彼女が照らすのは
リビングには三人の乙女と、神と呼ばれた三人の姉弟がいた。
歴史を跨ぐほどの時を越えて、再会を果たした姉弟。
だが、その邂逅は苦みを伴うものだった。
「初めて姉弟三人が揃ったわね」
ヒルコが刀を持ったまま、中に憑依している弟へ告げる。
「…………ア、アマテラス!?な、なんでここに……」
ヒルコへの恐怖に声を震わせながら、もうひとりの姉の存在に気付く。
「……あ、姉君…………久しぶりだな」
絞り出すように告げた声は、明らかに居心地の悪さを宿していた。
「…………スサノオ……なの?」
アマテラスは、信じられないように目を瞬かせて、刀を見つめていた。
「あ、ああ、今はこの刀に……宿っている」
数千年振りに会う二人。
だが、そこに漂う雰囲気は、深い溝を感じさせるものだった。
家族の話し合いに、部外者の少女たちは口を挟めないまま、事の成り行きを見守っている。
その場に、長い沈黙が続いた——。
「スサノオ、あんたアマテちゃんに言うことあるでしょ?」
口火を切ったのは長女。
「…………何を言えば良いというのだ」
弟は、いつもの神のような振る舞いを無くし、言葉の切れも悪い。
「はぁ?ちゃんと謝りなさいって言ってんのよ!」
持っている刀に向かい、怒った顔で叱りつけた。
姉の剣幕に怯えてはいたが、それでも謝罪をする気配はなかった。
「…………仇は取った」
スサノオが、ぼそりと呟く。
告げたのは謝罪ではなく、開き直りの言葉だった。
「そういうこと言ってるんじゃないわよ!」
「アマテちゃんは、あんたのせいでずっと洞窟から出られなかったのよ!」
ヒルコが剣呑な目で、体に瘴気を纏わせ刀に怒鳴りつける。
「……仇は取ったんだ!命懸けで!俺は!」
スサノオが、必死に叫びだす。
「親父の!アマテラスの!……ツクヨミの」
最後の名前だけ、深く悔いるように、小さく響かせながら。
「……あのテラを倒したのは確かに俺なんだ!」
「親父が倒せなかった強大な敵を!化け物を!」
「それなのになんで責められなければならぬ!」
「親父だって責めなかった!むしろ褒めて下さったわ!」
「誉れだと!自分の誇りだと言っておった!」
「俺はやったんだ!兄者の仇を取ったんだ!」
「しかも!姉上が引き篭もっている間!俺は国を造った!」
「人を増やし!広げたのだ!親父の使命を代わりに果たした!」
「それの何を謝る事がある!何もしなかったのは姉上の勝手ではないか!」
「何が悪い!何が……何を……謝れば……俺は……」
霊体となってまで子孫を護り続けた男の叫び。
それは次第に言葉を無くす。
「……スサノオ」
アマテラスが弟の名を呼ぶ。
「……スー君」
呼びなおしたあだ名は、家族で暮らしていた時のもの。
「……ごめんなさい……私が止められなかったから……全部……私のせいで」
それはずっと抱えていた後悔。
何をしてでも、たとえ命を懸けてでも弟を止めなければいけなかった。
「……ツクヨミもね……謝ってたの……自分が止めなきゃいけなかったって」
伝えたかったのは、あの時、先に死んでしまった弟の言葉。
「兄として……情けない……ごめんって……」
弟の暴走を止められなかったことを、詫びながら死んでいった。
「私は、おねえちゃんなのに、何も出来なかった……」
弟に守られ、命を繋いだ。
「その後も、洞窟に引きこもって何もしてこなかった……スー君はがんばってたのに」
トラウマに縛られ、生きることを放棄していた。
「だから、スー君……ごめんなさい」
刀となった弟へ頭を下げた。
「…………………………なにを……言ってるんだ?」
スサノオが声を震わす。
「なにをふざけたことを……なにを……」
自分の力を過信したことで、尊敬する父も、愛する兄も失ってしまった。
そして姉は精神を病んで引き篭もった。
「……馬鹿か!違うだろ!?俺だ!俺が全ての原因だ!」
それを後悔しないはずはなかった。
「俺が余計なことをしなければ皆が助かっていて、親父もテラに勝てた!」
だから、代わりに知恵を絞ってテラを倒した。
「全部!俺が!馬鹿だから!不幸になったんだろうが!」
目の前で、化け物に父の身体が削られていった恐怖を植え付けられても。
自身も浅くない傷を負わされたとしても。
「二人は俺を止めてくれた!それを力で振り切ったのは俺じゃないか!」
彼は愚かではあったが、勇者だった。
絶望的な恐怖を押し殺し、確かに事を成したのだから。
「怨めよ!お前のせいだって言ってくれよ!せめて姉君だけでも責めてくれよ!」
それでも、後悔は消せなかった。
「ずっと、あの洞窟にいたんだろ!?死を願いながら生き続けたんだろ!?」
洞窟に篭る姉の姿が浮かぶたびに、自分の犯した罪が圧し掛かる。
「そうなったのは俺のせいだ!」
自分が父の使命をなぞる為に、子を作り孫が出来て、のうのうと生きているのが許せなかった。
「だから、姉君は俺を断罪すべきだろうが!」
望んでいたのだ、お前のせいだと言われることを。
——謝ってしまえば、姉はきっと許してくれる。
それがわかってしまっていたから、謝罪を口に出来なかった。
「言えないよ……私は……スー君のおねえちゃんだから」
弟の懺悔を聞いて、姉は瞳に涙を溜めた。
「おねえちゃんは……弟を守るのが役目でしょ?」
「ならツクヨミのことも、全て私のせい」
弟を守ってあげられなかった。
姉弟は、お互いが取り返しのつかない後悔を抱えていた。
「そんなわけはないんだよ!……お願いだから……お前が悪いと言ってくれよ……」
その声は、姿が無くとも泣いていることがわかるほど、弱々しく響いていた。
「アマテちゃん、受け取りなさい」
二人の遣り取りを静かに見つめていたヒルコが、その手に握られていた刀を手渡す。
「……スー君」
渡された黒刀を、揺れた瞳で眺めながら、弟と思いしっかりと握る。
——そこから伝わってきたのは、スサノオの記憶。
父が死んだ後、何度も洞窟まで足を運んでいた姿。
私が変わらないことを嘆き、自分を責め続ける姿。
歯を食いしばり、恐怖で泣きながらテラへ向かう姿。
せめて、血を絶やさないようにと足掻き続けた姿。
自分の子孫が、いつか私を助けてくれるようにと願う姿。
その全てが、三千年近く抱えてきた後悔そのもの。
「やめろ!見るな!やめてくれ!」
手の中にある刀が叫ぶ。
「お願いだ!許さないでくれ!俺を!馬鹿な俺を叱ってくれ!」
必死に懇願する声は、涙混じりのまま救いを拒否していた。
「スー君……私の事をずっと気にかけてくれてたんだね……気付かなくてごめんなさい」
そこに映し出されたのは、弟の暗い人生。
後悔のみを抱えて生きた、償いを求める日々だった。
弟は、こんな私を救おうと必死になっていた。
それなのに、全てを拒否して閉じこもり、暗闇の中でいじけていた自分、無理。
「駄目だ!言うな!」
それも無理。
だって、こんなにも優しくて、テラを倒すほど頼りになる弟が、後悔しっぱなしなんて姉として無理。
「今まで、ありがとう……スー君は、もう十分がんばったよ」
弟は、私を笑わすのが好きだった。
私が笑えば、それを見てとても嬉しそうに笑い返してくれた。
「だからもう、自分を許してあげて」
だから私は、本当に久しぶりに、弟へ向け笑顔を見せた——。




