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立派な人は嘘を吐かない

 大蔵文翔の母親の名は大蔵冬美という。

 その名の通り、雪に咲く一輪の花の様な儚い美しさを持った人だった。


 母は女手ひとつで文翔を育ててくれた。

 

 寂しいと思ったことはない。

 いない父親の分まで、深く、惜しみなく愛情を注いでくれたから。


 母は結婚をせず、私生児として文翔を産んだ。

 そのことで実家を勘当されたらしく、文翔は祖父母に会ったことが無かった。


 母は文翔によく言っていた。

 『あなたのお父さんは頭が良くて、とても人に好かれる立派な方だったのよ』と。


 それを聞いて、きっと父はもう死んでいるのだろうと思っていた。

 そんな立派な人が、母を一人にする理由なんてそれしかないと思ったから。


 文翔には、物心ついた時から特殊な能力があった。

 それは、人の魂を視ることが出来る力だ。


 ある時、母に尋ねてみた。

 

「どうして人の光は、それぞれ色や形が違うの?」と。

 

 すると母は微笑んで言った。

 『たぶん、人にはそれぞれ違う素敵なところがあって、それが光るから違って視えるのよ』

 『ふみくんだって、お父さんに似て頭がいいから、とっても綺麗に光ってると思うわよ』


 自分の光は見えなかったけど、母が言うのだからきっと綺麗なんだと思えた。

 なにより、母の光は誰よりも輝いて視えたからだ。

 息子の自分だってそうだと信じられた。


 母は特殊な研究所の職員だった。


 そして、文翔が寂しくないようにと、仕事場に帯同させてくれていた。

 そこで、自分の持つ魂が視える能力の研究も進められた。


 もっとこの力を上手に使えるようにと。


 母が一緒だったから、どんな検査も嫌じゃなかった。

 たとえそれが苦痛を伴うものであっても。


 魂を視る力は、年々強くなっていき、視るだけで相手の様々なことが分かっていった。

 その人の持つ人間強度、潜在能力、感情の揺れ、心から欲しているもの。


 それらの情報を使えば、人を意のままに操ることも容易だった。

 だが、自分に必要なのは母の愛情だけだった。

 

 だから、母を視れば全てが満たされていた。

 その魂は、誰よりも強く自分を愛していると言ってくれていたからだ。


 ——そんな母が死んでしまった。

 施設で行われた母自身の実験中の事故だった。


 母も特殊な力を持っていた。

 

 それは物体を触らずに動かせる力だった。

 その能力を買われ、研究者兼被験者として施設にいたのだ。

 

 母の最期の言葉は、『お父さんみたいに立派な人になって』だった。


 文翔は、生きる意味を失った。

 

 父の存在なんて知らない。

 だから、何を目指せばいいのか分からなかった。


 

 母の葬式で、初めて祖父に会った。

 祖母はすでに亡くなったらしい。

 

 祖父は文翔を憎々し気に睨みつけ、こう言った。

 『こんなことなら、あの男からもっと金を貰っておくんだった』と。

 

 その魂は、金への執着で濁りきった醜い色をしていた。

 

 『お前の父親は、娘を食い物にして捨てた最低な奴だ、その子供など引き取らんからな』

 

 告げられた言葉を素直に受け入れられなかった。

 祖父が引き取ってくれないことではない。

 自分の思っている父親像と、あまりにもかけ離れていたからだ。

 

 もしかして、父は生きているのかと聞いた。

 すると、『アイツは、のうのうと国のお偉い議員をやっている』と言われた。

 だが、『たとえ会っても気付かれないだろう』とも。


 文翔が出来た時に、金だけおいて逃げたのだと。


 馬鹿げた言葉だった。

 父は立派な人間のはずだ、母は何度も言っていたのだから。


 母が嘘を付くはずが無いだろう。

 こんな欲にまみれた(じじい)の言うことなんて信じらるものか。


 『嘘だと思うなら会ってみろ、北条敏秀——それがお前の父親の名だ』


 研究所からの見舞金の交渉を終えた祖父は、こちらを振り向きもせず帰っていった。

 告げられた言葉だけが、ずっと頭から離れなかった。


 北条敏秀、自分の実の父親。

 すぐにネットで調べてみた。


 そこに映し出された顔は、確かに自分の面影があった。

 親子と言われれば、そう思えてしまうほどに。


 そして、彼のことを調べ尽くした。

 住んでいる場所、家族構成、過去の職歴、政策の主張まで。


 その途中で、この研究所の立ち上げに関わっていることに気付いた。

 おそらくこの施設で、母と男は出会ったのだ。


 文翔は、母と住んでいた家を離れ、研究所に住まわせてもらった。

 施設の方も、文翔の能力と冬美の事故を考慮し、手厚く面倒を見ると約束してくれた。


 立ち上げ当時からいる職員や、最高責任者である美藤所長に、北条敏秀の話を聞いて回った。

 話を聞くと、確かに彼は立派で人に好かれ、好印象を持たれていた。

 そこに嘘はなかった。

 

 心の底から安心した。

 

 母は嘘を付いていなかった。

 やはりあの爺の言った事は戯言だった。

 

 きっと、何らかの深い事情があって、母のもとを離れざるを得なかったのだろう。

 文翔が生まれた事も知らずに。

 

 そうに決まっている。

 そうでなければ目指せない。


 父に会ってみたい、そしてその魂が視たい。

 そのために、美藤所長へ会うことは出来ないかと願い出た。

 

 所長の魂が最も欲しているのは研究成果だった。

 だから、国を動かすような人物の魂を視て、さらに能力を高めたいと訴えた。


 美藤所長はその願いを叶えてくれた。

 父が施設の立ち上げに関係していたことが、それを可能にしたのだろう。


 聞きたいことは山ほどあった。


 自分の存在を知っていたか?

 自分を受け入れてくれるか?

 立派になるとはどうすればいいのか?

 

 だが、なにより聞きたかったのは、母を愛していたという言葉だった。


 立派な人物ならば、きっと言ってくれるはずだ。

 それだけで、全てを許せる気がした。


 

 実験のためだと理由をつけ、事前に自分の能力のことは伏せてほしいと頼んだ。

 そして期待に胸を膨らましながら、ついに父と会った。


 ——権力に憑りつかれた男だった。


 魂の光は常人より強い。

 だがその色は、出世欲をむき出しにした、濁った色をしていた。

 その強さは、母の魂と比べるとあまりにも劣るものだった。


 魂は嘘を吐かない。

 それでも文翔は、一縷の望みに縋った。


 「アナタが一番愛しているものはなんですか?」


 もし、『大蔵冬美という女性だった』と答えてくれたなら、それでよかった。

 それだけで救われた。


 だが、返ってきた答えは『家族』。

 

 そこに揺れはほとんど無かった。

 おそらく『権力』と答えれば、魂は微動だにしなかっただろう。


「僕の名前は大蔵文翔です。僕を見て、なにか気付きませんか?」


 その質問に全てを賭けた。


 北条敏秀は、文翔の顔をじっと見ながら、笑顔を崩さずに『わからないな』と言った。

 

 言葉の代わりに、魂が雄弁に真実を語る。

 その激しい揺らぎは、心の動揺を表した。

 

 おそらく父は、この質問で全てに気付いたのだろう。

 じっとりとした沈黙の後、彼が言う。

 

 『君はとても優秀みたいだね。何か金銭的に困る事があったら言いなさい、力になれるだろう』と。


 自分の人生が決まった瞬間だった。


「いえ、大丈夫です、今日はありがとうございました」


 他人をゴミのように蹴落としながら、せいぜい昇り詰めるがいい。

 

「それではいつかまた——」


 目の前に現れてやる、貴様が最も後悔するであろう形でな。



 こうして大蔵文翔は歩み出した、復讐という暗い道を。

 母という光を失った子供は、怒りを糧に生きるしかなかったのだろう。

 

 新たな光を見つける、その時まで——。


 

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