神の山
開設してから一ヶ月が経ち、『あまちゃんねる』は順調に登録者数を増やしていた。
無事に収益化も果たし、スパチャなどの投げ銭も入るようになった。
スサノオのおバカな俺様キャラが笑いを生み、ツクヨミの冷静なイケメンボイスがそれを嗜める。
ヒルコのロリババアボイスで優しく介助しながら、アマテラスが一生懸命ゲームをする。
そんな姉弟が繰り出す動画は、瞬く間に人気チャンネルへとなっていった。
口数も増え、少しずつ配信者として成長していくアマテラスは、リスナーにとって温かい目で見守る対象となっていた。
ただ、ひとつだけ問題が出てきた。
それはアマテラスの美しさだ。
最初はぎこちない表情で固まっていたのが、徐々に普通の顔を見せるようになっていった。
その結果、あまりにも美しすぎるせいで、AI疑惑が噴出し始めたのだ。
『AI、愛でる奴乙』
『CGすぎて草』
『古参だけど、最初は処理落ちしてたぜ』
『生身なら誰かとコラボしてみろや』
そんなコメントが書き込まれるようになってきた。
「切り札を使いましょう」
夕飯を皆で囲んでいる中、幸江が打開策を口にした。
「そろそろ、よろしゅうございますなぁ」
当初からそれを考えていた蕚が同意する。
「ふむ、確かに今の現状はよくないな」
雪乃が、このままだとリアル派とAI派の争いで炎上しかねないと表情を曇らせた。
「そんなのあるの?」
アマテラスがご飯粒を付けながら、不思議そうな顔をする。
「確かに、バズらせる頃合いかもしれないわね」
ヒルコが、妹の口周りを綺麗にしてあげながらGOサインを出した。
最初から登録者を増やしすぎても、内容がつまらなければ、すぐに見切られ再生数は稼げない。
初見がなにより大切なのだ。
安定した配信が出来るようになった今なら、固定ファンも見込めるだろう。
「私が現世にいられるのも、あとひと月を切ったわ」
自分の髪色を指差しながら、期限が迫っていることを告げる。
ピンク色だった髪は、半分が黒く染まっていた。
「この髪色が全部黒くなったら、しばらく幽世から戻ってこれないの」
「それに、仕事が溜まってるからね」
「代行してもらってるハデスやアヌビスからもメールが引っ切り無しだし」
スマホを横目に、溜まっていく件数にウンザリしている。
どうやら世界幽世連盟理事長は忙しいらしい。
アルの子供は、基本的に彼が持つ太陽の因子を受けて髪色に赤が混じる。
ヒルコやアマテラスはピンク、スサノオはオレンジ、ツクヨミはワインレッド。
他にも、ホンシアは紫で、マリアはピンクゴールドだ。
それが黒になるということは、穢れが溜まり冥界の住人へ近付いているということ。
常闇の太刀の結界が切れることを意味していた。
「姉君……行っちゃうの?」
心細そうにアマテラスが眉を寄せる。
「大丈夫よ、それまでにテラを倒させてみせるからね」
ウインクして妹の不安を和らげる。
「でも……本当にそんなこと出来るの?」
世界最恐を倒す、それは本来アルにしかできない偉業。
「馬鹿にでも出来たんだから、アマテちゃんだってきっとできるわ」
隣の部屋へ視線を送り、妹の頭を撫でる。
「聞こえているぞ姉君!」
黒刀から怒りの声が上がる。
「俺がどれだけ頑張ってテラを倒したか、知らぬとは言わせんぞ!」
スサノオが、自分の決死の覚悟を軽く見られたことに怒りを見せた。
「なら、もう一度やってみるか?」
ツクヨミが、弟へ促す。
「そ、それとこれとは話が違うであろう……」
完全に及び腰となったスサノオへ、ヒルコが溜息を吐く。
「まあ、実際問題として、私たちパパの子供はテラとの戦いを禁じられてるわ」
「生死を懸けた戦いは、だけどね」
「パパとテラが協力関係になってから、そう決まったの」
それは約定。
我が人類は、龍と争ってはならぬ。
人類神が決めた理。
アルの子供たちはその約束を厳守していた。
だが、神が決めたルールを、実は本人が一番破っている。
酷いときには、おかず一個で喧嘩になって、お互い死んだこともあった。
「だから、ゲームの中で戦争をしましょう」
「テラとアマテちゃんのレイドバトルよ」
「そのための場所は、私がテラに話して用意するわ」
「だから、今はフォロワーを増やすことに専念しなさい」
ゲーム内での仮想戦争。
それでテラを討てとヒルコは言った。
確かにそれなら可能性はある。
アマテラスもネットゲームには詳しい。
「……わかりました姉君!がんばります!」
随分と前向きになったアマテラスを、皆が優しく見守る。
そして切り札のひとつが明かされることになった。
「やほー!ココネちゃんでーす!」
部屋の中へ、底抜けに明るい声が響く。
「今日は、あまちゃんねるとコラボさせて頂いてまーす!ぴかー」
山岸心寧のポーズと共に、再生数が瞬く間に上昇していく。
「アマちゃんとは初対面だけど、ワタシの大切な人のお子さんなので、これから親&友になりたいとおもいまーす!」
一瞬でSNSのトレンド入りした動画は、配信主が無言のまま進んでいった。
「普段は『ココネちゃんねる』を皆さまにお届けしてるけれど、初のコラボなので緊張してまーす!」
そう、切り札のひとつは山岸心寧だった。
芸能界で誰よりも輝いている彼女は、様々な宣伝のためのチャンネルを持っていた。
それを使って告知をし、コラボという形でこのチャンネルへ登場したのだ。
「でもでも、アマちゃんって、三千歳なんだよね?なのに肌キレイ過ぎてビビるー!」
アマテラスの頬をつついて、そのきめ細やかな肌を楽しむ心寧。
「髪もサラサラ過ぎて羨ましー!」
頭の中に手を入れて、その感触を味わいつくす。
「これって完全地毛だよね、ピンクの髪が可愛すぎて泣けるー!」
急に抱き着き、顔をこすりつける。
まさに心寧無双だった。
リスナー達によるコメント欄が、凄い勢いで埋まっていく。
『美女二人の共演尊い』
『百合……そういうのもあるのか』
『AI派は息してる?』
『AIではないけど、あまてらす動いてなくね?実は人形説出たぞ』
『つかココネ様の大切な人って誰よ!?』
怒涛の勢いで流れるコメント。
おおむね好意的な意見が多かったが、アマテラスが動かない事に不信感を持つ者もいた。
「もー!確かにお人形さんみたいに可愛いけど、緊張してるだけだもんねー?」
アマテラスの肩を揉みながら、頬を膨らませる心寧。
「とりあえず、アマちゃんはワタシのこと知ってるかな?」
心寧が、口元に指を当てて確かめる。
「…………お」
「お?」
「……推し過ぎて……無理……」
やっとのことで口を開いたアマテラス、そこから呟かれたのは以前からファンであったという事実。
「……尊い……無理……」
顔を真っ赤にして涙目で震えるアマテラス。
彼女は、撮影前から推しの存在に固まり続けていたのだ。
『御飯何杯でもいけます!』
『顔真っ赤あまたんカワユスギ!』
『あれ……知らない扉が開かれた……』
『ポチり確定だろうコレ』
ようやく口を開いたアマテラスの姿に、リスナーが彼女を生身だと認識した。
これほどの美女がAI生成でもなく、フィルターも無しに存在している。
ここに新たなインフルエンサーが誕生した瞬間だった。
「うれしー!ワタシ、ファンに直接会うことってなかなか無いから、好きなとこ教えてー!」
無邪気に喜ぶ心寧に、アワアワとしながらもなんとか伝えだす。
「……あの……元気なところとか……歌とか……演技もすごく好き……あと踊る姿……大好き」
「ほんとー!なら踊る踊るー!いつでも踊っちゃうよー!」
心寧は立ち上がり、カメラの前でダンスを見せる。
「ほら、アマちゃんも一緒に踊ろ?」
そういって手を取ると、固まっているアマテラスに振付を教える。
「え……舞いとか無理……」
「大丈夫大丈夫ー!ノリだよノリー!」
手本を見せながら、簡単なリズムで誘導する。
乗せられて段々と動くようになったアマテラスへ、心寧が笑顔を向けた。
「すごいすごい!絶対才能あるよー!さすがアッキーの娘さんだね!」
それはアマテラスにとって最上級の誉め言葉。
「えへへ……」
思わず笑顔になった次の瞬間、コメントが爆増した。
『かわいい』
『尊い』
『え、まって、ちょっとまって』
『眩しっ!』
『眩しいな……』
『眩しいわ』
『守りたい、その笑顔』
そこには『眩しい』という言葉が羅列されていた。
それは、アマテラスの笑顔がついに人々へ届いた瞬間だった。
「ふぅー!楽しかったー!そろそろ時間かな?またコラボしてね!」
「はぁはぁ……また……お願いします……」
普段まったく運動していないアマテラスが息を荒げていた。
「ごめん、汗だくになっちゃったね!上脱ぐ?」
「あ、え、大丈夫……」
「風邪ひいちゃうよー、脱いで脱いで!」
アマテラスの白いジャージに手を掛けて、ファスナーを開く。
そこから出てきたのは——。
『たわわ』
『爆乳キター!』
『これはいけませんね……』
『目が、目がー!』
『覇権決定』
『……これ、放送事故だろ』
こうして、垢BANギリギリの状態で番組は終わった。
ネットニュースにも取り上げられるほどの伝説回となった動画は、のちに一千万再生をされることとなったのだ——。




