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アンパンモンは正義の味方

 パキッ——クチャ——。

 

 静寂の中、テラは咀嚼(そしゃく)を続けていた。

 

 その口の中で形を変えていくのは、さっきまでアキラの一部だった“モノ”。

 

 

「……僕は、アンパンモンじゃないんだぞ」

 

 頭の半分近くを消失したはずのアキラが、言葉を発した。

 

 テラは、口内のソレをゆっくりと飲み込む。

 そして口元に垂れた、赤い血の一筋を指先で拭い、それを舐めた。

 

「アンパンモン……?なに……?」

 

 初めて聞く言葉に首を(かし)げる。

 

「いきなり何してんだよ」


 一目で致命傷と言える傷を負いながらも、その傷口からは一滴も血を流さず、何事もなかったように話すアキラ。

 黒猫は(せわ)しなく視線を動かし、アキラとテラを交互に見る。


「褒めても……いいよ……?」


 首を傾けたまま、表情を変えずに言う。


「なあ、今の行動のどこに褒める要素があるんだよ」


 アキラの言葉に、テラは首を戻すと眉を寄せる。

 なんでわからないのか?と言いたげな表情だった。


「目を怪我してたから……」

「悪化させてどーすんだよ」

「どうせ治すし……お腹減ってたし……不味いけど……我慢して食べたし……偉いと思う」

「死んだらどーすんだよ!」

「そしたらまた……お風呂入って待ってる」

「ほんと、オマエと話してるとイライラするなぁ!」


 アキラがテラに激高し、このままだとかなり不味い事になると思った黒猫が、遠慮がちに口を挟む。

 

「……ねぇ、とりあえず治したら?」

 

 アキラは黒猫を一瞥(いちべつ)し、険しい表情のままため息をつく。


「クソ……魔力を使わなきゃいけないじゃないか……」


 悪態を付きながら、アキラは無くなった顔に意識を集中する。

 すると、瞬く間に失われた部分が埋まっていき、元の顔に戻った。


 正確に言うと、一部だけ前と違う。

 

 右目が治っており、そして、その瞳は赤く染まっていた。


「見ろよこれ!片目だけ赤くなっただろ!」

「……左側も食べなきゃ……ダメ?」

「そういうことじゃない!」


 少し嫌そうなテラに、アキラはまた激高する。

 しかし、何を言っても無駄と悟り、大きくため息を付いた。


「なんか前にもこんなことあったな……もういい、行くぞ」


 そう言うと、肩に掛けていたタオルをテラに放る。

 テラは頭に舞い降りたタオルを不思議そうに眺めて、髪を拭きだした。


「タオル……あったのに」


 そう言って側にあった椅子をみると、確かにタオルだったモノは置いてあった。


「きっと使えないよ、この部屋はお前が使役する精霊は入れないからな」


 四十年以上置きっぱなしであったソレは風化の一途を辿っていたのだ。


「ふーん……そっか……」

 

 そう言いながら、体を拭き終えたテラは、アキラの後を付いていく。


「テラ様、お召し物を着て下さいまし!」


 黒猫が慌てたように忠言すると、テラは一瞬、きょとんとした表情を見せるが、自分の体を見ると素直にそれに応じる。

 

「わかった……」

 

 その瞬間、テラの身体の上に水色の薄いドレスが、皮膚に張り付くように形を成した。

 

 それは、まるで水の羽衣のようだった。

 

 布の表面は絶えず揺らめき、水面のような質感を帯びている。

 透明に近いが、決して透けることはなく、ただ、流動する。

 身体のラインが浮かび上がるほどの張り付きを見せるが、決して動きを邪魔しない柔軟さを持つ。

 

「これでいい……?」

 

 テラが不思議な衣を(まと)い終える。

 

 「お綺麗です!テラ様!」

 

 黒猫が感嘆の声を上げ持て(はや)している。

 アキラは、その様子を憮然(ぶぜん)とした表情で眺めていた。


「これから……どこ……行くの……?」


「日本だ」


 数ある扉の中から、先ほど開いた扉をまた開けて最初の部屋に戻る。


「この言葉……日本語……?」


 テラは、今更ながらに自分が口にしていた言葉に気付くが、その疑問もすぐに食欲でかき消された。


「日本……オモチ食べたい……あとスキヤキ……あ……カレーは絶対……それと……わらびもち……」


 先ほど“肉”を食べたばかりだというのに、食い気がテラの胃を刺激する。


「モチがふたつ被ってるし……」


 今後の食事の用意を考え、溜息まじりで呟くアキラ。

 

 テラの食欲は無限だ、あればあるだけ喰う。

 放っておくと、何らかの被害が出るのは間違いないので、早急に対処しなければならない。


 申し訳ないが、とりあえず一緒に隠れ家へ付いて来た、使用人の沙耶(さや)さんを頼ることになるだろう。


「そうだ、沙耶さんと会う前に、この赤い右目を何とかしないと沙耶さんが危ないな」


 そう言って、おもむろに自身の足元の影に腕を突き入れる。

 すると、腕は床に当たることなく、スルリと影に消えていった。


 そして、腕を影から引き抜くと、その手には、くたびれた深紅の細長い布が握られていた。

 

 アキラはそれを顔へと持っていくと、再生した右目を覆い、ハチマキのように斜めに結ぶ。

 深みのある赤が、白髪交じりの黒髪に強いコントラストを生み出していた。


「ほんと、余計な手間を増やしてくれるよ」


 後ろからトコトコ付いてくるテラを一瞥(いちべつ)し、浴槽のある部屋から、屋敷に戻る扉を開けて廊下を歩く。

 そしてアキラは不意に立ち止まり、テラに大事なことを説明する。

 

「いいかテラ、これから会う人間は一条沙耶さんといって、お前においしいご飯を作ってくれる、いい人間だ」

「サヤ……?おいしいご飯つくる……いい人間……?」


 その様子を見て、アキラは眉を寄せる。

 念のため、アキラはさらに言い含めた。


「そうだ、だから絶対に危害は加えるなよ」

 

「わかった……」

 

 コクンと素直にうなずくテラに、『流石です!テラ様!』と黒猫がご機嫌におだてる。

 どこまで理解したのかはわからないが、こう言っておけば最悪な事態は避けられるだろう。

 

 美味いを食べ物を作る人間を、テラは基本的に殺さない。

 アキラはそれを、テラとの長い付き合いから知っていた。

 

 沙耶さんには、客間を案内して休んでもらったが、この家の中は自由に過ごしていいと伝えてある。

 一応、二時間くらいで戻るとは言ってあったが、ソーマに浸かってからすでに四時間は過ぎていた。

 

 確か、富士山の五合目に車で着いたのが昼過ぎくらいだ。

 そこから、樹海に位置するこの家まで歩いて一時間。


 それに気付き慌てて腕時計を見ると、すでに夜と言っていい時間だった。

 自分の都合で一日中、彼女を振り回してしまった。

 

 アキラは、ソーマに浸かって時間を忘れていた自分を恥じ、無意識に髪をかき上げる。

 

 富士山に来る途中でコンビニに寄り、食料はある程度買ってきた。

 しかし、この屋敷には時間を潰せる娯楽品がほとんどない。

 

 携帯は電波が届かず、テレビはブラウン管な為、地デジ移行によってもはやただの飾りになっていた。

 

 後で電波が届くように家を改造しておくか。

 そう考えながら、アキラはひとまずリビングへ歩みを速める——。


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