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19/83

命は造り育むモノ

 アキラ達は、一条の別荘へ戻っていた。

 夜も遅くなっていたのに、アキラの家で泊まらずにそうした理由はただひとつ。

 

『沙耶の作るおいしいご飯が食べたい!』

 

 テラがそう言い張ったからだ。

 

 

 帰路の車内でも、テラは買い足した食料をひたすら口へ運び続けていた。

 バックミラーに写るその食べる速さは、常識を軽々と超えていた。

 

 沙耶は、その異様な光景を横目に見ながら、ふと考える。

 この小柄な体のどこに、そんな量が収まっていくのかと。

 

 いくら食べても、テラの満足する気配は無い。

 それは単なる食欲ではなく、まるで底なしの穴に食物を放るような姿だった。


 

 別荘の台所で沙耶は気合を入れる。

 そして、帰りにスーパーで買った、車に積めるだけ積んだ大量の食材を台所に運び込んだ。


 頭の中で、作れるものをリストアップし、メニューを決め取り掛かる。

 アキラが手伝うと申し出たが、沙耶はそれを固辞し一人で作業を進めた。


 磯辺焼きなどの簡単な料理から、順番にテーブルへ運ぶ。

 だが、置いた瞬間からテラの手が伸び、まるで吸い込まれるかのように、次々と口へ運ばれる。

 

 そして、六時間が経った。

 

 時間はすでに日付を超え、食材も底を尽きかけていた頃。

 

「……眠い」

 

 ぽつりと呟き、テラは食べるのを止めてそのまま横になった。

 目隠しのせいでわからないが、どうやら眠ってしまったらしい。

 

 それを見届けると、沙耶は疲労とともに椅子へと座り込む。

 その様子を見たアキラは、沙耶へと歩み寄り、静かに(いたわ)った。

 

「本当にありがとう、沙耶さん」

 

 声は穏やかだが、どこか申し訳なさそうだった。

 

「明日からは何とかするから」


 そう言って、テラを抱き上げ自分の部屋のベッドに寝かしつけた。


 そして沙耶のもとに戻ると、山のような洗い物と料理の後始末を目にして立ち上がろうとする沙耶を、そっと押し留めた。


「後はやっておくから、今日はもう休んでくれないかな?」

「いえ、そういうわけには……」

 

 使用人としての矜持(きょうじ)が、疲労に抗い仕事へ戻ろうとする。

 

「明日ゆっくり話すから」

 

 アキラは沙耶の頭に手を置く。

 

 その瞬間、沙耶の(まぶた)が重くなり、意識が深く沈んでいった。

 そして、静かに眠りへと落ちる。

 

「おやすみなさい」


 そう言って、アキラは眠ってしまった沙耶を持ち上げると、彼女の部屋のベッドへ運ぶ。

 

 キッチンに戻り、片付けを始めるアキラ。

 それを眺めていた黒猫は聞く。


「アンタ、それでどーするつもりなの?」

 

 テラに話しかける時とは打って変わり、いつもの飄々(ひょうひょう)とした口調だった。


「とりあえず、沙耶さんの代わりを作る」

「それで?」

「当座の資金も作る」

「で?」

「子供も作る」

「……あっそ」

 

 黒猫は欠伸をしながら、勝手にすればと言わんばかりに目を細める。

 

「それじゃ、私も寝るわ」

 

 そう言って、黒猫は音も立てずに去っていく。

 アキラはその背を見送ることなく、片付けを続けた。

 

 しばらくして、作業があらかた終わったのを確認し、アキラはキッチンにあった紙コップを手にトイレへ向かう。

 

 数分後、“何らかの液体”を入れた紙コップをテーブルに置く。

 そこへ、先ほど採取しておいた沙耶とテラの髪の毛を、それぞれ一本ずつ落とした。

 

 色の違う細い二本の毛が、液体へと絡み沈んでいく。


「……あとはコレも入れておくか」


 そう呟き、眼帯代わりの赤いハチマキを外し、その端を軽く(むし)る。

 そして、その端切れを指先でつまみながら、静かに液体の中へと落とした。


 それを見届けると、静かに両手を紙コップへと添え、目を閉じ集中する。

 すると、両手が淡く光り出した。

 

 同時に、紙コップの中身も発光する。

 それはまるで、神の奇跡を再現するかのようだった。

 

 光は徐々に弱まり、最後には静かに消えていく。

 

 アキラが目を開けると、そこにあったのは“小さな人間”。

 

 胎児のように手足を丸め、微かに胸の収縮が繰り返されている。

 それは、確かに呼吸をしていた。

 

「……広さがいるな」

 

 そう低く呟き、紙コップを手にバスルームへ向かう。

 

 バスルームに到着すると、湯船のスイッチを押し、お湯を張り始める。

 湯が流れ込み、瞬く間に浴槽へと溜まっていく。

 

 機械がお湯の溜まった合図を鳴らしたとき、アキラは影の中へと手を伸ばし、小さな金色の石を取り出す。

 そしてそれを、静かに湯船へ落とした。


 すると、石は泡と共に瞬く間に溶け、湯がオレンジ色へと染まっていく。


 湯船の縁に手を置き、静かに指先を湯へ浸す。

 そしてわずかにすくい上げ、その液体を一舐めする。


「こんなもんか」

 

 短く言い放ち、紙コップを持ち上げる。

 その中には、胎児のように丸まった小さな人間。

 

 アキラは、それをそっと湯船へと流した。


 それは揺れながら、ゆっくりと静かにオレンジ色の湯へ沈む。

 湯の中へと溶け込むように、形を保ちながら漂っている。

 

 その様子をしばし無言で眺めた。

 ほんの小さな変化も見逃さないような、鋭い視線だった。

 

 やがて、それに変化が起こる、目視できるほど少しづつ大きくなっていったのだ。

 あっという間に普通の人間の赤ん坊程に成長したのを確認し、その頭を掴む。


 水中で、頭を掴んでいるアキラの手が光を発する。

 

 しばらくして、納得がいったように頷き、その手を離し湯船から引き揚げた。

 そして、しばらく赤子を観察したのち、バスルームを後にする。


 

 リビングに戻ってから、ハチマキを締めなおすとソファーに座り天井を見上げた。


 そして思案した。

 自分の貯金はどうなったんだろうかと。


 アキラは日本有数の名門財閥の御曹司(おんぞうし)である。

 与えられた資産を、自らの勉強の為に投資などを駆使して増やし、十一歳で眠りについた時には既にかなりの財を成していた。


 だが、沙耶から聞いた話では、今のアキラは廃嫡(はいちゃく)に近い状態だという。

 そうなれば私財の没収くらいはされてるだろう。


 今の自分の状況は、沙耶から聞いた情報のみ。

 

 自分一人なら、なんとでもなる自信があるが、テラの食費を考えるとお金が無ければ詰む。

 アイツは、何でも食べられるが、味にもこだわる。


 アキラは軽く肩をすくめ、ぼそりと呟いた。


「無いなら作るか」

 

 そう言いながら、影へと手を伸ばす。

 次の瞬間、机の上へと次々に取り出される(きん)のインゴット。

 

 1本1キロのインゴットが10本。

 

 重々しく並ぶ金塊。

 それは、まるで世界のルールを破るように、淡々と現実へと積み上げられていく。


「これだけあれば、(しばら)く大丈夫だろ」

 

 目の前の財宝を、まるで石ころでも眺めるような視線で見る。


「売るのは……父親にお願いするかな」


 そう言うと、テーブルに置かれたソレを近くにあった適当な鞄へ詰めてから、寝るために自室へ戻る。


 部屋のドアを開けベッドを見ると、ベッドの真ん中に大の字姿で眠っているテラ。

 そしてその横で寄り添うように黒猫が丸まっていた。


「……寝るところがないんだけど」


 先ほどテラを運んだ際には、ちゃんと自分のスペースを確保していたはずだった。

 しかし、今は見事に埋まっている。


 髪を掻き上げ、僅かに眉を寄せる。


 テラは起こすと間違いなく面倒くさい事になるだろう。

 しかたなくリビングに戻り、ソファーで横になる。


 ぼんやりと先のことを考えていると、眠気が襲ってきた。

 普通を目指しながら子供を増やす、その方法を考えながら、アキラは意識を手放した——。

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