譲れない誇り
いつも使っているデスクトップパソコンの前で、いつもとは違い引き攣った顔をしているアマテラス。
その理由はいくつかある。
私を見張るように、三人の少女が視線を向けているのが無理。
目の前に見慣れないカメラが付いていて、こちらを撮影してるのが無理。
付箋メモがベタベタと画面に貼られていて、それらをあまり見ないように、マイクへ向けて喋らなくてはいけないのが無理。
「あと十秒で始めますので、覚悟をなさって下さい」
幸江が、カーソルを開始ボタンへ合わせ、開始を宣言するのが無理。
「…………あ……あまてらす……でーす……」
ライブカメラの前で、震えながらダブルピースをする私の姿が、全世界に向けて発信されているのが、無理。
「貴女がこれから始める仕事は、ネットアイドルです」
幸江から告げられた私の仕事、それは動画配信者だった。
その存在はもちろん知っている。
なんなら好きな配信者もいた。
でも、それに自分がなるなんて無理。
だって、喋るのがメインのお仕事だ。
普通に声を出す事すらおぼつかないのに、流暢に話し続けるなんて無理。
「…………え…………絶対無理」
「貴女に拒否権などありません」
全力の抵抗を、幸江によって無慈悲に切り捨てられた。
パワハラ、無理。
「貴女をネット配信者にすることによって、動画収益を得ます」
「主に広告収入だよりにはなると思いますが、ゆくゆくはメンバーシップやスーパーチャットなどをメインに稼ぐ予定です」
このお嬢様は、何をいってるのだろう。
「目標は、ひと月当たり二十万円の収益確保です」
無理に決まってるじゃないか。
「そのためにまずは、登録者数二万人以上、再生回数を毎動画三万再生で週四回アップすれば達成可能な計算となります」
私を見るために、二万人もの人が集まるのなんて、どう考えても無理。
「ネット上の名前は、『天照』のままでいきましょう」
実名で世界中の笑いものになるなんて無理。
「漢字のままでも誰も実名とは思わないでしょうし、下手な偽名だとアマテラスさんが余計に話しづらくなるでしょう」
名前負けが過ぎるから、漢字使われるの無理。
「…………あのー……せめて、ひらがなで『あまてらす』は……ダメでしょうか?」
悪足掻きをする、その方がまだマシに思えた。
「わかりました、それではネームはひらがなで『あまてらす』にしましょう」
「それでは、今晩から配信を始めますので、声を出す練習と心の準備をして下さい」
そして、三人がテキパキと準備を始めた。
私はそれをアワアワしながら見ているしかできない。
心の準備なんて、無理。
機材からアカウントまで全てのセッティングが終わり、開始のボタンを幸江に押される。
遂に始まってしまった私のチャンネル。
あまりにも強引な流れに、逆らえないまま走り出していた。
覚悟なんてまるで無かったせいで、第一声を発した後は、頭が真っ白過ぎて言葉が何も続かなかった。
アホ丸出しのダブルピースのまま、放送事故のように動きが固まる。
そのまま三十分が経過したところで、第一回目の放送は終わった。
「……これは放送して良いものなのか?」
雪乃が困惑した顔で言う。
「初めてや言うても……ちぃと酷おすなぁ」
蕚が表情を失くして呆れる。
「想定内ではあります、これから頑張りましょう」
幸江は笑顔を崩さず、冷たい目で続けることを宣言する。
「…………………………無理」
たった今、新鮮なトラウマが埋め込まれた。
これを続けるなんて無理に決まってる。
「少し休んだら、再開しますので準備して下さい」
社畜、無理。
「ちなみに、今回の再生数は60で、チャンネル登録者は一人です」
「……あれに登録する人間がいるのか」
「物珍しさ、いうとこなんやろかねぇ」
フォロワーとか無理。
そもそも人に見られるのが無理。
父君は人類をとても大切にしていた。
けれど、私にとっては追いかけ回されたトラウマが強すぎて、人間を好意的に思うなんて無理。
「さあ、始めますよ、まずはカメラに慣れるところからです」
「……無理!……週四回だけって……言った!」
「それは、先ほどの基準を満たしたらの話です」
登録者数二万人を超えるまで、ずっと撮り続けるの無理。
「とりあえず、今日は六時間分やってみましょう」
「無理ぃ!」
「はい、スタート」
それから、延々と自己紹介をさせられた。
とにかくひと言でも良いから、番組の枠内で自分のことを言えと脅され、頭真っ白のまま何度も動画を撮った。
「……三千年近く生きてます」
「……働いたことがありません」
「……洞窟で……ずっと引き篭もってました」
「妹から……お小遣いを貰って……暮らしてます」
「……編み物が得意です……自分の髪の毛で……毛布とか……作ってました」
「……好きな食べ物はプリンです……嫌いな食べ物は蟻です……酸っぱいし……触角とかが歯に挟まるから」
「趣味は……ゲームで……初めてやったのは……ファミコンの……スパルタンXという……とても面白い物でした」
「——それでは、今日はここまでにしましょう」
幸江が撮影の終わりを告げる。
私の精神が持たないと判断した結果だった。
結局、上げた動画は最初のを含めて八本。
全部の動画が、始めに何か言ってそのあとの三十分は固まったままという、空前絶後の放送事故となった。
「……もう無理ぃ」
溶けるように床へ倒れ込む。
「良かったですね、登録者数が二桁になりましたよ」
幸江がねぎらうように伝えてくるけど、それを聞く余裕もなかった。
「それではまた明日」
「頑張ったな!偉いぞ!」
「先が楽しみどすなぁ」
三人が帰っていくのを、床に溶けながらただ眺めていた。
いったい彼女たちはなんなのだろう。
そもそも、父君との詳しい関係も聞いてない。
ただひたすら振り回され、そのせいで自分は溶けている。
まるでミキサーのような少女たちだ。
明日も来ると言っていたが、何も考えたくないので、再びそのまま床で眠りについた。
夕方、インターフォンの音に震える。
画面には、当たり前のように三人の乙女が映っていた。
彼女たちはそんなにも暇なのだろうか?
確か、お化け少女は初めて会った時に制服を着ていた。
おそらく三人とも高校生だろう。
学生には夏休みというものがあって、九月になれば学校が始まるはずだ。
ならば、もう少ししたら、この騒動も収まるかもしれない。
ちょっとだけ希望が見えてきた。
「おはようございます、今日からゲームの実況配信を致しましょう」
幸江が新たな試みを伝える。
「機材はすでに昨日持っていておりますので、あとはお好みのゲームを選んで下さい」
人前でゲームするなんて無理。
しかも話しをしながらなんてした事ない。
ゲームは静かに無言で没頭してやるもの。
それはシングルプレイだろうが、ネット対戦だとしても変わらない。
これだけは譲るの無理、四十年にも及ぶゲーマーとしての誇りがそう訴えていた。
「……今日は……ドルアーガの塔を……クリアしたいと思い……まーす」
そこには、カメラの前でダブルピースをしている、アマテラスがいた——。




