真実の行方
文翔の目の前で、アキラが嬉しそうにこちらを見つめていた。
狂人に取り込まれてはいけないと自制していた心は、気付けば綻びを見せ、全力で感情をぶつけていた。
自分の中に唯一残っていた、母との繋がりを無くせと言われたせいだ。
「お父さんと同じ道を歩むなんて、繋がりを大切にされてるのですね」
煽っているようにしか聞こえない。
「名前を変えたくないというのも、何か事情があるのでしょう」
うるさい、狂人に何がわかるのだ。
「戸籍を変えずに最短で総理へ至るというのは難しいと思います」
そこを変えてまで成しても意味がない。
「でも、より困難な道を行くのですね、わかりました、名前変えずに総理大臣へなりましょう」
髪を掻き上げ、輝く瞳で嬉しそうに口にした言葉は、それでも手伝うという宣言だった。
「二年では無理だと思いますが、三年ならいけると思いますよ」
それは狂人らしい、前提から破綻している言葉。
「だから!すぐにはなれないと言っているだろうが!」
人前で感情を剥き出しにするのは、弱い人間がする愚かな行為。
それを自分が見せている。
落ち着け、冷静さを取り戻せ。
気付けば頭をコツコツと拳で叩いていた。
人前では絶対に見せたくない癖だ。
まるで自分の方が狂人のように見えてしまう。
だが、今は緊急事態で、他に落ち着き方を知らない。
「人類のルールは、人類が変えればいいんですよ」
気狂いの理屈をやめろ。
「うっちゃん、来られる?」
アキラが扉に視線を向けると、それが静かに開いた。
「何なりとお言いつけくださいますえ」
そこに現れたのは、黒いセーラー服に身を包んだ黒髪の美しい少女。
その魂の光は、類を見ないほどに輝いていた。
「今って選挙権を持つのは十八歳からだよね?なら衆議院の被選挙権もそこまで下げられそう?」
あまりにも馬鹿げた提案。
私のためだけに法律を変えると言っている。
「アキラ君がお望みやったら、すべて叶えさせてもらうんが、うちの道どすえ」
嬉しそうに答える少女。
アキラの狂気が伝播しているのだろうか。
「大蔵先輩の望みだよ、僕は手助けするだけ」
アキラは、それが大事なんだと訂正する。
「かしこまりましたえ」
恭しく頭を下げる少女を眺めていると、こちらの方がおかしいのではないかと思えてくる。
すでに取り込まれかけてる状況に、思わず頭を叩く拳に力が籠る。
「そうだ、お父さんが元総理なら、その地盤を譲って頂きましょう」
何を言ってるんだ、こいつは。
「こんなにも孝行な息子なら、喜んで協力してくれますよね」
私は、奴を潰し尽くすために総理を目指していたんだ。
「うっちゃん、北条元総理は今どこにいるかわかる?」
やめろ、話を進めるな。
「はい、ご自宅にて寛がれておりますえ」
自分の頭を叩くのことに集中してしまい、口を挟む余裕がない。
「住所教えてくれる?」
まさか、本当に行くつもりなのか。
「こちらにございます」
聞かれる前にすでに送信していたのか、返答よりも先にアキラのスマホが鳴る。
「どうやら範囲内だね、それではみんなで行きましょう」
アキラは二人に手を差し出した。
少女はそれを嬉しそうに握りしめ、私は頭を叩くのをやめられず、その様子をただ眺めていた。
はずだった——。
今、自分の目の前にいるのは、北条敏秀。
見間違えようもない、何度も画面越しに見てきた顔だ。
なにより、その魂の色は直接会ったあの時から、忘れようも無かった。
先ほどまで、間違いなく学校にいたはずだった。
だが、生徒会室で暗闇に包まれた瞬間、気付けばこの場所にいた。
ついに、自分まで壊れてしまったのか。
あまりにも異常な事態に、頭を叩くことすら出来なくなっていた。
「……大蔵……くん……かね?」
敏秀が、目を見開いて私の名を呼んだ。
あれから何年も経っているのに気付いたのは、自身とよく似た外見のせいだろうか。
「これは……一体どういうことかね?」
思いもがけない人物が突然目の前に現れたのだ。
驚くのも無理はないだろう。
現れた本人すら驚いているのだから。
「お久しぶりです、北条さん」
アキラが微笑みを湛えて挨拶をする。
敏秀は固まったまま首だけ動かし、手を繋いだ二人へ視線を向けた。
「君は……一条くんかね?隣にいるのは西園寺さんか……」
どうやら二人は面識があるらしい。
西園寺と呼ばれた少女が会釈を返した。
「突然の訪問で失礼いたします、御子息のことで至急ご相談したいことがございまして」
アキラが私へ手を向けた。
「御子息……息子……か……」
あまりに現実感の無い状況で、敏秀は確認するように呟いた。
「はい、大蔵先輩は北条さんと同じ道である、内閣総理大臣を目指しております」
敏秀の視線が、ゆっくりと私へ戻る。
「つきましては、父親である北条さんにお力添えを頂けたらと思い、お願いに伺いました」
父の視線を受けて、敵と言える相手に目的を明かされた居心地の悪さに、思わず目を逸らした。
「……君たちは、少し勘違いをしている」
これだけの状況で、敏秀はすでに落ち着きを取り戻していた。
伊達に日本の頂点に上り詰めていない、その胆力は辿り着いた地位に見合うものだった。
「彼は……大蔵文翔は、私の息子では……無い」
一瞬で血が逆流した。
「……キサマァ!今さらそれすら認めないというのか!」
掴みかかろうとした瞬間、アキラに制止された。
「すまない、言葉が足りなかったな」
敏秀の詫びるように目を伏せた姿に、違和感を覚えた。
「正確に言うと、遺伝子としては確かに私の子供なのだろう」
責任逃れの言葉にしか聞こえない。
だが、魂に映し出されている感情は、私に対する憐れみだった。
「君のお母さんである、大蔵冬美さん……彼女と私には、当時の接点が無いのだ」
ふざけるなと叫びたかった。
それを口に出せなかったのは、彼の魂が嘘を吐いていないと示していたからだ。
「彼女は、私の遺伝子を勝手に使用して、君を作ったのだよ」
父の口から告げられた真実は、文翔が信じていたものとはあまりにも掛け離れていた——。




