表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

189/265

天姿国色

 アマテラスから告げられた三つの願い。

 それを快諾した三人の乙女たち。


 だが、いまだ布団の中から顔を出すことも出来ないアマテラスに、彼女たちは困惑していた。

 


「アマテラス、とりあえず布団から出ないか?」


 雪乃が出来るだけ穏便にお願いする。

 

 彼女の感覚では、アマテラスは娘のようなものだった。

 そして、その心の傷も理解している。

 だから、出来るだけ寄り添いたい気持ちを持っていたのだ。


「……無理」


 だが、帰ってきた答えは拒否。


「大丈夫だ、外の世界は素晴らしいぞ?私も最近知った」


 アキラの手で世界の扉を開いて貰った。

 人類が素晴らしい奇跡を起こせることも知った。

 彼の娘ならば、その美しさを知って欲しいと思っていた。

 

「…………ついさっき……外に怖いお化けがいた」


 だが、新たなトラウマを植え付けるに足りる体験を与えてしまった。

 雪乃たちは最初から躓いていたのだ。


「アマテラス、よく聞け……あれは事故だ」

「確かに(うてな)は怖いし、恐ろしいし、気持ち悪い」

「陰険だし、言葉は分かりづらいし、回りくどい……が良い奴だ!多分な!ハハ」


 なんのフォローにもなっていない言葉に、言われた蕚が表情を失くす。


「……仕方ありませんね、私がなんとか致しましょう」


 幸江が、この拉致のあかない状況に名乗り出る。


「これは、大和に伝わる訓練法のひとつです」


 手にしたのは霊力で作り出した小刀三本。


「よく見て下さい、私は今、手に刃物を持っています」

「それを天井まで投げて……」


 そう言うが早いか、上へ向かい無造作に投げる。


「無軌道に落ちてくる刃を躱す、というものになります」


 その内の一本が、アマテラスの布団の端に突き刺さった。

 ドスッという音と共に、布団が貫通する。


「ぴぃ!無理!」


 アマテラスは悲鳴を上げ、さらに布団に潜り込む。


「そのままだと、いつかは刺さってしまいますよ?」

 

 幸江は、柔らかい笑みを浮かべながら、再び刃物を作り出した。

 それを聞いて、布団の震えが大きくなる。


「……おい貴様、明らかに私を狙っただろ」


 雪乃が、頭上に落ちてきた小刀を指で挟んで止めていた。


「ウテナに当たってたかな?当たってたよねー」

「殺人未遂だよねー」


 蕚がチトに変わり、その口を歪ませる。

 その手にはやはり小刀が握られていた。


「邪推はやめてください、偶然の賜物(たまもの)ですわ」

 

 欠片も笑顔を崩さず、そんなことは不可能だと口にする。


「ならば、今度は私が投げてやろう、その刃物を寄越せ」


 雪乃が立ち上がり幸江へ向けて手を伸ばす。


「私の霊装は清められた物ですので、呪術者にはちょっと……」


 朗らかに笑いながら、雪乃の手にあった小刀を消し去る。


「いいから寄越せ!」


 雪乃が凄まじい速さで刃物を奪おうとするが、幸江はそれを難なく躱し続ける。

 そんな二人の小競り合いを見て、蕚が口を開く。


「仕方あらしまへんわ、うちがなんとかさせてもろいますえ」


 そう言うと、どこからかリモコンを取り出した。


「皆様、北風と太陽のお話……ご存じでおすやろか?」


 ボタンを押すと、エアコンが一度止まり、再び動き出す。

 そこから吹き出したのは、熱風。


「うちは御二方ほど活発やおへんので……」


 今は真夏、部屋の温度が急激に上がっていく。


「頭ぁ使うぐらいしか出来しまへんのどす」


 謙遜するように告げた表情は、明らかに二人を馬鹿だと言っていた。


 そして、我慢大会が始まる。



「プハッ……暑い!無理!」


 しばらくして、汗だくになったアマテラスが布団から飛び出す。

 それを見つめる三人は、涼しげな顔で背筋を伸ばし、正座を崩さず待っていた。


「なんなの?怖い!無理!」


 全身のみならず、布団までびしょ濡れにしたアマテラスは、三人の姿に恐れ慄く。


「体に瘴気を纏わせれば、なんて事はない」


「心頭滅却すれば問題ありません」


「東京の暑さは、まだ優しおすさかいねぇ、京都は盆地どすえ、暑うて敵いまへんのよ」


 それぞれが、なんでもないように答える。

 ライバルに弱みは見せない、彼女たちの目がそう語っていた。

 

 アマテラスはそれを聞く余裕もなく、周囲を見渡し目的の物を探した。


「……み、みず」


 部屋に置いてあるペットボトルを掴み、一気に飲み干す。


「はー…………死ぬかと思った……不死身だけど」


 やれやれと息を吐き、腕で汗まみれの額を拭った。

 

「ほれ、出てきはりましたやろ?」


 蕚が勝ち誇るようにリモコンを押し、冷房へ切り替えた。


「こんなの虐待だ!可哀想ではないか!」


「よくもまあ、こんな陰険なやり方を思い付きますわね」


 アマテラスが炙り出されるのをずっと眺めていた二人が、口を揃えて蕚を非難した。


「うちはただ、穏やかに物事を進めとうございましただけどす」

「東京の方は、常にお忙しゅうしてはりますさかい」


 蕚は頬に片手を当てて、しなやかに笑う。

 そして、三人は互いに目力を強め、火花を飛ばした。


「……無理……帰って」


 寝巻き姿で疲労困憊のアマテラスが、一刻も早く立ち去って欲しいと告げる。

 だが、三人が視線を向けると、頭を抱えて(うずくま)った。


「まずは風呂でも入ってこい、そのままだと風邪を引いてしまう」


「布団の方は私が処理しておきますので、お気になさらず」


「その間に、うちらで解決策を考えておきますさかい」


 妙に息の合った呼吸で、アマテラスを風呂へ追いやる三人。

 彼女は、そのまま引きずられるように脱衣所へ入れられた。


 

「さて皆さん……見ましたね」


「ああ、見た」


「しかと拝見いたしましたえ」


 全員が、その瞳を光らせていた。


「これならば、ひとつは何とかなりそうですね」


 幸江が笑顔で願いの成就を見通した。


「とはいえ、アキラが悲しむようなのは駄目だぞ」


 雪乃が最低限のラインは守れと告げる。


「なんにせよ、目途が立ちましたんは、助かりましたえ」


 蕚が安心したように息を吐く。


 彼女たちが一体何を見たのか?

 それは風呂から出てきた、白いジャージに身を包んだアマテラスの姿が物語っていた。


 

 三人が見つめる先、部屋の壁を背景に、ひとりの少女がふわりと浮かび上がる。

 

 淡い光をまとったような長いピンクの髪が、肩から胸元へと柔らかく流れ、その髪色は春の桜を思わせる儚さと温度を帯びている。

 大きな青い瞳は、驚きと戸惑いが混ざったように揺れ、その端には小さな涙の粒がひとつ。

 まるで『えっ……無理』と心の声が聞こえてきそうな表情だ。


 何より驚くのは、その美しさだった。

 

 天女と言われても誰もが納得するような、この世の物とは思えないほどの姿。

 それはまさに天姿国色(てんしこくしょく)と表すに相応しい美しさ。


 神の子、天照大御神。

 

 見る者を自然と平伏させるほどの美を兼ね備えた神が、引きつった顔で、今ここに顕現したのだ——。

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ