」
俺の中でこいつの評価は高い。
性格の悪さは別としても、出来ないことはあまり無いように思えた。
「この体で、性行為のさまざまな体位を撮影したいんだ」
「……せいこうい?……たいい?」
上手く言葉が理解出来ない。
「ド低脳が!長ネギにもわかりやすく言うと、SEXの撮影を手伝えと言っているんだ」
あー、SEXか、セックスね、知ってる知ってる。
穴に棒を入れる、俺が憧れてたけど諦めたやつ。
喧嘩で警棒ばっかり使ってかたら、棒の扱いは上手いのに、自身の棒は使ったことないっていうね。
へー、それを俺と哲也がねー。
「…………するわけないだろうが!」
俺らは友達だ。
それ以前に男と男が、そんなこと出来るか。
「いや、実際に挿入したりはせんぞ、この体が性行為をしている形の姿を撮っておきたいのだ」
よくわからないが、本当に棒を入れたりはしないのか?
「せっかく理想の体を手に入れたからな、老いる前に最も美しい姿を保存しておきたい」
確かにこいつは理想の女体がどうとか言っていた。
牢屋にいた時は、暇だったから色んな話をしていたことを思い出す。
「オマエには糞してるところまで見られてるからな、いまさら恥ずかしさなど無い」
牢屋のトイレには仕切りすら置かれていなかったから、目を覚ましたら相手が排泄していたこともあった。
「アキラに頼むのは……なんだか恥ずかしくてな」
「そんなこと頼める人間が、他にいないのだから手伝え」
ぶっきらぼうに言い放つが、アキラの名を出した時に、少し顔を赤らめやがった。
なんでか知らんが、そのことに胸が疼いた。
「……まあ、真似事くらいなら付き合ってやるよ」
何となく、アキラとこいつがエロい格好でくっついているのが嫌だった。
きっと、そんな馬鹿げたことをさせるのが申し訳ないからだ。
そうに決まっている。
「そうか!助かるぞ!」
嬉しそうに目を輝かせる姿は、可愛らしい女子そのものだ。
その顔を見て不安になってきた。
本当に受けて良かったのだろうか。
踏み越えてはいけない壁を、全力でブチ壊してしまう気がする。
「ならば早速頼む!待ちきれなくてな、もう準備は済ませておいたんだ!」
急かすように部屋を指差す。
「お、おう……」
喉が急に乾いてきた。
唾を呑み込む音が大きく耳に響く。
哲也が駆け足で部屋へ向かうのを、ゆっくりと追った。
開けられた扉の向こうには、大きめのベッドと、それを取り囲むように撮影用のカメラが五台置かれていた。
照明がベッドに当てられ、白いシーツが眩しく反射している。
ベッドの横を見ると、そこには全裸の美女が立っていた。
綺麗な長い髪を形の良い乳房に垂らし、陰部を手で隠している姿は、これから行われるであろう行為をリアルに想像させられた。
「さすがにジロジロ見られると……恥ずかしいな」
顔を赤らめて体をよじる彼女を見ていると、頭の芯が痺れてくる。
そのせいで、頭が上手く回らない。
「オマエも上だけ脱いでくれ、その方が映えるからな」
言われるがままにシャツを脱いだ。
そして、言われてないのにズボンを脱ごうと、ベルトとボタンを外し、ズボンのチャックを下ろす。
「ド低脳!下は脱ぐな!カメラに映るだろうが!」
そう言われても、なぜか革パンの前側が窮屈過ぎて、無意識に開けてしまった。
「……い、いや……なんかここが痛くて……」
痛みは無くなったが、解放された下半身へ急激に血が集まるのを感じていた。
その熱に急かされるように、そのままズボンを下そうと手を掛ける。
突然——よく知る声が真後ろから聞こえた。
「二人は子供を作ってくれるのかな?それもありだね」
俺がゆっくりと振り向くと、そこには自分の最も尊敬する人物が、嬉しそうに笑っていた——。




