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愛の深度

 アキラの言葉が頭に届いた瞬間、文翔は思わず両手で頭を押さえた。


「まさか……視えるのか……?」


 質問した声が震える。


「ええ、お二人とも同じような綺麗な色をしてますよ」


 綺麗な——。

 

 そんなはずはない。

 敏秀の魂の色は、権力への執着で醜く光っている。


「嘘をつくな!視えてるというなら証明してみせろ!」


 証明のしようがない、自分にしかない能力のはずなのだ。

 

 だが、先ほどの瞬間移動の件がある。

 確実に異能は持っている以上、否定しきれない。


「ああ、確かに自分の魂は視られないですね、鏡や写真には映りませんから」


 それは本当に視えているような口ぶりだった。


「自分の魂を視たいですか?」


 真っ直ぐにこちらを見つめる瞳には、変わらず澄んだ色が映っていた。

 それを見ていたら、彼の魂は、もしかしたら水のように透明なのかもしれないと思えてきた。


「……視られるものなら……な」


 子供のころからずっと思っていた。

 自分の魂はどんな色をしていて、両親どちらに似ているのかと。

 

「わかりました、ではちょっと痛みを伴いますが、やってみましょう」


 アキラが近づき、文翔の顔を両手で包んだ。

 すると次の瞬間、視界に彼の親指が見えた。


「な、何を……ギャァ!」


 予告も無しに、両目へそれを突き入れられてしまった。

 そして、そのままこねくり回される。


「やめ!……や……ギャアアアアアア!」


 気が遠くなるような激痛の中、眼窩でアキラの指が踊っているのがわかる。

 押さえてる腕を剥がそうと必死に抵抗するが、その腕はびくともしない。


「助け……助けて!痛いっ!やめ……やめてくれぇ!」


 どんだけ喚こうと、小便を漏らしながら懇願しようとその指は動きを止めなかった。


「やめなさい!」


 敏秀がアキラの腕を外そうとしてくれているようだが、やはり止められない。

 そして、その拷問のような行為は一時間近く続いた。

 


「出来ました、特殊な瞳なので時間が掛かりましたが、これで視られますよ」


 顔中から血を流して、汗と小便まみれにt'なった私へ、アキラは地獄の終わりを告げた。


 目の前の彼は、何事もなかったかのように微笑んでいる。

 文翔は荒い呼吸を繰り返しながら、震える手で床を掴んだ。


 目が見える。


 確実に潰されたと思っていた両目は、確かに機能していた。


 だが、違和感があった。

 自分が動いていないのに、視界が前後に変化するのだ。


「これって一体……」


 呟きと共に周囲を見渡すと、敏秀が顔を引き攣らせてこちらを見ていた。

 西園寺という少女は表情を失くしている。


「視神経を伸ばせるように改造したので、上手く動かして自分を見て下さい」


 視神経を伸ばす?

 言ってる意味がわからない。


「指や腕と同じです、目を動かす事に集中すればすぐに出来ますよ」


 言われるままに顔を動かさずに目だけ動かすことに集中する。

 すると視界の端に、あり得ないものが映った。


 左目に、宙に浮いている右の眼球が見えたのだ。


「……え?」


 正確に言うと、後ろに管の付いた自身の眼球が見えていた。


「……なんだ……これは……なんなんだこれは!」


 驚いたら、管がさらに伸びたのか、視界が壁の近くまで迫っていった。


「ビックリすると、勝手に伸びる仕様なので注意して下さいね」


 訳がわからなすぎて、乾いた笑いを漏らすしかなかった。


「……これ……元の位置に戻せるのか……?」


 伸びた視神経の戻し方がわからない。


「もちろん、伸ばした舌を口の中に戻すような感覚で出来ますよ」


 言われた通り試してみると、ゆっくりだが両目は眼窩に収まっていった。


「……おい、一条……なんて事をしてくれたんだ」


 怒りも湧いてこない。

 一時間にも及ぶ改造手術で気力も尽き果てたせいか、自分を罰したいと思っていたからか。


「これで自身の魂が見られますよ、その目で御自身を視て下さい」


 言われるままに再び眼球を伸ばし、自身の頭を視てみると、確かにそこに輝きはあった。


 父によく似た色をした、母よりも眩しく光る魂が。


「嘘……だろ……?」


 目の前の光景が信じられなかった。


「異能を持つ人は、魂の器がその分だけ大きくなりやすいのです」


 動揺しているのを示すように、その光は激しく揺れている。

 それが自分の感情とリンクしているのがわかり、否応もなく認めざるを得なかった。

 

 敏秀と色を比べて視ると、本当によく似ている。


「輝く色は、親子だと似やすいですね」


 濃い紫に黒がチラチラと混ざる醜い色。


「白は今持つ愛情の深さ、黒は過去に抱いた覚悟の強さを表します」

「基本的に白と黒は打ち消し合って、強い方が表に出ます」

「きっと先輩も北条さんも、過去によほど強い覚悟を固めたのでしょう」


 復讐に人生を捧げると決めた自分。

 その覚悟が黒い光として刻まれているらしい。


「ですから、こんなにも美しく輝いているのですよ」


 アキラが、愛おしいものを見るように微笑んでいた。


「……これが……美しい……?」


 自分の魂でさえ眉をひそめるような色が?

 

「覚悟は、人が先に進むための原動力です」

「それが美しく尊いのは当然でしょう」


 そういわれても、理解が出来なかった。

 長いこと、醜い色だと思っていた価値観が覆らない。


「たとえば、もともと人類に善悪というものはありませんでした」

「それを作ったのは僕です、僕の決めたルールを守ることが善でした」

「しかし、のちに人は社会や文化を作り、善悪も自分たちで作り上げました」

「その結果、僕が感じる善悪とは大きく違っています」


 臆面もなく、自分が神のような存在だと言っている。

 

「欲望もそう、僕は欲望や覚悟こそが人を進める力だと思います」

「心からの欲望を叶えるために命を燃やす」

「現代ではそれを公にするのは好ましくないのでしょう」

「でもそれを表す色は、僕にとっては美しいのですよ」

「欲望は、魂の色を濃く深くしていきます」

「その熟成された魂を視ていると、人類の神としてとても誇らしくなります」

 

 アキラがついに、神だと断言した。

 だが、慈愛に満ちた瞳は、まさしく神の目線だった。


「そうか……これは美しいのか……」


 神を自認する人物に言われてしまうと、力強く輝く濃い色が綺麗に視えてしまう。

 

 それに敏秀の魂も同じ色をしている。

 こんなに立派な人物が持つ色なら、きっと本当に美しいのだろうと思えてしまった。


「……君たちは魂が視えるのか?」


 敏秀が、私の異形になった姿にも臆せず尋ねた。


「え、ええ……それが母より受け継いだ私の異能です」


 物を動かす念動力では無いが、きっと母の因子が関係している。


「そうか、あの研究所は異能を持つ子供が集められていたな」

「魂の色……それがよく似ているなら、きっと君と私は親子なんだろうな……」


 遺伝子だけではない。

 その人の根本的な所が似てることを告げられて、敏秀は諦めたように笑った。


「その目はお母さんから受け継いだ物ではありませんよ」


 アキラが断言した。


「それは突然変異や、特殊な方法で産まれる物です」


 はっきりと母との繋がりを否定された。


「……そう……なのか?……母と関係は……ないのか……」


 それでも、今は彼の言葉に、思ったほど心が揺れなかった。

 敏秀の話を聞いていなければ、必死で否定し、異能という繋がりに縋っていただろう。

 

 母が自分の全てだった。

 

 でもその母は、自分の目的のために、関係ない人の夢を壊した罪人だ。

 それを知ってしまったせいで、前のようには純粋に大切だと思えなくなってしまった。


 アキラの説明を聞き、敏秀が当時の母の様子を語り出す。

 

「君のお母さんは親から継いだ自分の異能を残すことに、とても執着しているようだった」

「亡くなったと聞いたが、それが受け継がれなかったのなら、さぞかし無念だったろうな」


 母が敏秀へ見せた姿は、罪を犯してまで異能を残したいという執念だったのだろう。

 

 だが敏秀の話に、違和感を覚えた。


 ならば、なぜ私をあんなにも愛してくれた?

 母の魂は、いつだって私に対する愛で光り輝いていた。

 だからこそ自分も幸せだった。


 もしも、異能を受け継がなかったことを残念に思っていたら、それが魂に映し出されていたはずだ。

 少なくとも、あんなに真っ直ぐ私を想ってくれはしないだろう。


 魂が視える異能で納得してくれたのか?

 いや、祖母の異能にこだわっていたなら、違う異能では意味がない。


 なぜ母は——。


「無念なんてことは、無いと思いますよ」


 アキラが首を振って答えた。

 

「間違い無く先輩のお母さんは、異能の有る無しに関わらず、先輩のことを真っ直ぐに愛してました」


 その瞳には揺れがない。

 ただの慰めではなく、確信を持って伝えていた。

 

「なんで……そんなことが……?」


 母が愛してくれたのは間違いない。

 でも、その理由がわからなくなっていた。


「先輩の眼は魔眼と言いまして、魂を視ることで人の感情や嘘を見抜きます」

「そうなると、大抵の人間はその視線に耐えられない」

「絶えず自分の心の内を暴かれ続ける瞳に、親でさえも子供を捨てるか、その目を潰してしまうのです」

「先輩がお母さんを好きでいるという事は、お母さんは、心を覗かれ続けても気にしないほど、真っ直ぐに先輩のことを愛していたのでしょう」


 そうだ、母は一度も自分の魂を視るなとは言わなかった。

 

「それは母親の無償の愛です、我が子が健やかに育ってくれれば、それだけで幸せだったのでしょう」


 いつも、母の魂を褒めると嬉しそうに笑ってくれた。

 なにより、私が母の真似をして、手を触れずに物を動かそうとして出来なかった時——。

 

 『この力はお母さんの特別だから、ふみくんはちゃんと手を使いなさい』


 そう言って微笑んでいた。

 そこに継がせたかった執着は、少しも視えなかった。


 ただ——愛してくれたのだ。

 罪を犯してまで産み出したのに、失敗作だった私を。


 母の笑顔と魂の輝きを思い出し、涙が溢れた。

 自分に注がれていたものが、どれほど深い愛情だったのかを今になって知った。


「母と私の罪は……総理になって償います」


 覚悟を決めた。

 母の罪と敏秀の汚点は、必ず私が(すす)ぐと。

 

 それこそが母の愛情に報いる方法だと思った。


「一条……お願いだ、どんな願いも受け入れる、だから協力してくれないか」


 彼の娘との結婚も、研究所の再建も全て果たす。

 総理になるためならば何でもしよう。


 初めて会った時のように、自分から手を差し出した。

 

 だが、あの時とは意味合いが全く違う。

 その手に、人生全てを乗せていた。


「もちろん、出来る限りの手助けをお約束しますよ」


 アキラは、その重い手をしっかりと握り、柔らかく笑った。

 きっと彼には視えているのだろう、さっきまでとは比べようもなく黒く光る私の魂が。


「……ならば、私も手を貸そう」


 私の覚悟を見て、敏秀が協力を申し出てくれた。


「どうやら上手くいけば、私にとっても利が有るようだ」


 先ほど話したアキラの構想に沿って進めば、自分の汚名も濯がれる可能性がある言ってくれた。


「だが、どんなに早くても三十年以上は掛かるだろう」

「寿命が尽きる前に成してくれたまえ」


 そう言って笑う敏秀に、私は告げる。


「いえ、三年で果たします」


 それは先ほど自分が戯言と斬って捨てた言葉。


「出来るんだろう?一条」


 繋いだ手に力を込める。


「任せて下さい、必ず成らせてみせますよ」


 アキラの熱を手から感じていた。

 今はそれが何よりも心強い。


 

 こうして文翔は、三度、内閣総理大臣を目指すことを決めた。

 復讐でも、確認でもなく、贖罪という意志を心に宿し——。


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